待てができない
 今日も今日とて夜間のシフトにてバイトの真っ最中。今日は気のいい主婦パートさんと一緒なので、気楽なお喋りを挟みつつも一つ一つ仕事を片付けて。時計は刻一刻と上がりの時間に向かって針を進めていく。
 ふと、今日の深夜シフトって西岡くんだったっけ? とパートさんから声をかけられた。その通りなので頷けば、心配ねぇ、と笑いながら相槌。思わず私も笑ってしまうけど、来店音が聞こえて慌てて口を噤む。

「お疲れ様でーす」
「わ、西岡先輩」
「やぁだ、噂をすれば影って本当ね」
「今日は遅刻じゃないっすよ」

 パートさんに揶揄われながらも、西岡先輩は支度をするためだろう、さっさと裏に入ってしまった。今日は時間通りに上がれそうだ。油断していたからと改めて、仕事を進める手を急がせる。
 そうしている間にもまた来店音が鳴り響くから、私は仕事の傍らでとにかく声出し。いらっしゃいませ、と声をかけつつお客さんの姿を確認すれば――目に飛び込んで来たのは、白だった。

「あれ?」
「こんばんは、と、おつかれ」

 思わず間抜けな声を上げてしまったけど、遊真は平然と手を振ってみせる。どうも、とちょっとどもってしまいながらも返事をすれば、遊真はすたすたと商品の並ぶ陳列棚へ。普通に買い物に来ただけだろうか。
 今日は深夜シフトが店長じゃないし、勉強会の予定もなかったはず。そう確認したいけど、店長の厚意でバックヤードを借りて勉強していることは、ダメではないにしろあまり言いふらすことでもない。遊真にもそう強くではないが口止めしてあった。だから、パートさんや他のお客さんもいる今、なんだか声をかけづらい。

「お、遊真。なんか久々にみたな」
「西岡さん。こんばんは」

 そうしている間に支度を終えて勤務開始したらしい西岡先輩が店内に戻ってきて、遊真と親し気に挨拶を交わす。久々なんだ、なんて聞こえてしまう会話をちょっとだけ気にしながら、私は終わった仕事の最終確認。

「最近どうしてた? 元気してたか?」
「うん。元気だよ」

 レジで釣銭チェックをはじめた西岡先輩と、陳列棚を眺めている遊真。二人が交わすのんびりとした会話を聞いていると、これが多分コンビニ店員とお客さんのほどよい距離なんだろうなぁ、なんて。
 退勤時間目前となったので、引継ぎの最終報告を済ませる。終わるやいなや、パートさんは手早く帰り支度を整えてタイムカードを切った。お疲れ様の挨拶を交わして一足先に帰るパートさんを見送り、私も私で退勤の打刻。それが終わればあとはいつものようにお土産チェックだ。

「湊川さん、こんな時間に食ってばっかだと太るぞ〜」
「ほんっと先輩デリカシーないですよね」
「親切心だって」

 いつの間にか西岡先輩は在庫補充を始めているらしい。ケラケラとした笑い声を聞き流して、私はこっそりと店内を見回す。遊真はどうしているんだろう。姿が見えないが、私が制服から着替えている間に買い物を終えて帰ってしまっただろうか。それとも、別の列に入ってしまってて見えないだけだろうか。

「桐香」

 と、背後から遊真に声をかけられて、どきりとする。

「な、なに?」
「この後は暇か?」

 おそらく、この後散歩に行くつもりだから付き合ってほしい、と言ったところだろう。まぁ別にバイトも終わったし、断るほど忙しいわけでもないからいいよ、と答える。遊真はうむ、と満足げな顔。
 ――ふと、我に返るのが遅かった。

「なんだ? 遊真と湊川さん、そんな親密な仲になったのか?」

 さてピンチ。これってなんて答えるのが正解だろうか。少なくとも名前で呼ばれているし、用件も聞かずにいいよと返事をする辺りで親密じゃないと否定するのは完全に悪手だ。もうそれ照れ隠しじゃん、ってのが見え透いてしまう。
 とは言えそうですよ、って肯定してしまうのもそれはそれで。大丈夫なんだろうかと不安が拭えない……、と考えている間に先手を打ったのは遊真だ。

「勉強教わってるよ」
「へー。湊川さん、家庭教師のバイトも始めたのか?」
「いやまぁ、バイトってほどじゃないですけど……」

 一番無難でもある勉強というカードを切ってくれた遊真の采配に一安心だ。さすがにここで恋人というカードを切られたらどうしようかと思ってた。
 けれど、長居するのはちょっと心臓に悪いし会話が発展してもまずい。私はさっさとお土産を決めてレジの前へと立つ。お願いします、と商品を並べれば普通にレジ対応を始めてくれた西岡先輩。後ろには遊真も並んでいるので、会計が終わればすぐにコンビニを出られそうだ。

「じゃあ、お疲れ様です」
「うーす。遊真もまたな〜」
「じゃあな、西岡さん」

 二人並んでコンビニを出て、とりあえずは遊真に行き先を確認。今日はこっち、と言われる方へと気持ち速足で歩きだし、コンビニからだいぶ離れた所で――ため息。

「……さすがにドッキリした……」
「なにが?」
「いや、西岡先輩に親密な仲とか聞かれるとは思ってなかったというか」

 心臓が縮み上がった名残でまだ鼓動が落ち着かない。今の私、指先まで冷え切ってしまっているんじゃないだろうか。なぜかって――まぁ、きっと、言うまでもなく。

「付き合ってるってバレたら困るのか?」
「うーんとね……なんて言ったらいいのかな……」

 遊真ってば本当に核心をついてくるよなぁ。バレたら困る、と言えば困る。遊真と付き合っていることは悪いことではないだろうけど、良いと言い切っていいものかどうか。年下が趣味だったんだ、くらいならまだいいけれど、果たして私という成人済みと遊真という未成年の恋愛って第三者からはどう映るのだろうか。

