普通と特別?
 遊真はたぶん、もともと頭が悪い方ではないんだろう。さらに言えば努力家な一面も持ち合わせている。だからか遊真は、ここ最近の宿題を見事にこなしてから勉強会に臨んでいた。そろそろ私が教えるまでもなく自学自習できそうだけど、春休みもどうせあと僅かだからと言いださないまま。おかげで今日も、勉強会を早めに切り上げた私たちは夜の散歩へと繰り出している。

「なんか、今更なんだけどさ」
「うむ?」
「こうして夜一緒に散歩するのも、デートみたいだよね」
「……ほう」

 しみじみと頷いて、本当にイマサラだなと付け足した遊真。いやまぁ我ながら、付き合ってそれなりに経った今になってそう思い至るのはちょっと遅いかなって気はしなくもない。でもこれをデートだと定義してしまったら、そもそも付き合う前からそれなりにデートしてたみたいにならない? それもそれでどうなんだろう、と思ってしまうのは私の恋愛経験値が少ないからなんだろうか。
 と、考えていると遊真はふぅ、とわざとらしくため息をついてみせる。

「だから言っただろ、危機感を持てって」
「……デートのつもりだった?」
「おれはそこまでじゃなかったけど、そう思う奴だっているだろ」

 ここって、どうせならちょっと照れて「そうだよ」くらい言って見せるところじゃない? まぁ、あっさり否定してみせるのは遊真らしくもあるけど。でも、この二重に複雑な気持ちはどうしたらいいんだろう。遊真にとってはそういうつもりじゃなかったっていうの、今になって聞くとなんか複雑。
 とは言え、“そう思う”人だったら危ない、っていうことを遊真は言いたかったんだろう。下心がある人相手と夜、二人きりで散歩。しばしば誰もいない公園だとかに寄り道することもあったし、遊真が『危機感がない』と感じたのも一理ある。

「……つまり、遊真でよかったってこと?」
「さぁな」

 なんか鼻で笑われた気がする。いやでも、遊真だったから大丈夫だったっていう話じゃないのかな。とはいえなんとなく腑に落ちない。だって逆に、“そういうつもり”がなかった遊真と、どうして今こうなってるんだろう。なんで遊真は、“そういうつもり”になったんだろうな、って。
 
「……私が聞くのもどうかと思うんだけどさ」
「うん?」
「特別な好きと普通の好きって、何が違う?」

 尋ねれば、遊真は途端に難しい顔をしてしまった。むむ、と唸る様子を見るに、私を特別な意味で好きだと言う遊真にとっても答えに悩むものなのか。遊真は散々に唸ってからようやく、一つの答えを零す。

「いいな、って思うぞ」
「……何を?」
「おれは違うし、たぶん同じことはしないけど。それでも、だから凄いと思う」

 かみ砕けばつまり、尊敬と羨望の入り混じっている気持ちが特別な好きってことなんだろうか。それは目から鱗の気分だ。私の思い描いていた特別な好きとはなんというか、根本的に違う気がする。
 遊真の言う特別な好きの発端が尊敬と羨望だと言うなら、その気持ちは理解できる気がする。年上だからって相手を尊敬できるわけじゃないし、年下だから、というのも違うだろう。年齢なんて関係なく、ただ相手の人となりを見て尊敬したり、羨ましいと思ったり。それが特別な好きなんだというのはなんというか……ずいぶんと大人っぽく感じる。妬まず、僻むこともなく相手の良さをそのまま好きって言えるって、それだけで凄いことじゃないかな。

「桐香は?」
「え?」
「おればっか答えてたら不公平だろ」

 確かにその通り。じゃあ私が、遊真に対して尊敬しているところってなんだろう。羨ましいなって、妬まず素直に好きだと思えるところってどこだろう。

「……力持ちだよね。体力もあるし」

 真っ先に浮かんだのはそんなことからだった。だって本当に、自分より背の低い男の子にあんな軽々とお姫様抱っこされるなんて予想外だったし。そして告白の契機となったあの日、全力疾走してあれだけ私が息を切らしてたのに、遊真は全然平気そうだったしなぁ。
 一方の遊真は実感がないのかほう? と頷きつつも不思議そうな顔。もっと内面的なことの方がいいかと、遊真の人となりを改めて考えてみる。

