手を繋ぐことの意味をしる
「米屋君いた」
「お、白チビの迎えか?」

 ジュース片手にランク戦の映像を眺めている米屋君。隣にいいかと尋ねれば端によってくれたので、ありがたく腰を下ろした。並んだディスプレイの中には遊真と緑川君がランク戦をしている映像も映っている。

「遊真達、あと何本?」
「三本。すぐ出てくるだろ」

 そうだねと頷いて待てば、にたりと歪んだ笑みで返される。突然なんだと思わず顔を顰めていると、それ、と何を指してるんだかわからない何かについて追求される。

「いつからだっけ? 多分あっちから言い始めたんだろ?」
「……何が?」
「な・ま・え」

 名前。……しまった、私うっかり普通に遊真って呼んでたか。あー、と思わず間延びした声で誤魔化そうとするけど、にたり顔は私に向いたまま。逃げられそうにないなと察した私は、少し前とだけ返す。

「あいつが名前で呼び始めたのは知ってたけど、お前もかぁ」
「その顔、やなんだけど」
「見守ってるんじゃん。よかったなー噂が収束しそうで」

 な、とわざとらしく表情を伺われてとても居心地が悪い。かといって、それなりにお世話になってるからあまり強くも言いたくない。仕方がないから溜息でだけ答えれば、米屋君は話題を変えてくれた。あいつら次で最後だなー、との言葉にこれ以上追求するような気配はない。

「……米屋君、本当栞に似てるよねぇ」
「あ、栞も知ってるのか?」

 この調子だと、ほとんど確信されてるみたいだ。どうにもこの従姉弟は、察しがよくて嬉しいような困るような。
 悪戯に噂を広めるような真似はしないだろうけど、祈るような気持ちで反応を待つ。すると笑顔の米屋君からランク戦、の呟きが零れた。少し悩んで、明日ならと返事をする。取引成立だろうか。ひとつ息をついていると、手を引っ張られる感覚に驚いてその先を見る。

「おまたせ、帰ろう」
「え、うん。あ、ちょっと待って」

 案の定そこにいた遊真は急かすようにゆるゆると私を手を引いている。足元に置いていた筈の私の鞄は既に遊真の肩にかけられていて、奪い返そうと伸ばした手は簡単にかわされ、勢いのままに立ち上がる。

「じゃあな、よーすけ先輩」
「おう。水沢、明日忘れんなよ」
「はいはい。また明日ね」

 緑川君にも声をかけようと思って辺りを見回すけど、それよりもぐいぐいと引く遊真の勢いが凄いので今日は諦めることにした。

 そうして本部から連れ出されて少し経った頃。ずんずんと私を引いて歩いていた遊真の歩調がようやくゆっくりになった。やっと隙が出来たと内心で息をつきながらも、何か怒ってるのかと聞いてみる。

「……和音、明日よーすけ先輩と何するの?」
「え? ランク戦だけど……」

 ふぅと小さく息をついた遊真はやっと私を振り返って困ったように笑う。だよな、と今更同意を求められても困るけど、肯定すればうむと頷かれた。何が嫌だったのか聞いてみようかと口を開きかけた私。それとほぼ同時に、急がないとと零した遊真が遠慮なく手を引いていく。

「あ、ちょ、ちょっと待って――」

 一緒の帰り道の中で多分初めて、私は遊真を強く引きとめた。
 別に意図したわけではなく、色んな偶然が重なって腕に力が入ってしまっただけ。だけど強く引かれる腕に驚いたんだろう、振り返った遊真の表情もきょとりとしている。目を丸くしながらも私の様子を見てどうした、と首を傾げた遊真に私はさっきの問いを尋ねようとして、

 ――唐突に、気づいてしまったのだ。
 ずっと燻っていた感覚を枠に嵌める、その最後のピースに。

「……呼んだら、止まってくれるんだね」
「んん? そりゃあ和音に呼ばれて無視するわけにもいかんだろ」

 訝しげにしながらも、そう答える遊真。きっと遊真は、これからも呼んだら立ち止まってくれるだろう。
 だけど私達はまだ帰り道の途中だ。前に進むしかない。今更戻ったところでしょうがないし、そもそも進む為に歩いていたのだから。そんな当たり前のことが、全部私の中で一つの答えに繋がる。

「恋人って、手を繋げることなんだね」
「……うん?」

 瞬間的に繋がった感覚。理屈じゃない、何かが落ちた感覚。その開放感のままに言葉を落としていたことに気づいて、慌てて口を閉じた。これまで考えていた私と違って、突然そんなことを言われた遊真は困るだろう。そう思ったから、気にしないでの意味を込めて首を横に降る。

