進路の確認、踏み切り準備
 ふわりと幸せに胸が膨らむたび、それを咎めるように締め付けられる痛み。

 ――多分最後までは一緒に居られない。

 あの些細なやりとりと、その時感じた寂しさ。まだひっかき傷のように残っていて、心が震えるたびにぴりりと痛む。
 だけど、その痛みの理由にどこか納得がいかない。だって最後までというそのことは、ずっと知っていたつもりだったから。それを今更突きつけられて、こうまで胸が痛むだろうか。いや、勿論少しは苦しいけど、それでもどこか質の違う痛み。
 相談も出来ないけど一人になることも嫌で、私は玉狛支部へと訪れた。どうにか無事に小南を捕まえることに成功したものの、コーヒーを飲みながら上の空の私に、小南は怪訝な表情を浮かべる。

「どうしたの、和音」
「……それを今考えてるとこ」

 何よそれ、と呆れた表情で睨まれるけど、それ以上に返事のしようがなくて黙る。少しの間を置いて不満気な小南にそっぽを向かれてしまった。その視線の先は団欒室への出入り口へと向けられて、私もぼんやりと眺める。
 次の瞬間、ガチャリと開いた扉から白い頭がひょこりと顔を覗かせた。

「あれ、和音ちゃんとこなみ先輩だけか?」
「本部に行ったんじゃなかったの?」
「チカが合同訓練だから一緒に行くって話だったんだ」

 チカは居ないのかと室内をくるり見回す空閑君。成り行きを傍観していると、廊下の向こうから千佳ちゃんの声が聞こえてきた。遊真君、の声に気づいた空閑君も、廊下の向こうへと顔を向けて顔を綻ばせる。

「ごめんね、お待たせ」
「おう、じゃあ行くか」

 二人が笑顔を交わした後、空閑君は自然に扉を閉めようとする。だけど、ぴくりと体を引き攣らせて、まじまじと何かを見つめて固まった。何かあったのかと、ぼうっとそれを見ていてようやく気付く。視線の先は、私だ。

「和音ちゃんも本部行くか?」
「……行かないよ?」
「……そうか」

 答えれば、数拍おいて空閑君はそれじゃあと扉を閉めた。それを見送れば、隣から大きな溜息が響いてくる。どうしたんだろうと小南へ顔を向ければ、いつもの怒り顔。

「なんでそんなに上の空なわけ?」
「なんでだろうねぇ」

 その理由を私自身も知りたいのに、何かが足りない。はっきりしない私に、小南は諦め始めたのか渋い顔でコーヒーを啜った。考えなしにお茶に付き合わせて悪かったかなぁとその姿を眺める。刹那。

 ――考え、なし。

「あ」
「え、何よ」
「多分、わかった」

 ようやく欲しかった言葉が浮かんで、かちりと嵌まる感覚。私は、自分の考えが足りていなかったことに落ちこんでいたのか。
 空閑君のいう最後。多分その認識は私も空閑君も同じだ。だけど、それに関連して私と空閑君の考えに大きな溝があることに、あの時気づいた。責任をとれないのに、そういうことをしていいのかと聞いた空閑君。きっとそう考えてくれることは、そうしてあの時まで躊躇ってくれていたことは。大切にされているということなんだろう。私の心配もしてくれている。
 それは嬉しい、はず。だけど寂しいのはきっと、そう大切にされているからだ。自分が恋愛事に浮ついていることを突きつけられたような、……まるで、私だけが一生懸命なような、そんな寂しさ。
 空閑君は一歩引いて先を考える余裕まであるというのに。
 私はただ、目の前のことに精一杯で。その、温度差がもどかしい。

「……私、考えてたつもりだったけど、甘かったなぁって」
「ふーん? 何、幻滅でもした?」
「自分に、ね」

 もっと、私に余裕が持てたらいいのかな。そうなるためにはまだまだ、私の経験が足りなさ過ぎる。はぁ、と溜息をつけば小南は少しだけ鋭い目つきを私に向けた。

「そうだとしたら、あたしは遊真をぶっとばさなきゃいけなくなるんだけど」
「……え、私じゃなくて?」
「そんなのはね、和音にそう思わせた遊真が悪いのよ」

 ましてや、と小南の綺麗な指先がするすると目の前に。弾かれた指先が私の額にぱちんと警戒な音を立てて去っていく。痛む額を撫でていると、小南は険しい表情のままに言葉を続ける。

「ブラックトリガーで影響を受ける自分の身体より、他人のこと心配するあんたよ?」
「小南、結構根に持ってるでしょ」
「……とにかく、だからちょっとは考え直しなさい」

 いいわね、と言って机の上にあったお菓子を私に押しつけてきた小南。慰めてくれてるんだな、と思ったから私はそれを素直に受け取ってお礼を返す。

 考え直す、って例えば。
 私が余裕を持つんじゃなくて、空閑君の余裕をなくすとか。それって私が空閑君のかっこよさにドキドキすることの、反対。つまりは空閑君に可愛いって思ってもらえたらいいのかな。……どうやって。下手に繕ったら全部わかっちゃうのに。
 ってことは私が考え直すべきなのは、この気持ちの行き先か。私は、一度感じた寂しさをどうしたらいいんだろう。どうしたいんだろうか。それとも、どうして欲しいんだろうか。

 考え直そう。今度は恋人として。
 空閑君の最後を知っている私は――どうしたいのか。

[92/109]

 

サヨナラの引力

 

ALICE+