とっくに大学は春休みに入っている私と、まだ学校がある遊真とのデートは基本的に週末だ。とは言え土曜日はいつも用事があるから無理だと言われているし、この前の日曜日は急用が入ったとのことで初めてデートがキャンセルになった。
一方、バイト後の勉強会は特に問題なく続いている。普通は休み日の方が時間がとれるもんだと思うけどなぁ。そんなこんなで今日も予定通り開かれた勉強会。終わりがけに宿題を決めたところで遊真から改めてこの前のデートについて話題に触れられて。
「この前の日曜日は悪かったな」
「いいよ、急用は大丈夫だったの?」
「うん。世話になってるトコの先輩たちが帰ってくると前日に知らされてな」
へぇ、と緩く相槌を打つ。最近になってようやくわかってきたのは、遊真の言う『先輩』とは部活の先輩ではなく、面倒を見てもらっているところの人たちということだ。遊真が見せてくる宿題に色んな筆跡で赤ペンチェックがあるのも、一重にその『先輩』たちのおかげらしい。
「それで、考えたんだが」
「うん?」
「夜に会えるデートがいい」
「……いきなりハードルが上がったね」
油断していたらとんでもない提案をされて思わず脱力。事情を聞けば、これからは週末も忙しくなるかもとのこと。もう二月も下旬だし、三月頭か中旬にはそろそろ卒業式だろう。そうなるとやっぱり離れる前にと同級生との用事も増える時期かな。まぁとにかく遊真としては日中に暇がなく、夜にできるデートで代わりを、ということらしい。
「でもね、さすがに夜はさぁ……」
「許可があればいいんだろ?」
「……う〜ん……」
この言い分はおそらく、朝まで一緒に過ごそうと提案された時、私がそれを咎めるべく言ったものだ。だから結果として家の人――迅さんに連絡してもらって、なぜだかわからないけど許可をもらってしまって。一緒に朝まで過ごしたという前科……もとい事実がある。
これが勉強会の時だったら、よく覚えていたねと素直に褒められるところなんだけどなぁ。あの時と今では状況が違いすぎる。さすがに朝まで、なんてつもりはないだろうけど、遊真は何て言って許可をもらうつもりだろうか。夜に出かけるのって、あんまり家の人はいい顔をしないと思うけどなぁ。
「それ、なんて言って許可もらうの?」
「ん? 普通に、デートしてくるって」
「……え? もしかして……恋人ができたって話したの?」
「うん」
――正直、遊真がそういうことを素直に家の人に言ってるとはちょっと予想外だ。
「えっ……迅さん、とか?」
「迅さん? うん、知ってるよ」
「……な、なんて言ってた?」
家の人として私が知っているのは迅さんだけ。保護者みたいなものって迅さんは言ってたけど、だから遊真も迅さんには話したんだろうか。迅さんは、遊真の話を聞いてなんて思っただろう。女の子の一人暮らしに男を上げるのは、と私をたしなめるくらいの人だし、あんまりいい顔をしなかったんじゃないかなぁ。
そう不安に駆られつつ訊ねてみれば、予想通り、遊真は少しだけ顔をしかめて口を開く。
「……会ってみたいと言っていた」
「わ、私に?」
もしかして品定めされる感じ? 遊真を誑かしたのはどんな奴だ、的な。……これ、ボスって人に話が回る前に菓子折り持って挨拶に行った方が身のためなんじゃ……?
「おれが迷惑かけてるだろうから、きちんと挨拶しないとなって」
「……ん?」
「ボスとオサムも、勉強を教わっているお礼もしたいとかなんとか」
「…………ん〜?」
なんか、思ってたのと違う。いや、お礼って普通のお礼だよね? お礼参りって話じゃ……ない、よね? オサム、ってのもたまに聞く名前だけど、確か遊真の友達のはず。友達の彼女に勉強のお礼をしたいって、随分と面倒見のいい子なのだろうか。あげく迅さんに至っては遊真“が”迷惑かけてるだろうからって……なんか、思ってたより悪く思われてる感じではなさそう?
とりあえず、少なくとも遊真の周りの人は、私と遊真が普通にお付き合いをしていると思ってくれているらしい。それならやっぱり私としても、弁えるところは弁えないと。私たちの関係を好意的に見てくれているのなら、その期待を裏切りたくはない。だから夜遅くというのは嫌だし、朝までなんて論外だ。するとやっぱり健全な夜のデートとして思い浮かぶのは一つ。
「……夕飯、一緒に食べるデートとかはどう?」
「ふむ、桐香の家でか」
「えっ? 私の家で、ご飯食べるの?」
「違うのか?」
せっかく健全なデートを提案したのに、若干雲行きが怪しくなってきた。っていうか質問に質問で返されても困る。
そりゃあ私としては普通に外食のつもりだった。だって家で夕飯って……もしかして、手作りをご所望だったり? 夜、私の自宅、夕飯手作り……って、遊真はどれだけデートのハードル上げれば気が済むんだ。さすがにそこまではと交渉しようとした矢先、そういえば、と遊真が先手を打ってきて。
「おれ、推薦受かったぞ」
「え、ほんと!? おめでとう!」
突然差し込まれたニュースは驚きつつもおめでたいものだった。大丈夫だと言われてた、とか聞いたけど本当に受かるとは。遊真って内申良かったんだなぁ。素直に嬉しくておめでとうとお祝いすれば、遊真は満足げにうむ、と頷いて。
「だから、夕飯ごちそうしてくれ」
……それが布石だったとは。抜け目ないというか、なんというか。
「えぇ……う〜ん、私が作るのかぁ」
「まぁ、別におれが作ってもいいけどな」
「え、作れるの!?」
「少しはやってる」
もう、今日だけで何回遊真にハードル上げられただろうか。でもまぁ、複雑な家庭事情みたいだし、家のことをやらざるを得なかったのかな。ってことは本当に上手だったり……したらどうしよう。今後ずっと遊真に手作りご飯なんて作れなくなるんだけど。
「……食べたい、けど、今度にして」
「ふむ? なんで?」
「…………これで遊真がめちゃくちゃ料理上手だったら、いろいろと自信なくして立ち直れない……」
ふぅん、と気のない返事。否定しないってことはやっぱり料理できる方なのかな。これ、一人暮らし経験がある彼女としてはかなり試されてないかな。料理の一つや二つできて当然とか思われてない?
遊真と相談して日時も決まり、腹をくくるしかないようだ。まずは夕飯の献立を決めるところから。そうして密かに練習を積んでおかなければと心の内で固く決心したのだ。