おとこのひと?
 遊真くんは意外と努力家らしい。というのも、想像以上に宿題をしっかり頑張ってきてくれるから。まぁ大抵赤ペン添削があるから、普段からもっと誰かと一緒に勉強すればいいのにとは思うけど。

「別に、センセイに怒られないくらいに勉強ができればいい」
「なんで?」
「あんまり成績が悪いと、高校ではイノコリさせられるって聞いたからな。それは困ると思って」

 そして遊真くんって結構現実的なものの見方をするのよね。なんていうか、私が言うのもなんだけど幼さをあまり感じない。妙に悟っているような雰囲気と言うか、物事の本質とか実情をきちんと理解しているような、そういうところがある。
 中学生ってそんなもんだったろうか。先生やら大人が、勉強しないと後で困ると脅かすものだから勉強していた、なんて程度じゃないのかなぁ。まぁ、中にはすでに将来になりたいものがハッキリしていたからそのために勉強する人だっていたし、個人差はあるけれど。とりあえず、遊真くんの希望が居残り回避なら、それほど途方もないハードルって感じでもなさそう。

「遊真くんが高校生活楽しめるように、最低限の勉強はできるようにならないとねぇ」

 ――これを、早めに切り上げた勉強会の後、夜の散歩中に話すのもどうかと思うけど。
 今日もまた、遊真くんの思うがままに進んでいく散歩道。最近こうして遊真くんと散歩するようになったからか、運動不足が解消されて調子が良くなった気がする。ま、現状長期休みで生活リズムが乱れっぱなしだから帳消しかもしれないけど。

「お、今日はここに寄ろう」

 気まぐれか、唐突に遊真くんが足を止めたのは小さな公園の前だった。この辺りは住宅街だったし、公園があるのも道理だろう。遊真くんは入口から一番近くにあったシーソーへと歩み寄って腰を下ろす。

「うおっ!?」
「えっ!?」

 瞬間、がくんと腰が落ちたのに驚いたらしい遊真くんの声に私まで驚いた。少しバランスを崩したものの、どうにか落ち着いた遊真くんを見て一安心。まさか、暗くてベンチと見間違えてたのかな。ちょっとだけ悪戯してみようと、私は遊真くんの反対側に座る。

「おっ、と」
「あはは、シーソーなんて久々」
「危ないな、これ」
「気を付けてね」

 重いスプリングがシーソーを持ち上げる感覚が伝わってきて、少し不安定。そんなふわふわとしたシーソーの上で私も一息つくことにする。買ってあったペットボトルをレジ袋から取り出して、水分補給して休憩だ。
 遊真くんは少しだけ不満げな視線を私に向けていたけど、休憩する私に合わせることにしたらしく、同じようにレジ袋からペットボトルを取り出しはじめた。お腹が空いたのかおにぎりも。公園でおにぎり食べるなんてピクニックみたいだよね。まぁ、夜なんだけど。

「人が食べてるとこ見てると、お腹空くね」
「湊川さんも買っておけばよかったのに」
「……いや、最近ちょっとさすがに、夜食を食べ過ぎてるから……」

 ふぅん? と不思議そうに、けれどたいして興味もなさそうに頷く遊真くん。正直、あんま追及されなくてちょっとほっとした。いやだってさすがに最近太ったような気がしないでもない、とか言いたくないし。運動不足解消はいいけどちょっとした運動の後は小腹が空いちゃって、そんで夜食食べてもあとは寝るだけで、まぁ、だからね。

「飲み物で空腹を紛らわす……」
「ふむ、だいえっとと言う奴か」

 なぜばれたし。

「……いや、えーと」
「おれの先輩も夜に食べ過ぎると太るとか、お腹が空いたら水を飲んで我慢すると言っていた」

 今、ものすごい遊真くんの先輩に共感した。わかる、わかるよ。夜に食べ過ぎるとがっつり体重に響くよね。お腹が空いてどうしようもない時はとにかくカロリー控えめの何かか、飲み物で空腹を誤魔化すよね。

「湊川さん、太ったのか?」
「……あのさぁ、そういうのを女の人に言うのやめた方がいいよ。モテないよ」
「そうか」

 平然とした遊真くんは大きな口を開けてまたおにぎりを一口。あぁ、羨ましい。いやいや我慢だと、ペットボトルをぐいっと煽って気合を入れ直す。するとその間にごくりとおにぎりを飲み込んだらしい遊真くんがふいに尋ねてきて。

「湊川さんはモテたいのか? だから痩せたいの?」

 遊真くんって時々質問が容赦ないよね。これも若さなのかな。難しい質問をされてちょっと悩んでしまう。
 モテたいかモテたくないかと言われたら、モテるとは思わないけどモテてみたい気持ちもないわけじゃない。けれど痩せたいのは別にモテたいからではなくて自分の気持ち的な問題だし。でも痩せることも含めて見た目を気にするのは、モテたいに直結するわけではないけど多少は周りからの視線を気にしているから?

