お遊び勝負
 その後も続いたショッピングデートを通してわかったことは、やっぱり遊真くんにとって見てるだけの買い物はあまり楽しくなさそうだったな、ってこと。あとは、ご飯を食べる時は生き生きしてたなぁとか、結構甘いものが好きなんだなとか。そして一番はゲームセンターに興味津々だったってこと。通りがかったついでにちょっと遊んでみたら、遊真くんは次から次へとゲームに興味を持っていた。クレーンゲームとかはもちろん、景品とか関係なく遊ぶだけのゲームも結構挑戦してたし。
 それならと思い浮かんだ場所を、今回のデートの目的地として提案。

「今日は、遊真くんと一緒に身体を動かして遊ぼうと思います!」
「ふむ?」

 やってきたのは総合レジャー施設。誰でも気軽にスポーツが楽しめる、との謳い文句を掲げるここなら、遊真くんも楽しめるんじゃないかと思って。そう意気揚々と施設の説明をすれば、ふむ、と遊真くんはきょとり顔。

「でもおれ、すぽーつ、ってあんま知らないぞ?」
「……へ?」
「学校でも、さっかー? を知らないって言ったら驚かれた」
「え、知らないの!? なんで?」

 それは確かに驚きだ。サッカーを知らない……ってどういうこと? どういう生活を送ってたらそうなるんだ? そう素直になれば、なぜか神妙な顔をした遊真くん。

「湊川さんには言ってなかったけど」
「う、うん」
「おれ、違う国からきた」
「……えぇえ!?」

 と、慌てて口を塞ぐ。驚きすぎてつい大声を上げてしまった。周りを見れば何事かとこちらを伺う視線が集まってしまっていて、謝罪の意味も込めて会釈。少しずつ周りの意識が散っていったので胸を撫で下ろしつつ、慌てて遊真くんに向き直って問い詰める。

「どういうことそれ、帰国子女ってこと!?」
「そうらしい」
「な、なんで日本に?」
「親父の故郷だからな、ここ」

 少しずつ事態を飲み込めてきたけれど、驚きでまだ心臓がばくばく言ってる。遊真くんとの付き合いが長いわけではないけど、それにしても今更ながら驚きの新真実が知らされて理解が追いつかない。

「……それで、サッカー知らないの?」
「うん」
「他には? ここに来て驚いたことってなに?」
「色々あるけど……学校もすごいな。同じ年の奴が同じ服着てあれだけ集まって、みんなで勉強するんだもんな」

 くらり、と眩暈のする気分だ。サッカーに親しみがない国ってどの辺りだろう。どちらにせよ文化が違う中で育って……おそらく何か事情があって、お父さんの故郷だから日本にやってきた、と。学校すらも驚いたというなら、勉強が苦手なのは単純に、これまで勉強自体に縁がなかったからなんじゃないか。
 私は最初に遊真くんを非行少年と断定してしまったから、色んなものを見落としていたらしい。いや、それでも私はただのコンビニ店員で、遊真くんはそのお客さんだったのだ。プライベートに興味を持つのも、尋ねるのもあまり好ましくない。店員とお客さんの関係はわきまえなければいけないもの。だから、偶然が重なって縁があって少しずつ親密になった今だからこそ知ることがあるのも当然なんだろう。

「……わかった。じゃあ今日は出張勉強会にしましょう」
「えぇ」
「スポーツルールの勉強と実践。勝負しよう!」
「ん、勝負?」

 勉強、と名付けたからか一瞬げんなりとした表情を浮かべた遊真くん。けれど、私が勝負と口にした途端に首を傾げるので、本日の趣旨をまとめる。
 
「ハンデもつけるからさ。勝った方が負けた方になんでも聞けるの」
「そんなことしなくても聞けばいいのに」
「それじゃつまらないでしょ!」

 先導して建物へと入り、さっそく入場料の支払い。ゲームセンターもいいけど、せっかくだからと私たちはいくつも並んでいるスポーツブースを練り歩いていく。サッカーやバスケット、野球、変わり種で言えばアーチェリーやカーリングなんかも。大人数でやるスポーツはコートが用意されているのもあるし、逆に少人数でも遊べるようなお遊び仕様になっていたりと、二人で遊ぶにも目移りしてしまうほどだ。