「……遊真は、同い年の彼女が良かったなぁ、とか、思わないの?」

 悩んだ末に口にできたのは、そんな質問だった。言いながら、自分の本音が見え透いていて嫌だとも思う。だって私はたぶん、遊真ともっと年が近かったら付き合っていることがバレてしまってもいいと思っただろう。だって、付き合っていることは事実なのだから。
 そう事実であっても知られるのが後ろめたいのは、私がこの年の差を理由にどうしても――罪悪感が拭えないから。

「別に、年の差なんて関係ないだろ」

 けれど遊真はあっけらかんとそう言ってのける。ぎゅうと胸が苦しくなるのはきっと、私が望んだ言葉だったからだ。そしてできるなら、私も同じように言いたかった言葉。

「……そう、だね」

 私は遊真ほど割り切れない。だから、どうにか相槌を打つだけで精一杯だった。それで会話が終わってくれればよかったのに、遊真は何かを悟ったのか、今度は私に訊ねてくる。

「桐香は、同い年の男が良かったのか?」

 少なくとも同い年だったら、今の私が抱えるような悩みはなかったんだろう。その方がもっと普通に付き合っていられたんじゃないか。ないものねだりだとは思っても、そんな可能性が頭を過ぎれば否定もしきれない。
 けれど、遊真の言う通り年の差なんて関係ないのだ。私たちの関係だって年の差が悪いわけではない。問題なのは年の差ではなく――成人と、未成年というお互いの立場それだけ。
 だからこそどうしようもないのだけれど。だってこの問題を解決するためには、時間が過ぎるのを待つしかないのだから。

「……あのさ」

 私が遊真を好きだと自覚してしまった今、もうこの問題から逃げるわけにもいかないだろう。遊真の言う通り、少なくとも今の私は遊真と別れたいとは思っていない。付き合っていたいと思うのなら問題を誤魔化すわけにもいかないし、遊真にも、同じように考えてわかってもらわなければいけないことだから。
 とはいえ遊真は帰国子女だから、あまり日本の法律にも詳しくないのかもしれない。であれば説明からかと、私は普段の勉強会と同じように気取りすぎないよう話を始める。

「成人と未成年の恋愛は……あんまりいい顔をされない、んだよね」
「なんで?」
「犯罪になりかねない、から」
「……なんで?」

 遊真は心底不思議そうに首を傾げている。まぁ、そりゃ恋愛は基本自由なはずだしね。誰かを好きになっちゃいけないとか、付き合えないとか、そういうのは自由に反することだろう。けれど自由というのはルールがあってこそ保障されるもの。そしてルール違反……つまりは犯罪となってしまう内容を十五歳になんと説明したらいいものか。私は少しだけ言葉をぼかしながらも説明をする。

「恋愛の後は結婚につながるってことで、それなりの責任を求められるから、かな」
「んん? それなら別れちゃいけないってことにならないか?」
「そうなりかねないから、責任が取れない子供に責任を取らせかねないようなことをする大人はダメでしょ、って話」

 ふむ、と不思議そうに首を傾げる遊真に、果たして私の意図は伝わったのだろうか。
 おそらく成人と未成年のお付き合いは、一歩間違えれば成人による子供の――性的搾取と受け取られてしまうものなんだろう。性的搾取と聞くと、たとえば売春や買春なんかが直接的なイメージとして浮かぶけど、それ以外にも問題となる例はたくさんある。報道で、成人男性が女子高生に対してわいせつな行為を働いた、なんてのを聞けば嫌悪感はあるものだ。それがお付き合いしている男女なら問題ないのかもしれないけれど、成人側が未成年を“そういう目で”見ている時点で、嫌悪される例をよく耳にする。

「じゃあ、どうしたらいい?」
「……うーん」
「今の話だと、おれはよくても桐香は責任を取ることになるんだろ。そうならないためにはどうしたらいいんだ?」

 じゃあ、性的搾取とされるようなことをしなければいいのか? と言えば話はそれほど単純でもないだろう。だって、した、してない、なんてのは本人たちにしかわからない。恋人同士である以上している“かもしれない”と受け取られてしまうのはどうしようもないのだ、きっと。だから成人済みと未成年のお付き合いを白い眼で見る人はいるんだろう。だってその二人がきちんと弁えているかどうかなんて、外からはわからない。そんなこと、世の中にはごまんとある。私が――遊真を初めて見た時、非行少年なんじゃないかと怖がってしまったことと同じように。
 それでもお付き合いを続けていくとしたら? せめて“疚しい”ことなどないのだと、胸を張っていられればいいのだろうか。遊真が年の差なんて関係ない、とあっけらかんと言ってのけるように、私も“そういうのじゃない”と言い切れるような。
 ――名前だけの恋人であれば、それで。
 
「……健全なお付き合いならいいんじゃないかな」
「ケンゼン?」
「キス以上は、遊真が二十歳になるまでダメってルール」

 自然に提案したつもりだったけど、妙な緊張で声が震えてしまったかもしれない。落ちた沈黙。こくりと唾を飲み込む音がやけに響いたように感じてしまう。私たちの間を吹き抜ける夜風の音もうるさく感じるくらいに静かな時間。ほんの僅かか、それとも長い間だったのか――遊真はようやく重い口を開く。

「おれ、たぶん五年は待てない」

 それは明確な、遊真の拒絶だった。
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