付き合ってよ、と言った遊真くんは穏やかに私を見つめたままだ。照れもなく、顔色一つ変えず、ただ静かにそこにいる。
「……あの、さ」
「うん」
遊真くんはきょとりとした表情のまま、私の言葉の続きを待っているようだ。まったく、どうしてそんなに平然としているんだろう。なけなしの年上の威厳もあったもんじゃない。それとももしかして、今のって私の聞き間違い? それとか、意味を取り違えてる?
「今も夜の散歩に付き合ってる、よね?」
「うん」
「そういう話じゃなくて?」
「うん。恋人になってくれって意味」
ハッキリと言葉にされ、退路を断たれてしまった。つまり、さっきのは間違いなく告白された、っていうことだよね?
その割に告白した張本人である遊真くんには照れとか躊躇いみたいなのが一切感じられない。なんで。むしろ告白された私の方がテンパっちゃって、どうしたらいいかわからないんだけど。
「……えーとね」
ぐるぐると空回りしている頭でどうにか考えをまとめる。遊真くんは私に付き合ってくれ、と言った。それは告白的な意味合いで、つまりは恋人になってくれという話だと。そして遊真くんがそんなことを提案した原因は、年齢差があっても対等な関係になりたいから? 付き合うことで、年下だからと言う私の理由を封じ込めようとしているわけか。
「あのね、確かに恋人っていうのは対等な関係ではあると思うんだけど」
「うん」
「前提として、お互いに好きあっている、っていうのが条件じゃない?」
「うん。おれ、湊川さんのこと好きだよ」
「……いやまぁ、私も別に遊真くんが嫌いとかそういうことを言いたいんじゃなくて……」
最近の中学生って本当にわからない。恋愛的な、特別な好きっていうのをこんなにさらっと言えてしまうものなの? それとも――失礼な言い方ではあるけども――単純にそういう好き、の区別がついてない、とか?
「……えーとね、こう、私なんかでも遊真くんの周りの人たちよりかは大人っぽく見えてるってだけで、一時の気の迷いというか、憧れみたいな、そういうあれだから……」
「ちがうと思うけど、そうだとしたらダメってこと?」
「ダメ……だと、思うな」
「なんで?」
「うまく言えないけど、遊真くんがもったいない、から」
なんて、これ自分で言いながらちょっとへこむなぁ。アバンチュールとか一夜の過ちっていう言葉があるくらいだから、別にダメってわけではないと思う。けど、それはあくまで自分の選択の責任を自分でとるから、って話。火遊びしようが何しようが自己責任で、他の誰かがどうこう言えないってだけ。
つまり、私と遊真くんの場合は違うハズなのだ。私は遊真くんに火遊びみたいなことをさせるわけにはいかない。だって、年上としての責任があると思うから。遊真くんが何を望んでも、それを私が良いと思えない限りは、最後までダメって言い続けなければいけないんじゃないだろうか。
……けれど。
「じゃあ、気の迷いじゃないとか、どうやったらわかるんだ?」
まさに脳裏を過ぎった疑問を指摘されて口を噤む。相手の気持ちが真剣かどうかなんて、誰かが測れるものではないだろう。人の心を覗けるわけがないのだし、だから私には遊真くんの本当の気持ちなんてわかるはずがない。そしてきっと、これから先ずっとわかる時なんてこないだろう。
「……どうしたら、いいんだろうねぇ」
「湊川さんだって、おれの気持ちがわからないのに気の迷いって決めつけるの、ダメだと思うぞ」
「…………ごめんなさい」
図星を突かれて言い返す言葉も見つからない私には謝るしかできなかった。遊真くんの言ってることは正しいと思う。遊真くんはそう、ふとした瞬間に正しさを突きつけてくる。これまでも、そしてこんな時まで遊真くんに諭されてばかりじゃ、私も年上としての面目が立たない。
「それで、湊川さんの好きは、恋人になりたい好きじゃないのか?」
追い立てるように問いかけられて、一瞬言葉に詰まった。間違いなく嫌いではない。どちらかと言えば好きな方だ。けれどそれが恋愛的な意味での好きかどうかはまた別の話。
そして少なくとも今の私は、遊真くんにもしもを期待させるような余地を与えてはいけないはず。だから、浮つきかけていた気持ちをどうにか押し込めて、一度頷く。
「……うん、そういう好きじゃない」
そう、違うはず。恋人になりたい好きじゃなくて、ただ、一緒にいて楽しいなっていう好き。友達とは少し違うけど、恋人ってほどではない、中途半端な好きだ。答えに迷ったのはそう、違うと言うことで遊真くんを傷つけるってわかっていたから。
なのに、私の返答を聞いた遊真くんは――まさか、ゆるりと口角を上げて。うっそりと細められた瞳が私を見据える。
「相変わらず、つまんないウソつくね」
静かな微笑みで、遊真くんは私の返事をウソだと言い切った。思わずどぐりと心臓が唸ったのは、ドキドキしたとかときめいたとかそういう甘ったるい感覚からではない。なぜか命の危険を感じたような、追い詰められたような感覚を心臓がどくどくと訴えたから。
「おれ、たぶん湊川さんのこと、特別な意味で好きだよ」
あげく、遊真くんは違うのだと言っている。特別な意味、つまりは恋人になりたい好きだと。多分とついてはいるけども、眼差しは真っ直ぐで、遊真くんは自分の気持ちを確信しているようにすら見える。
「だから、付き合ってみようよ」
「え、えっと?」
「とりあえず、お互いがお互いを好きなら問題ないだろ?」
「と、特別な好きかどうかっていう違いがない?」
「嫌いじゃないならたいした問題でもない」
遊真くん、ずるくないか? どういう意味であれ少なからず好意を持ってるから勉強会も一緒にするし、夜の散歩にも付き合ってるわけで。そういう好きでも問題ないって言われてしまうと、私の選択肢は一気に狭まる。
「恋人になってみてもダメじゃないだろ。別れちゃいけない、ってわけじゃないんだし」
「……まぁ、そうだけど」
そりゃあ一度付き合ったら別れちゃダメ、なんてほど恋人関係は重いものではないと思う。とは言え、お互いに好きだと思ったら付き合ってみよう、なんて言っていいものなのかはわからない。そんな浮いた話の経験が足りない私は、まるでお試しで付き合ってみよう、というような提案には素直に頷けない。ましてや相手が年下の遊真くんだから、なおさら。
「湊川さんだっていつも言ってるだろ。やりながらでも考えられるんだから、やってみて違ったらやり直せばいいんだって」
「それはあくまで、問題を解く上での心構えみたいなものでしょ……」
「同じだろ。湊川さんがおれのことをどういう意味で好きなのか、確かめてみてよ」
だから、どうにか現状を打破したいけれども、できる気がしない。遊真くんの論理にどこか矛盾はないだろうか。どこか、抵抗できる部分はないだろうか。そう疑ってみても、台本があるかのようにすらすらと淀みなく話す遊真くんにどう口を挟めばいいのやら。どんどんと追い詰められて、誘導されるように目の前に残された一つだけの選択肢。
「だから。よろしくな、湊川さん」
にっこりと笑顔の遊真くんは、そのまま私へと手を差し出す。私はもう、その手を取るしかなかったのだ。