「本当のルールとはちょっと違うから鵜呑みにしないでね」
「ふむ?」

 ルールの説明がてら少しだけ練習時間を設けて色々試してもらって、それから若干のハンデを決めたら勝負開始だ。
 まずは野球に則してバッティング勝負。遊真くんは野球も知らなかったようだけど、その割にはバットに上手に当てている。運動神経は悪くなさそう。それとも動体視力がいいのかな? 男の子だからとそこまでハンデをつけなかったから、初戦は辛くも私に軍配が上がった。

「王道の質問だけど、好きな食べ物ってなに?」
「ニホンの食べ物」
「……なんでもいいの?」
「なんでもうまい」

 ……気を取り直して、今度は的当て投球勝負。遊真くん、意外とコントロールもあるな。そしてちゃんと的に届く程度のスピードもある。狙いを定めて当てるっていうのは得意な方だったのか、ハンデが甘かったのもあって今度は遊真くんの勝ち。

「湊川さんは怖がりなのか? ネイバーが嫌い?」
「うーん……どっちかと言えば怖い、かなぁ」
「ふぅん」

 今度はサッカーに則して、ゴール範囲にポイントを定めた得点ゲーム。初めての種目だからと続けてハンデを甘くしたのがダメだった。サッカーは授業で少しやったらしく、だからとあっさり負けてしまって。

「じゃあ、どういう奴が好きなんだ?」
「え、好きなタイプってこと?」
「うん」
「……優しい人?」
「おれに聞かれても」

 このままではダメだと趣向を変えて、ダーツ勝負。力強く振り投げてはいけないし、かといって勢いがなければ重力で落ちる。矢の重さで山なりの軌道を描くことを想定して、最初の投げる角度を調整するのも難しい。と、さっきの投球的当て勝負で見せたコントロールの良さはここでも健在で、おそらく運動神経の差で遊真くんの勝利。

「うーん……そうだ、これまで付き合った奴いるの?」
「えぇ? それ聞くの?」
「うん。気になる」
「……い、たら、良かったのにね」
「そうか?」

 こうなったら次は、バスケに則して一分間耐久連続ゴール数勝負。もうそろそろなりふり構ってられないので、とにかくがむしゃらにゴールを目指してシュートを打ち続ける。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。辛くもことわざを体現した私の勝利だ。

「やっと! もう私も聞くけど、遊真くんモテるでしょ? 告白されたりとかした?」
「いや?」
「……ほんとに?」
「ウソついてどうするんだ」

 色々と練習しつつチャレンジしてみたけど、思っていたより勝てなかった。最初にハンデを大きくしすぎたかなぁ。とは言え遊真くんも初めてのものばっかりだったから、どうにかおあいこ程度には持ち込めたけど。

「なんか結局、遊真くんのことあんまり聞けなかったなぁ」
「なんだ、知りたいと思ってたのか?」

 ……うっかり零した独り言を聞かれてしまってちょっと恥ずかしい。でも、今日の正直な感想はそれだ。もともと家庭環境が複雑そうだとは思っていたけど、まさか帰国子女だったとは。これまでをまとめると、お父さんが亡くなって、お父さんの故郷である日本にきて、今は迅さんたちがいる所に住んでいる、と。お母さんは、とか気になることがないわけではないけれど、きっとこれは聞かない方がいいんだろうな。いつか話してくれる日がくれば、それでいいかな。

「湊川さん」
「うん?」
「あれ、やってみたい」

 思考を遮るように呼ばれ、遊真くんが指さしたのはボウリングだった。これは今までの勝負と違って、一ゲームにそこそこの時間がかかる。これまで同様遊真くんの練習も兼ねたお遊びを含めれば、今日のデートはこれでおしまいになるだろう。