「あと、頑張り屋さんだよね。宿題とか頑張ってるし。一緒に勉強してる時も文句は言うけど投げ出さないし」
「ふむ?」
「それに有言実行っていうのかな。言ったとおりにやるって……うーん、約束は守るってことでしょ。やるって決めたらきちんとやるの、すごいと思うよ」
「……んん?」
「逆もそうだよね。遊真、ちゃんとわからないことはわからないって言うし。ちゃんと自分の主張というか、意見を言えるのは凄いし、ちょっと羨ましいかも」
「…………そうか」
「それで遊真は主張もするけど、私の意見とか考えも聞いてくれるし尊重してくれるし。そういうの嬉しいし、いいなって思う」
「……当たり前のことだと思うけど」

 一生懸命に考えては挙げていくのに、なんとなく歯切れの悪い相槌ばかりが続く。様子がおかしいと遊真を伺えば、なぜだか目を逸らされてしまって。あれ、あんまり嬉しくなかったかな。私的には結構褒めたつもりだったんだけど。言い方が悪かったのだろうかと考えていると、遊真はようやくぼそりと呟いて。

「……別に、おれのいい所を言えって言ったつもりじゃなかったんだが」

 ――顔が、熱くなる。

「えーと、あれ、今、あの……」
「桐香の特別な好きはなんだ、っていうのを聞いたつもりだったけど」
「あれ? ちょっとまぁ、その、えーと」

 私、思った以上に外してた。いやだって、遊真にとっての特別な好きっていうの、完全に私に対してだと受け取ってて。だから、私に対していいなって思うんだなぁっていうか、それなりに尊敬してくれてたり羨ましいって思ってくれてる部分があるんだな、なんてちょっと嬉しくなって。だから聞かれた時には反対に、私が遊真にいいな、とか羨ましいって思う所はってそのまま……考えて。

「……う、自惚れてごめん」
「うん? ……いやまぁ、間違ってはないぞ、たぶん」
「すごい恥ずかしい……」

 穴があったら入りたいとはまさにこのこと。バイト後で疲れてたのかなぁ、なんて誰にするでもない言い訳を自分の中に押しとどめつつ。熱い頬を冷たい手のひらで冷やしながら必死で隠す。
 一方の遊真は、変わらずこっちを見ていない。けれど、おれも、と小さく声が聞こえた。瞬間、ちらりと視線だけで私を見た遊真は再び目を逸らして。

「……そこまで言われるとは思ってなかったから、ちょっと照れるな」

 ――拗ねたような表情は、照れ隠しだったり?

「じゃあ、桐香に一つ聞きたいんだが」
「は、はい」

 一向に恥ずかしさは落ち着かなくて、思わず背筋を伸ばしてしまう。この流れでどんな質問をされるのかと身構えていると、いよいよ遊真の顔がこちらを向いて……差し出された、手のひら。

「こういうのも、デートみたいじゃないか?」

 今の私、さらに顔が赤くなってしまったと思う。だって遊真が何を言わんとしているか察してしまったから。

「……そう、ですね」

 肯定しつつ、勇気を出して温かい遊真の手のひらに自分のを重ねる。これって私の手が冷たいってことかな。それが夜で冷えたからって思ってくれれば、いいんだけど。まさかこんな、手を繋ぐだけのことですごく緊張してしまうなんて思ってもみなかった。

「どうですか遊真くん、デートみたいですか」
「さて、どうですかな」

 緊張して思わず畏まった話し方になる私。にしし、とからかうように笑った遊真に手を引かれながら、私は夜の三門市を歩く。そう、デートみたいに。
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