初めまして?
 私のバイト先であるこのコンビニを取り仕切る店長は、お爺ちゃん……と呼ぶには少し早く、けれどそうと呼びたくなるくらい穏やかな人だ。時計を見上げた店長は、笑い皺の浮かぶ穏やかな顔で私へと声をかけてくれる。

「湊川さん、そろそろ深夜の子くるから切り上げてね」

 はーい、と間延びした返事で答える。バイトを始めて一年半とそれなりの付き合いがあるからか、店長は私の呑気な返事にもにこにこしたままだ。
 時刻はそろそろ夜十時。つまり、夕方からシフトに入っていた私はそろそろ帰る時間だ。本当なら深夜帯のシフトは時給もいいから入りたいんだけど、防犯上の都合とか色々な理由で男性じゃないと入れないからね。

「それにしても本当に大丈夫かい? 明日の早朝シフトもなんて……」
「大丈夫ですって! 忙しい時間に店長一人じゃ大変ですし、明日は二限だけなんで」

 その代わり明日は、同僚の急な体調不良により早朝シフトにも入る予定だ。普段はバイトやパートさん達の急な欠勤分は責任者でもある店長が補うことが多い。けれど店長はもとから明日の早朝シフトに入っていたために、同僚が抜けると店長一人で早朝シフトを回さなければいけなくなってしまう。早朝シフトは忙しい。だから、明日の講義は二限だけの私が早朝シフトにも入ると引き受けた。九時には他のパートさんがくるから、早朝五時から四時間だけの短い勤務くらいどうにかなるだろう。そうして二限さえ出席できたら、お昼を食べて帰って寝ればいい話。

「毎週はキツイですけど、たまになら大丈夫です! 店長にはお世話になってますし」

 店長は申し訳なさそうに、それでも穏やかに笑ってくれる。やっぱり学生の都合は色々なもので、私自身よく店長にはシフトを都合してもらってるのだ。お金も稼げることだし、人の好い店長の負担が少しでも軽くなるように頑張らねば。とりあえず、そのためにも深夜の人に引き継ぎできる状態にして、早めに帰って寝ないとなぁ。
 そう思って仕事を片付る手を急がせていると響く入店音。いらっしゃいませ、と声を上げれば山彦のように挨拶をした店長が続けておや、と声を漏らす。

「またこんな時間に来たのかい?」
「うむ、こんばんは」

 どうやら店長は入店してきたお客様に声をかけている様子。答えたのは男の子っぽい声。誰だろうかと商品棚の整理をする陰から様子を伺うと――目に飛び込んで来たのは真っ白な髪だった。

「夜道は気を付けないとダメだよ」
「大丈夫だよ。テンチョーさんは心配性だな」

 うわ、髪の毛染めてるのか。非行少年っぽい、っていうのが第一印象だった。だって背丈を見るに中学生……下手したら小学生じゃないのかな。いや、さすがにあんな真っ白に染める小学生はいないか。どれだけ色抜いたらあんな真っ白になるんだろう。それにしては傷んでる様子もないなぁ、不思議。
 店長はもう少年の見た目に慣れているんだろう。話す雰囲気はなんだか親し気な様子。
 
「テンチョーさんがいつもそう言うから、今日は早めにきたんだ」
「あまり夜遅くに帰るのは危ないからねぇ。今度もそうしてくれると安心だ」
「うむ、ゼンショします」

 この時間で早めにきたってことは、いつもだったら深夜帯に来るってことかな。それで深夜シフトに入ってる店長が見咎めて、なんだかんだと親しくなったと見た。髪の毛といい夜遊びしている様子といい、やっぱり非行少年っぽいなぁ。
 まぁ、私には関係ないかと視線を逸らして仕事へと戻る。さて、こんなもんでいいだろうか。あとは片付けを……と、思ったあたりで私の仕事振りを見ていたのか、店長がいよいよ私に優しく釘を刺す。

「湊川さん、もういいよ。上がって」
「はーい」

 非行少年と話していたと思ってたけど、さすがに店長は気配りもすごい。私はありがたく言葉に甘えることにしてバックヤードに入り、制服を手早く脱いで後片付け。よし、と気づいた時には十時三分で、ナイスタイミングとタイムカードを差し込んだ。いつもならついついおやつとかちょっとしたものを買って帰るんだけど、さすがに今日は帰ったら寝るだけだし止めておこう。たまには我慢と店内へ戻って、レジ付近で仕事を続けている店長にお決まりの挨拶。

「それじゃあ、お先に失礼します」
「お疲れ様。またよろしくね」

 はい、と頷いて陳列棚の間に見える白い頭を尻目に外へ出た。クリスマスも目前の冬の夜は寒く、はぁ、と吐いた息はあっという間に真っ白。
 寒いなぁと首をすくめていると、自転車の音が聞こえてきた。ようやく来た深夜シフトの先輩があたふたと自転車の鍵を止めはじめたので、歩み寄って声をかける。

「西岡先輩、またギリギリ遅刻ですね」
「悪かったって。直前になって送信エラーになってレポート提出できなくてさ〜」
「私はいいですけど、店長が待ってますよ」
「うっわ、急がなきゃ」

 じゃあお疲れ、と会話もそこそこにばたばたと入店していく先輩を見送る。さて、私もとっとと帰って寝よう。と、考ていたら欠伸が一つ。ふぅと落ちついて顔を上げた時には、さっきの非行少年がふらりと自動ドアを潜り抜けてきていて。
 ――ぱちり、目があった。
 真っ赤な瞳だ。白い髪と相まって、なんとなくウサギのイメージが脳裏を過ぎる。改めて間近で見ると背も低いし、カラーリングとしてもぴったり。と、思わず凝視してしまっていたことに気づいて、私はその場をやり過ごすために軽く会釈をする。けれど逆効果だったようで、少年はきょとりとした顔でこちらを見たまま。まずったかな、と思ってドギマギしていると、少年が唐突に口を開く。

「湊川さん、だっけ」
「う、うん」
「テンチョーさんが夜道は気をつけろって言ってたけど、湊川さんは危なくないのか?」

 私の名前を知っているのは、さっきの店長とのやり取りを見ていたからだろうか。妙な緊張感を覚えながらも、当たり障りのないよう返事をする。

「私、家近くなんだよ。キミこそ大丈夫?」
「うむ。おかまいなく」

 少年はひらりと軽く手を振ると、私を追い越して歩き始める。この時間帯に出歩くのは少年にとって日常的なものなんだろうか。一人で夜遊びってなかなか肝が据わってる子だ。家が近いのかな、なんて考えながら私も帰路につくことにする。
 明日の早朝シフト、寝坊しないようにしないとなぁ。私は再び欠伸を一つしながらも足を踏み出した。
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