「思いついただけ。ごめん、帰ろうか」

 そうして手を引いて促しても、遊真はその場に立ちすくんだまま。じいと私を見つめる瞳は、多分私の言葉のその奥にある意図を探っている。しばらく互いの出方を伺って沈黙。先に口火を切ったのは遊真だった。

「おれ、付き合う前にも和音と手、繋いでたけど」

 言われて、思わず吹き出してしまった。そのせいで遊真が怪訝な表情を浮かべている。淡々と事実を告げるのが、遊真らしい返事だなって思ってしまったんだ。そんな遊真に、これから私が話すことは果たして通じるだろうか。

「例え話のつもりだったの」
「たとえ?」
「うん。恋人の関係って、どういうものかなって」

 私は進もうという意志を込めて、もう一度遊真の手を引っ張る。
 言わなくても私の気持ちがわかったのか、応えるように一歩足を踏み出した遊真。

「ねぇ。今どうしてこっちにきてくれたの?」
「和音が手を引いたから、来て欲しいのかなって」
「うん。そうして欲しいって言えることが、恋人なのかもなぁって思ったの」

 ふむ、とイマイチ納得していないような表情で私を伺う遊真。その姿に私は、ここから先を言葉にするべきか少しだけ悩んだ。けどもうここまで言ってしまえば、遊真は気にしてしまうだろう。だから一度だけ小さく深呼吸して、なるべく感情がこもらないように言葉を落とす。

「目指すその先に、ついていきたいとか、行かないで欲しいとか、色々」

 ぴくりと、遊真の指先が引き攣ったのが私の手に伝わってきた。遊真は妙に敏い。だから多分、私が何を考えて言葉を選んだのか、わかってしまう。
 人は大なり小なりその意志で、誰かの人生に関わって生きているものだと思う。だけど自分の人生の行く先を決めるのは、最後の最後は自分なんだ。例え周りが何を言っても、願っても。最後に歩くのは、自分だから。それでも。

「言えるのは、聞いてもらえるのは、手を繋いでいるからだって思ったの」

 わかっていたつもりだった。けれどあの寂しさはきっと、私が初めて実感した証。

 ――傍にいられるこの関係には、必ず終わりがくるという、実感。

 今更それがわかったのは、今の私が遊真の恋人、だからだろう。片想いの頃は、考える未来はどんなに頑張っても一つ進んだ恋人のことでしかなくて。一歩進んだ今だからこそ、ここからまた一つ先の……未来に、実感が湧く。

「だから恋人の終わりは、手を離して違う人生を生きることなんだなって」

 私達の間に必ず訪れるその時、私はどうしようか。どうしたいのか。出来るなら笑ってそれを見送りたいなぁと、思う。感情のままに引き止めることはきっと簡単で、でも、それが遊真の心残りになってしまうのは辛い。

「それだけ。ね、帰ろうか」

 だから私は寂しくても辛くても、頑張れる限り一生懸命に、その隣を歩きたい。歩き続けないときっと、遊真の傍にはいられない。

「和音」

 話を終わらせようと帰りを促した私を、遊真が呼び止める。あまりこの話題には言及してほしくないな、って思ったのは伝わっていないのだろうか。落ち着いて、なにかと問い返せば遊真の瞳がすぅと細まる。

「ちょっと前の話なんだけどさ」
「うん?」
「……和音が、自分に出来ることないかっておれに聞いたの覚えてるか?」

 問われて、少し考える。記憶を遡っていると、夜の防衛任務明けの帰り道で、の遊真の言葉にふとその情景が蘇った。私が思い出した事を悟ったのか、返事を待たずに話を切り出す遊真。

「あの時は、とっとくって言ったんだけどさ」
「う、うん」
「一個見つかった」

 そう言って、私をじっと見つめる遊真を見つめ返す。何を言われるんだろう。動き出した唇に固唾をのめば遊真はただ、行こうと呟いた。
 驚く私の手を引いて、帰り道へと足を進め始める遊真。今の流れは私にそれを言う雰囲気じゃなかったのかな、とそれを追いかけると、遊真はそんな疑問の声を聞いたかのように、だけど振り返らないままに告げる。

「……明日まで考えて、変わらなかったら頼むことにする」

 いつも平然と言葉にする遊真がそう間を置くほど、慎重になる内容らしい。私は少し怖くなりながらも、遊真の意思を尊重してそれ以上は聞かないことにした。
 当たり障りのない会話へと話題を移しながら帰り道を歩いている私達の手は、今にも解けそうなほど緩く、それでも確かに繋がれたままだった。

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サヨナラの引力

 

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