私は遊真くんとお付き合いをすることになった。つまり、今もコンビニのバックヤードにて勉強している遊真くんは私の彼氏で、そんな遊真くんに勉強を教えている私は彼女ということだ。
しがない私の恋愛というもののイメージといえば、例えば毎日のようにメールやらなんやらで連絡を取り合うとか。一体何を話すことがあるのか知らないが、夜中過ぎまで彼氏と電話で話し込むだとか。あとはやっぱり、王道のデート。二人で近場に行ったり、ちょっと遠出してみたり、みたいなのがお付き合いで思い浮かぶもの。
「そんなに文字を打つのは面倒だ」
「あ、はい」
「電話は……直接じゃダメなのか?」
「直接会えない時に話したいから電話するんじゃない?」
「ふむ? 夜でいいなら会いに行くけど?」
そんなことをさらっと言ってみせるくらいには、なんというか、遊真くんって男らしい。面倒だってのを彼女に言うのはどうかと思うけど、我慢して付き合ってもらうよりかはハッキリ言ってもらった方が、私としても安心できる。それでいて自分ができることはこうして提案してみせて……正直、ちょっとドキリとしたり。
「夜に出歩くのは危ないのでナシです」
「……ふぅん」
いやまぁ、本当の所を言うと会いにきてくれるという意気込みは嬉しいんだけども。ただ、なんていうかこう、どこで会うの? っていう話になるじゃない。やっぱり付き合ってるなら家に、ってなるのかなぁ。さすがにまだ、そこまでは心の整理も準備も、覚悟もできていない。
「とにかく、今は勉強の時間だよ」
「わかった」
渋々、と言った様子でも遊真くんはテキストとノートに視線を落として問題を解きはじめる。うん、素直でよろしい。
現在は数学で、三角形の合同証明を解いている。一緒に勉強するだけでなく、宿題でもしっかり問題を解いて理解しようとする遊真くん。おかげで、ずいぶんと順調に進んでいると思う。まぁ本人の希望どおり、高校生活に支障が出ない程度の勉強ということで基本問題しか練習していないけどね。だから応用問題が解けるほど理解できているとは言えないんだけど、少なくとも勉強会を始める前よりはよほど理解が進んでいる、はず。
「なぁ、これ覚えなきゃダメなのか?」
遊真くんが指さしたのは、図形の合同を証明するための条件だ。一辺とその両端の角が等しい、とかそういう奴。
「そうだね。数学とはいえここは論理の問題だから、暗記になっちゃうかなぁ」
「ふーん」
「意味さえわかったら、そんなに難しいものじゃないと思うよ」
私は、少しでも遊真くんが覚える手助けをしようとノートに書きながら説明。合同のために必要なのは『等しい値』という事実だ。それが辺だったり角度だったりするわけで、見つけたそれらの事実を証明条件に当てはめればいい。
そして証明条件を満たすには必ず三つの事実が必要だ。一辺とその両端二つの角、もしくは二辺とその間の一つの角、あるいは三つの辺、それぞれが等しければ合同だと言える。
「証明って言うと難しいけど、やってることは簡単だな」
「そうだね。ただ、意外と事実を見つけるのって難しいんだよ」
「ふむ」
「でも見つけられさえすれば、あとは書き方の問題だから」
例題とその解答を示しながら説明。証明問題は意味さえわかればあとは決まった書き方を守るだけなので、遊真くんに基本問題を解いて練習してもらうことにする。
「……なるほど。見つけるにも順番が必要なんだな」
「そうだね」
証明問題は、そもそも証明したいものが明確に提示されている。だから逆に考えれば、事実だろうことは想像できるのだ。今は三角形の合同を証明したいわけだから、問題に挙がった二つの三角形が合同だろうってことはわかるわけで。
けれど、それを筋道立てて説明するというのは案外難しい。合同だろうから、辺が等しいだとか角度が等しいっていうのは事実だろう。でも、いきなり等しいです、って言ってもダメなのだ。等しいって言える理由がないといけない。理由のない事実は事実ではなく、ただの想像であり仮定にしかならないのだから。
――だから、私の気持ちも。恋人になりたい好きじゃないっていうのは、理由が見つけられない以上仮定にしかならないのか。
少し落ち着いた今となっては、付き合う以外に確かめる方法がなかったのだろうかという気持ちもないわけではない。お互いの気持ちがハッキリしてから付き合う、っていう方向でもアリだったんじゃないかな。というか大学生と高校生……いや、現状まだ中学生とのカップルってやっぱり外聞はよくない気がするし。むしろ、成人と未成年って犯罪にならないっけ?
