バレンタイン
 堪えきれず告白をしてしまって、返事をもらったのは二月七日。その日を境に私と空閑君の関係は、いわゆる“恋人同士”になった。
 さすがに自分でも浮かれていたと思う。だって返事をもらった翌日――つまり今日は、鈴鳴第一、那須隊とのB級ランク戦がある。そう知っていたのに、ランク戦後に栞と小南に約束を取り付けて、お付き合い報告までしてしまったのだから。いやでも、やっぱり二人にはちゃんと話しておきたかったし……と、いうのは言い訳だけど。

 ともかく、そんなお付き合い報告後のこと。栞は用事があったようで足早に帰っていき、残された私と小南は何とはなくそのままのんびりとしていた。小南の決意表明を聞いたり、色々と。
 そんな中、小南はココアが入っているマグカップをぼんやり眺めはじめた。おかわりいるのかな、なんて様子を伺っていると、小南はふと気付いたようにそれを切り出して。

「和音、バレンタインどうするの?」
「……え?」
「大変ね、付き合ってすぐにイベントがあるなんて」

 小南はしれっとそう言ってのける。そうだ、今日が二月八日。と、いうことは、世間を賑わすバレンタインまであと六日。

「……え、一週間もないんだけど」
「そうよ。だからどうするの、って」

 今年のバレンタインは金曜日。しかも次の日、二月十五日だってB級ランク戦が控えている。まさか、告白だってB級ランク戦の前日というなんとも間の悪い時に勢い余ってしまったのに。
 
「…………どうしよう」

 恋人どころか、そもそも告白するつもりだってなかったのだ。当然バレンタインの準備なんて何一つしてない。
 今から手作りなんて、できるかどうか。普段料理をする代わりにお菓子作りの経験はほとんどないのだ。もっと時間があったら練習すればと思えるけど、一週間もない。
 でも、既製品というのは勿体ないと思ってしまう。だって空閑君と恋人になって初めてのバレンタインだ。空閑君のことを思えば手作りは来年、なんて気楽には思えない。そうなるとやっぱり手作りがいいとは、思うけど。

「……作れるかなぁ。自信ないんだけど」
「チョコなんて溶かして固めればいいのよ」
「そ、それだけ?」
「トリュフとか生チョコにすればいいんじゃない? 生クリーム混ぜるだけだし、チョコって感じするじゃない」

 お菓子作りの経験がない私にとって、聞くだけで作れるのか不安になる名前だ。一方の小南は急にカバンを引っ張ってきて、ごそごそと漁ったと思えば一冊の雑誌を取り出す。ぱらぱらと捲ってページを開いたまま、私へと差し出す小南。

「ほら、これ。貸してあげるから試してみなさいよ」

 受け取ればそこには、トリュフのレシピが書かれていた。材料は思っていたより少なくて、チョコと生クリームとココアパウダー。レシピをざっと読んでみると確かに、刻んだチョコを溶かして、生クリームと混ぜて、冷やして丸めておしまいって感じ。

「でも、これ借りちゃったら小南が困らない?」
「あたしはいいから、明日にでも作ってみれば? 和音なら大丈夫だとは思うけど」

 もう一度、レシピを眺めて考える。もし手作りするとしたら、時間はほとんどない。唯一の休みが明日の日曜日だけなのだから、とにもかくにも挑戦してみなければ。ありがとう、と言って私は雑誌を借りていくことにする。
 こうして私は付き合って早々に、恋人のイベントに挑戦することになったのだ。



「……うん、案外どうにかなりそう」

 出来上がったトリュフを一粒頬張ってみれば、たぶん、悪くない味。なんとかなったと息を吐く。
 日曜日はまず、近所のスーパーでの材料の買い出しからはじまった。それからレシピに登場していたものの、家にはなかったゴムベラなんかも購入。ラッピング用品も手に取って帰宅すれば後は、チョコづくりの練習だけ。
 チョコを刻むのは大変だったし、湯煎で溶かして生クリームと混ぜてる間、勢いあまって湯煎のお湯が跳ねた時なんかは冷や冷やした。けど、ちゃんと固まったし程よい柔らかさは残っているし、味も悪くない。提案してくれた小南様々だ。

「よーし、じゃあ後は本番かな」

 今日作った分はおやつにしてしまおう。ついでに明日学校に持って行って、友達にも味見してもらおうかな。……好きな人にでもあげるの、とか勘繰られそうだけど、背に腹は代えられない。
 さて、あと考えることは一つ。いつ、どのタイミングで、どうやって渡すかだ。
 そりゃあ普通に考えればバレンタイン当日、二月十四日に渡したい。でも、ランク戦の前日となるとタイミングが難しいとも思うのだ。本部で会えたら渡したいような、けれど人の目があると渡しにくいような。
 とは言えこれまでとは違う。恋人なんだから、約束を取り付けてしまうという手もある。

