非行少年?
 次の日、無事に起きた私は早朝シフトに出勤して慌ただしく業務に取り掛かる。朝の通勤・通学の時間帯に入る前が大変なのだ。おにぎりやパン、お弁当やペットボトルはもちろんだけど、おでんも煮始めないといけないし、揚げ物も早めに揚げておかないといけないし、中華まんも準備をしなければいけない。忘れちゃいけないのはタバコの補充。ここでもたつくとたまーにおじさんに怒られたり、おばさんにきつーく睨まれたりするからね。
 あっという間に来客が増えてんてこ舞い。私も店長もレジ登録作業に追われ、時たまコピー機のエラーに呼ばれたり、公共料金の支払いでもたついたり、とにかく目も回る忙しさだ。
 そんなピークの真っ只中、少しだけレジに余裕ができた頃。おにぎりやらパン類の棚が空いてきたので合間を見ては補充をしつつ、入店音にはいらっしゃいませの声かけ。私はしゃがみ込んで下段の商品補充をしていたのだけど、ふと視界の端にレジ付近で立ち止まる誰かの足が映った。考えるより先に脊髄反射で立ち上がり、同時に決まり文句を唱えながら、私はレジへと向かう。

「お次にお待ちのお客様、隣のレジへどうぞー」

 レジの前に立ち、レジ入力者の登録を済ませ、さて、と顔を上げた先。

「うむ。お願いします」

 見間違えるはずもない。こんなに透き通った白い髪と紅い瞳の少年なんて、これまで生きてきた中で彼以外に出会ったことがないから。

「い、いらっしゃいませ」

 一瞬びっくりして言葉に詰まってしまったけど、日頃の賜物か自然と挨拶が口から滑り出る。そのまま身体は商品を手に取ってバーコードを読み取り始めたので、身についたものは裏切らないなぁ、なんて。
 それはさておき、非行少年はおにぎりとペットボトルのお茶をお買い上げらしい。

「お会計、三百四十二円です」

 会計額を聞きながらもお札を取り出す少年は私服姿だ。学校さぼりかなぁ。まさかとは思うけど、本当に小学生とかあり得るかなぁ。

「はい」
「千円お預かりいたします」

 さすがに小学生でこんな派手な頭してるとなると、やっぱり非行少年って感じで少し怖いかも。でも、昨晩会った時は私の帰りを心配してくれていたようだったし、よくわからない。 

「六百五十八円のお返しです」
「うん」

 そうは言っても今はお客様。レシートと釣銭を渡し、少年がそれらを仕舞い終えた次はレジ袋に詰めた商品を手渡す。

「ありがとう、湊川さん」

 ――瞬間、油断していたら名指しされてしまって。
 思わずぎょっとしてしまったけど、少年は平然とした顔でひらりと手を振るものだから、釣られてふらりと手を振り返してしまった。見届けた少年は当然のようにレジを離れて自動ドアを通り抜けていく。……びっくりして、ありがとうございましたって言えなかった。

「お願いします」
「あ、はい!」

 感慨にふける間もなく、次のお客さんが来たので再びレジ業務。突然のことにまだ心臓がどぎまぎしているけれど、とにかくこのピークを過ぎるまで油断は禁物。うっかり登録ミスや釣銭のミスをしたら大変なんだから。私は気を引き締めなおして仕事へと戻った。





「……さて、だいぶ落ち着いたねぇ」

 呟くような店長の声にふぅと息をつく。丁度お客さんを見送ったところで、今の店内には私と店長だけだ。レジ後ろの時計を見上げれば時刻は九時を五分ほど過ぎたところ。……あれ、九時には次のシフトのパートさんがくるはずなのに。