遊真くんがうんうんと唸りながら証明問題を解いている間に、こっそりとネットで検索。キーワードは『成人、未成年、恋人』。いくつかのページに目を通しつつ要約すると、基本的に恋愛する分には問題ないけど……性行為をしてしまうと犯罪になってしまう場合があるらしい。なるほど。
「湊川さん、見てくれ」
「はーい」
遊真くんからノートを受け取って答え合わせ。模範解答を真似たようで上手に解けていたので赤丸をつけ、次の問題へと促す。遊真くんは素直にまた問題を解きはじめた。
遊真くんは、私の好きが恋人になりたい好きかどうか確かめてくれと言った。確かめて、違ったら別れればいいというようなことも。つまり別れるためには“違う”と私が言い切らなければいけないわけだ。それって結構難しいことのような気がしている。遊真くんへの好きは恋人になりたい好きじゃない。そう言い切る根拠って、どうしたら見つかるんだろうか。
「……今日の湊川さんはぼーっとしてるな」
「え?」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫」
さすがに目に余るほどだったのか、上の空だった様子を指摘されたあげく心配までされてしまった。大丈夫とは答えたけれど、遊真くんは不審げに私を見つめたまま。どうにか取り繕うべく続きを促してみれば、もうすぐ時間だよ、の返事。時計を見れば確かにそろそろで、誤魔化すつもりが余計に墓穴を掘ってしまったらしい。
もの言いたげな遊真くんの視線が痛いけど、私は宿題に話題を変えて強引に話を流した。次回はここから、ここまで。律儀にノートの端にメモを取った遊真くんを見届けて今日はおしまいだと告げる。お付き合いのことを考えるともやもやしてしまうけど、続きは帰ってからにしよう。
そう気持ちを切り替えていると、片付けをしていた遊真くんが唐突に話を切り出した。
「なぁ、今週の日曜日、暇か?」
「……うん? まぁ用事はなかったと思うけど」
「どっかに出かけよう。行きたい所ないか?」
ずいぶんと突飛な質問だ。行きたい所と聞かれても、どうしてそんなことを聞くのだろうか。私と一緒に出かけるってなんで――と、少しの間をおいてようやく気付く。
「……あの、遊真くん」
「うん」
「……それはまさか、デートという奴ですか」
「デートという奴ですな」
にんまりとチェシャ猫笑顔。ま、まさかのデートのお誘いとは、遊真くんやりおる。っていうか待って、そう気づいてしまうと行きたい所って言われてもぱっと思いつかない。
「ご、ごめん。すぐには思い浮かばないんだけど」
「うぅむ……じゃあどうするか……」
答えを得られなかった遊真くんは、そのまま視線を宙に泳がせながら考えはじめてしまう。どうしよう、こういうのって任せた方がいいんだろうか。やっぱり主導権は男の子に渡した方がいいんだっけ? でも、眉間に深く皺を刻んだ遊真くんを見ていると、あまり悩ませてしまうのも心苦しい。
「あ、あのさ」
「うん? 何かあるか?」
「えっとね、ちょっと買い物に行きたいなぁと思ってて、遊真くんが嫌じゃなければショッピングデートとか、どうかな」
「うん。それでいいよ」
私の提案を間髪入れずに了承した遊真くん。あんまり主導権とか気にしないのかな。っていうか、私も私で咄嗟に出てきたのがショッピングデートってどうなんだ。男の人は、女の人の買い物に付き合うの好きじゃないってよく聞くんだけど。遊真くんは違うのかな。それとも、初めての……デート、だから私の希望を優先してくれたんだろうか。
遊真くんの真意はわからないまま、とんとん拍子に待ち合わせ場所と時間が決まって、デートの約束が成立。
「それじゃあ湊川さん。日曜日もよろしくな」
そう言って笑う遊真くん。なんだか、段々と深みにはまっているような感じがするのは、気のせいだと思いたいなぁ。