「モテたいのかなぁ?」
「聞いたのはおれだけど」
「いやでも、美人ってわけじゃないし性格もそこそこだし、モテる要素がないからなぁ」

 ……自分で言ってて悲しくなってきた。そして空腹が虚しさに追い打ちをかける。こんなことならせめてガムとかその程度は買っておくべきだった。冬空の寒さも身に染みるし、なんか切ない。

「……遊真くんに聞くのもなんだけど、なんかアドバイスある?」

 おずおずと伺ってみれば、遊真くんはふむ、と一つ頷いて私を眺める。なんかこう、せめて空気を読んでちょっとくらいお世辞を言ってくれないかな、とか期待して。
 けれど遊真くんは平然とした顔のまま、ぽつりと呟く。 

「とりあえず、もう少し男に対して危機感持った方がいいんじゃないのか?」

 ……アドバイス、なんだろうか? 脈絡もなくそんなことを言われて呆けるしかない。というか、遊真くんに心配されるようなことがあっただろうか。別に、コンビニでお客さんに絡まれることなんてあんまりないし、そんな場面に遊真くんが出くわしたこともないはず。もしかして、去年あの男の子たち三人組に絡まれたの意外と心配してくれてるのかな?

「そこまで油断してるつもりもないんだけどなぁ」
「自覚ないのか」
「去年の話?」
「今の話」

 ――え?

「おとこ?」
「女に見えるのか?」
「いや、そういうわけじゃないし男の子だとは思ってるけど……」

 急な指摘に更に戸惑ってしまう。いや、遊真くんは性別としては男なのは間違いないんだけど。でも、男っていうよりは男の子、だ。遊真くんに対して男の人だから危機感を持て、と言われてもイマイチピンとこない。
 だって男の人っていうと、なんとなくだけどいざって時には守ってくれそうなイメージ。一方男の子ってのは、男の人であってもまだ子供だから、いざとなったら私が守ってあげたい、みたいな感じのような。
 でもそれをそのまま言ったら男の子のプライドは傷つくよなぁ、と頭を抱える。そう言葉を選んでいたからか、遊真くんはもう既に不満そうに唇を尖らせていて。これ以上引き延ばすのはよくないからと、苦し紛れに例えば! と話を切り出す。

「男の子って成長途中、って感じしない? 男の人って力持ちとかそういうイメージだし」
「ふぅん? おれ、湊川さんくらい抱えられるけど」
「え!?  いやいや、さすがにそれは……」

 無理でしょ、と言おうとするより先に、がくんとシーソーが揺れた。遊真くんが立ち上がったのだ。咄嗟のことに少しだけバランスを崩したけれどとうにか持ち直していれば、その間に私の目の前へとやってきた遊真くん。急に体を寄せてくるので驚いて動けないでいると――急激な浮遊感が。

「え、ちょ、や、こわい」
「大丈夫だよ。落とさないから」

 軽くパニックになった私は思わず目の前の遊真くんに抱きつくようにしがみつく。いや、だってこれほんと怖い、何これ、体重の落ち着くところがよくわからないというか、どんな体勢でいたらいいのかも自分がどうなってるのかもよくわからない。

「まだわからない?」
「え、や、待って、揺れるの、怖い」

 定期的なリズムで体がふわふわと上下する。どうやら遊真くんは私を抱えたまま何とはなく歩いているらしい。だからぐらぐらと揺れて、とにかく落ち着かない。自分の意志とは全く違うところで揺れるというのはどうしようもなくて、怖い、怖い、とそればかり。けれど少ししてようやく慣れて、自分がどうやって身体を落ち着けたらいいのかもわかってきて。
 ――今更ながら、遊真くんにお姫様抱っこをされているという現状に恥ずかしさが募る。

「えー、と、あの」
「うん?」
「もう、おろしてください……」

 思わず敬語になってしまったけど、遊真くんはわかった、と言って立ち止まってくれた。それなのにぎゅう、と肩を寄せられてどきりとしていると、その手に身体を支えられる一方で私の膝裏を抱えていた遊真くんの腕がゆるゆると下がる。つま先がようやく地面に触れ、自分の足で地面を踏みしめて――ため息。まさか、自分より背の低い男の子に抱えられるなんて思いもしなかった。そうそうない経験だったなぁと現実逃避していると、それで? と遊真くんが首を傾げる。

「わかったか?」
「遊真くん、力持ちだね……さすがにびっくりしたよ」
「……そうじゃないけど」

 あれ、そういう話じゃなかったっけ? なんか、お姫様抱っこって少しは女の子の夢っぽいところがあったけど、体験してみるとまた変わるなぁ。あんなに怖いものだとは思わなかった。いや、高いから怖いとかそういう話じゃなくて、自分の全部を相手に任せるっていう感じが怖い。自分では何もできない、どうしようもない状態なんだなぁ、あれって。

「そろそろ行くか」
 
 遊真くんはそう言って、すたすたとシーソーの元に戻っていく。お姫様抱っこをするにあたってレジ袋を置いてきていたらしい。がさりと手に持った遊真くんが行こうというので、私もその後についていく。そうなるとまた、他愛のない会話をしながらの帰り道だ。

「まないたのこい、だったっけ?」
「うん? ことわざの単元で練習問題にあったね」
「捕まえたヤツから逃げられなくて、何かされるのを待つしかないって言う」
「凄い、よく覚えたね」
「うん。そういうこと」

 頑張って勉強して偉いね、と返せば、遊真くんはなぜかまたお人好しだと笑ったのだ。
ALICE+