「さて、どうするべきかな……」

 あと六日間。私はこれから、どうやって空閑君にチョコレートを渡すかの作戦に頭を悩ませることになる。

 月曜日はまず、本部に行った足でランク戦ロビーに顔を出した。やっぱりと言うべきか空閑君は個人ランク戦をしていたけれど、相手が村上先輩だったので、悩んで声をかけないことにした。土曜日のランク戦がきっかけで遊べるようになったのなら、あまり水を差したくないと思ったから。
 火曜日は本部で姿を見かけることもなかった。もしかして、今日は玉狛に直行だったのだろうか。私はと言えば鬼怒田さんのところに顔を出して今後の防衛任務について相談しつつ、少しだけ訓練をした影響で直帰命令が出たので素直に従って。
 さすがに水曜日ともなると焦ってきたけど、変わらず空閑君は本部にはいない。となるとランク戦前だから、他の隊に情報が洩れる個人ランク戦より、玉狛支部での訓練がメインなのかもしれないと察しもついてきた。

「……玉狛、かぁ……」

 私は悩みながらも、玉狛支部への道を歩く。けれど、未だ私は玉狛支部を尋ねるかどうか決めあぐねていた。

「……っていうか、そもそも、空閑君ってバレンタイン知ってるのかな……」

 ここ数日の不発もあってか、土日で上がり切っていたテンションが落ち着いてきた。そうなると段々、浮かれている自分が恥ずかしくなってくる。
 冷静になるほど色んな可能性が見えてきてしまったのだ。たとえばそもそも、バレンタインなんてイベントは近界にあるハズもないんじゃないか。となると空閑君にチョコを渡すことすらも、なんだか一方的なような、申し訳ない気持ちになってきてしまって。
 やっぱり考え直そうか。そう思って踝を返すと、目の前に人影。

「よ、和音。ウチ寄ってかないのか?」
「……迅、さん」

 さすがにこのタイミングでの登場は心臓に悪かった。いやもう、もしここで遭遇してしまったのが迅さんじゃなくて空閑君だったら、色んな意味で隠し通すことはできなくなっていただろうから。

「今ならたぶん、遊真にも会えると思うけど」
「……やっぱり玉狛にいるんですね」
「そりゃまぁ、ランク戦の対策もあるみたいだし」

 当たり前だしわかっていたことなのに、このタイミングで“ランク戦”と言われてしまうと余計に恥ずかしくなってくる。空閑君達が頑張ってるのに、なんで私はバレンタインで浮かれてるんだ。空閑君にとってみればよく知らないイベントだろうに、うつつを抜かしている場合なんだろうか。
 私はとりあえず、一度頭を冷やすべきじゃないか。そう結論付けて、今すぐにでも逃げ出したい気持ちを堪えて迅さんに向かいあう。ただ、帰るからと挨拶だけしようと思ったのだ。
 そうして見上げた迅さんの顔は、なんだか呆れたような笑顔で。

「せっかく付き合ったのに、あんまり変わらないんだな」

 迅さんは独り言のように呟く。
 たぶん聞き流せばよかったんだ。そうですね、って軽く肯定すればよかったはず。けど、なんで私はその言葉にひっかかりを覚えて、そのまま迅さんに問いかけてしまった。

「……迅さんがお膳立てしなかったら、私はもっと空閑君に迷惑かけてましたか?」

 もしかして、今の迅さんは私の何かを窘めるためにここにいるんじゃないか。きっとそう、あまり浮かれすぎて空閑君の邪魔をしないようにだとか、そんな意図で。そう思えて納得してしまったのは、浮かれていた自分へのバツの悪さもあったのだと思う。

「――本当におまえ、考え込むと思考が後ろ向きになるね」

 そんな私の不安もどこ吹く風。迅さんは呆れた、と言わんばかりに眉尻を下げてため息をつく。

「おれが言いたかったのは、もうちょっと遊真に素直になればいいのにってこと」
「……素直、ですか」
「和音は、特に遊真に対して我慢するだろ。さっき言ったように“迷惑にならないように”って」

 我慢、というほどかはわからないが、おおよそ心情的には迅さんの言うことは間違っていない。だからと素直に頷けば、迅さんは重ねて大きなため息をつく。

「遊真達にとって遠征がかかってるランク戦はそりゃあ大事だろうけど、だからこそ、おまえがしてあげられることもあるんじゃないの」
「……私が?」

 私がしてあげられることって、何があるんだろう。ランク戦を頑張る空閑君にこそ、してあげられること。戦術だとかは部隊の方針があるし、訓練相手になりたくても、今は鬼怒田さんと相談して調整している最中で制限がある。
 そう未だ何一つ浮かばない私を、迅さんは呆れた表情のまま眺めている。むしろ、呆れを通り越して面倒くさい、くらいの表情で。

「おまえさぁ、遊真をなんだと思ってるんだ?」
「な、なにって」
「あ〜、わかった。これはおれが言うよりおまえ自身が体感した方がいい」

 ってことで、と迅さんは私の両肩を掴んでぐるりと方向転換させる。つまりは、玉狛支部に来るなということらしい。

「十四日は……そうだな、夜においで。たぶん、夕飯食べた後がいい」
「……なんか不穏なんですけど」
「いいから」

 迅さんがそこまで言うのは、普段ならありがたいのだけど今回ばかりは心配になる。なんか投げやりじゃなかっただろうか。それ、本当に私にとって悪くない未来への選択に繋がるんだろうか。
 不安はあれど迅さんを疑うわけもなく、私は素直に帰宅することにした。せめてチョコは美味しいものを作ろうと、もう一度キッチンに向かうために。

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サヨナラの引力

 

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