「湊川さんは上がっていいよ、あと三十分もすれば江口さんがくるからね」
「あ、はい」

 本当に、コンビニ店長って大変なんだなぁ。私たちバイトやパートさんがいなければ、全部自分でやらなきゃいけないんだから。とはいえ私もそろそろ大学に向かわなければ二限に間に合わない。私はバックヤードに引っ込むと、手早く制服と荷物をまとめてタイムカードを切る。
 さて、小腹も空いたし、軽食でも買おうかと陳列棚の前へ。大学で買った方が安いけど、授業の教室から離れてるしなぁ。教室に直行して食べるとしたら、お弁当はちょっとあれかな。おにぎりにでもしようかと……考えて、思い出したのは非行少年のこと。私は手早くおにぎりを選ぶとそのまま店長のいるレジへと向かう。

「店長、お願いします」
「はいはい」
「それで、あの、ちょっと聞いてもいいですか?」
「なにかな?」

 相手が私だからか、店長もわざわざ値段や数を読み上げることはない。その時間を利用して、なるべく自然な素振りを装って尋ねる。

「昨日、白い髪の男の子と話してましたよね」
「湊川さんが上がる前に来てた子だね」
「あの子、今朝も来てたんです。お昼かな、買ってたみたいなんですけど、よく来るんですか?」

 話を遮らないようにか、店長は会計額を読み上げることはしなかった。私は黙ってレジに表示された金額を確認。電子マネーで支払うべくレジの読み取り機へと押し付けながら店長を伺う。

「最近になって見かけるようになったんだよ。湊川さんは会ったことなかったかい?」
「はい。でも苗字を呼ばれたので、常連さんなのかな、と」
「私が呼んだのを覚えたのかねぇ。西岡くんとも仲良くなったみたいだよ」

 へぇ、と相槌を打つ。西岡先輩はよく深夜シフトに入るので、夜十時上がりの私にとってはよく会う同僚であり、実は大学の先輩でもある。昨日はギリギリ遅刻していたから話せなかったけど、次に会ったら話を聞いてみようか。考えている間に店長からレジ袋が差し出されたので、素直に受け取った。
 私は大学に行くからこうして軽食を買ったのだけど、少年はどこに行くのに軽食を買ったのだろう。まさか、という不安を払拭すべく、恐る恐る店長に訊ねる。

「あの子、私服だったんですけど小学生とかじゃないですよね?」
「三門中学の子だって聞いたよ」
「……三門中学って、あのイレギュラーゲートの?」

 聞けば、店長はそうそう、と相槌を打つ。ここ最近三門市内を騒がせていたイレギュラーゲートが数日前、三門中学に開いたことは記憶に新しい。最悪なことに日中の生徒がいる時間帯にゲートが開いたものの、現場にいたボーダー隊員によって大事に至らずに済んだ、とか聞いたような。確かその後にはイレギュラーゲートの原因が判明して、ボーダーからは問題解決に至ったと公式発表がされたはず。

「校舎がだいぶ崩壊してしまってね。生徒の安全もあるし、補修工事を行うからしばらく休校になるって話だよ」
「なるほど……」

 そういうことなら今日、私服だったことも悪いことではないだろう。休みの日にどこへ行こうが少年の自由なわけだし。とは言え、やっぱり少年が一人で夜遅くのコンビニへ立ち寄るのはちょっとなぁ。

「中学生とは言え、夜遅くに出歩いてるのは心配ですけどね……」
「私も繰り返し気を付けてって言うんだけどねぇ。大丈夫だって言って聞いてくれないんだよ」

 確かに少年は昨日も、店長を心配性だと言って聞く耳持たずな様子だった。私と一言二言会話した時も平気と言って憚らないどころか、むしろ私の帰りを心配していたし。自分の方が危ない、なんて考えてもいなさそう。いや、中学生男子と女子大生の危険性ってあんまり大差ないかもしれないけど。

「湊川さんも、また会うことがあったら言ってあげて。おじさんより女の子に心配された方が、少年も気が変わるかもしれないし」
「それはどうですかねぇ……」

 昨日の様子を思い出す限りでは、全く効果がなさそうだ。とは、店長の手前言わないけども。

「これから学校だろう? 気をつけてね」
「はい、お疲れさまでした。行ってきます〜」

 すっかり長く話し込んでしまったので、切り上げて挨拶。あともうひと踏ん張りしようと、私もコンビニを後にした。
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