「いいよ。でもこれは時間がかかるから、最後の勝負になるけどいい?」
「うん。いいよ」
「……そしたら、さ」

 きっとこれが質問する最後のチャンス。勝てるかどうかはわからないけど、もし勝てたとして、私が遊真くんに聞いてみたいことって何だろう。好きなもの、嫌いなもの、知りたいことはきっといくらでもある。だって私は、たぶん自分で思っている以上に遊真くんのことを知らないから。
 でも、それはこれからゆっくり知っていけばいいこと。だから聞くなら、今しか聞けないことがいい。今、この関係だからこそ聞きたいこと。

「遊真くんは今も、私のことを特別に好きだって思ってるのかどうか、聞きたいかな」
「うん? なんで先に質問したんだ?」
「決意表明、みたいな?」
「ふむ」

 恋人になって、勉強会も続けながらこうして二人、デートもしてみて。私はまだ遊真くんのことを『恋愛感情としての好きではない』と言い切るだけの何かを見つけられていない。少なくとも『嫌いじゃないならたいした問題でもない』と言える遊真くんを説き伏せるほどの根拠なんて、そう簡単に見つけられるものではないだろう。
 ならば逆転の発想だ。遊真くんだって、たぶん、私のことが特別な意味で好きだと言ったのだ。恋人として過ごした期間で遊真くんの方こそ、やっぱり違っただとか……幻滅しただとか、そういう変化があってもおかしくない。それならそれで、私の結論が出なくとも結果は出る。だからこその決意表明だ。

「じゃあおれも先に言っておくか」

 だから別に、遊真くんにも質問を催促するつもりは全くなかった。あくまで決意表明だから先に告げたのであって、質問を先に宣言しておくなんてルールは決めてない。だから、別にいいよとそれを止めようとしたのに――急に遊真くんの目が細められて妙な色気を湛えるものだから、言葉に詰まってしまう。

「おれが勝ったら、名前で呼んでくれるか?」
「……え?」
「あと、桐香って呼んでもいいか? ってのも」

 一つじゃないし、そもそも質問じゃなくない? ってのが正直な感想。でも、断る理由もなかった。名前で呼んでっていうのは、私を『桐香』と呼んでもいいかという質問から考えるに、『遊真』と呼んでくれないか、と。

「わかった。……じゃあ、ルールを説明するね」

 前置きも終わったことだし、とりあえずは一ゲームを練習にあてることにする。ボールを転がすにはコツがいる。そこから、ピンに当てるのも。ボールの独特な持ち方に慣れるのも、ちょうどいいボールの重さを見つけるのも大変だしね。苦戦するかなと思ったけど、さすがに十フレームやりきれば、少なくともガーターに落ちることは減った。
 そうして迎えた、勝負の時間。

「こっからは勝負だよ。倒したピンの数が多い方が勝ち」
「うむ。単純だな」

 勝負なんてシンプルで、勝つか負けるかの二者択一。うっかりガーターに落とせば悔しくて、そんな私を見て遊真くんは楽しそうに笑う。意地が悪いと思う一方で、あと一本でスペアを逃した遊真くんに思わずにやけてしまえば、今度は遊真くんが拗ねた顔。そんな、勝負とは言えども遊び心は忘れないままゲームは進んでいく。
 ――結果。

「なぁ、そういえば最初にハンデ決めなかったな。どうする?」
「……ハンデあげたって結果は変わらないじゃない……」
「ふむ。じゃあおれの勝ちってことで」

 失敗した。それはもう色々と。敗因は色々あるけども全部もう今更なので追及することはしない。

「じゃあ、桐香」
「もはや質問じゃないね……」
「ダメだったか?」

 全くもって、そんなことはないだろうと確信を持った笑顔。そりゃあ断る理由なんてないよね。だって一応、恋人同士なんだし。でなくても別に親しければ、名前呼びなんて普通にある話だし。

「……帰るよ、遊真」

 返事の代わりに名前を呼べば、満足気な笑顔。あぁもう、勝負だけじゃなく、全部において負けっぱなしだったのかもしれない。
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