――おれ、たぶん五年は待てない。
「……そ、っか」
馬鹿正直に相槌を打って、けれどそれ以上は何一つとして言葉が思い浮かばなかった。頭が真っ白になって、何も考えられなくて。
「……そうだね」
遊真はじっと私を見据えたままだった。結局私たちはほんの短い二言三言の会話を経て、ゆるりと帰路についたと思う。正直、遊真の声が頭の中を繰り返し駆け巡るばかりで、自分がどうしていたのかあまり覚えてないのだ。
待てない。健全なお付き合いはできない。ならば、導き出される結論は?
「……できないことはしょうがない、かぁ」
今になってじわじわと、あの時の遊真の言葉が毒のように回ってくる。いや、もしかしたら聞いた時にはもうわかっていたのかもしれない。私と遊真の関係は、一つでも噛み合わなければ終わるものなのだろう。そんな予感がしてしまったのだ。だって、遊真は――やっぱり、遊真のままだから。
*
どんなに気が滅入っていたって、朝は来てしまうもの。結局春休みはほとんどバイトに明け暮れてしまったなぁ。まぁ、成人式にパーっと使っちゃったから、また地道に貯めないといけないしね。就活でもお金使うって聞くし、稼いでおくに越したことはない。そんなこんなで今日も元気にコンビニバイトに向かう……しか、なくて。
「……西岡先輩……?」
「おう、お疲れさま」
時刻はまだ夕方四時前だ。そんな時間にバックヤードに入ってバイトの制服を羽織っている先輩に驚きながら、私も支度をはじめる。
「珍しいですね。今日このシフトですか?」
「おう。だいぶ友達が戻ってきたから、オールでカラオケにでも行こうっつって」
なるほどと聞きながら、私も制服を羽織る。長期休みとなると、遠方の友人たちは早々に帰省して戻らない人もいる。一人暮らしはどうしたってお金がかかるし、遠方への帰省費用も考えれば長期休みは実家で過ごす方が安上がりなのだろう。バイトがあるからと残る人もいるしその辺りは様々だが、どちらにせよ三月末ともなると戻ってくる人が多いのも確か。新学期が始まる前に遊ぶ算段を立てるなら確かに丁度いい時期だろう。なんて考えつつ身だしなみを整えてからタイムカードを切る。
「さて。よろしくな、湊川さん」
「はい。よろしくお願いします」
西岡先輩は深夜のコンビニを一人で切り盛りしているだけあって、さすがに手際が良かった。とは言え、深夜だと色々放っておいてもお客さんが少ないからいいんだろうけど、夕方から夜間の時間帯はそうもいかない。西岡先輩の仕事をフォローしつつ、無難にレジ打ちもこなしつつ。入荷の受け入れもしたりいつも通りのルーティーンをこなせば時刻はあっという間に十時前だ。
「西岡くん、湊川さん、お疲れ様」
姿を見せた店長に、私も先輩もそれぞれお疲れ様です、と声をかける。これで上がれるな、と私も最後のチェック。西岡先輩と手分けしつつどうにか仕事が終われば、店長からは上がるように指示が出たのでありがたく二人でバックヤードへ引っ込む。
「先輩、お疲れ様でした」
「お疲れ。いや〜、やっぱこの時間は人が多くてキツいなぁ」
「普段の深夜に比べたらそうでしょうねぇ」
世間話をしつつお互いに制服を脱いで帰りの身支度。タイムカードを切ればあとは帰るだけ。と、言うのに西岡先輩が湊川さん、と声をかけてきて。
「やっぱ気になるから聞いておきたいんだけどさ」
「はい?」
「遊真と付き合ってるんじゃないのか?」
――さっと血の気が引いていく。バレてしまった、というような罪悪感。何かに怯えてもいるような妙な感覚に、私はしどろもどろに相槌を打つ。
「えーっと、まぁほら、それはですね……」
「いや、いーよ別に誤魔化さなくて。さすがに見てればわかるし」
すぐさま肯定することができなくとも否定だってできない。そう曖昧な返答しかできなかった私を見て、西岡先輩は私たちのことを確信したようだ。見てればわかる、ってほどにわかりやすかったのかな。おずおずと私は先輩を伺ってみる。
「……やっぱり、引きます?」
「驚きはするだろ。でもまぁ、別にいいんじゃん?」
案外あっけらかんとした反応が返ってきて拍子抜けだ。遊真も年の差なんて関係ない、って言いきってたけど、男の人ってわりとそういうタイプが多いのだろうか。まじまじと眺めていると、先輩は荷物をまとめながらも自ら話を続ける。
「俺からしたらなんで付き合ってるんだろうな〜みたいな友達の彼女もいるけど、ソイツが彼女がいいっつーから付き合ってるんだろ」
「はぁ」
「俺からは、遊真がどういう彼氏なのかも湊川さんがどういう彼女なのかもわかんねーしな。二人がいいと思って付き合ってるなら、俺らがどうこう言うもんでもねーし」
「……そんなもんですか」
「そんなもんだろ。まぁ、こっちはソイツがいよいよ別れちまったもんだからこれからオールで慰め会やるんだけど」
あ、そこに繋がってるんだ。別れた友人を慰める会のためにバイトのシフトをずらしてもらったと。夜間シフトだなんて珍しいこともあるもんだと思ったけど、そういう事情だとしたら先輩って結構友達思いなんだなぁなんて感心してしまう。
「いい友達って感じですね、先輩」
「だろ? ま、湊川さんもあんま“彼氏”を子供扱いしてっとフラれるぞ〜」
「そういうところはデリカシーないです」
ははは、と大口を開けて笑う先輩。急ぐのだろう、聞くだけ聞いて、言うだけ言った先輩はじゃあなと言ってバックヤードから去っていく。
「……子供扱い、ねぇ」
何が子供扱いに見えたんだろ。いや、そもそも私が“年上”であろうとすることは、つまり遊真を“年下”扱いすることだから、現状とそう大差のないことか。
じゃあなんで付き合っているんだろう。発端は“年の差”を理由に私が責任を負おうとしたことだったはずだ。夜の散歩に行きたいと言い出したのは自分だから、それに付き合った私が危険な目に合っても、自分がなんとかすると。年下をあてにするのはどうかと私が渋ったから、対等な関係になるために付き合う、という選択肢を選んだはず。
つまりキスとか、そういう恋人らしいことってそもそも、本来の目的に関係ないんじゃないかな。だって遊真が望んだことは、対等であるただそれだけのことなんだから。
――言い聞かせた胸が、ぴりりと痛んだような気がしたのは、錯覚だ。
悩んで、メッセージの送信画面を開く。最初に面倒だと言われたから普段はあまり送ったりしない。それに、週一程度にコンビニで勉強会をしているのだ。そう慌てて連絡を取ることもなかったので送ろうともしてこなかった。
日中は忙しい。遊真はそう言っていた。だから誘うなら夜。何かちょうどいい用事はないかな、と考えながら――。
『ハンバーグ練習したよ。今度、夕飯食べに来れる日教えて』
送信。本当は、まだ一回もハンバーグなんて作ってない。なんとなくのレシピは調べたけどそれだけだ。こんな些細な嘘をついてまで家に招く理由を作るだなんてちょっとした罪悪感があるけれど、これから本当にすればいいだけ。
「……まだ、スーパー開いてるかなぁ」
いつもの帰り道と反対、深夜まで営業しているはずの最寄りのスーパーを目指して歩き出す。
嘘から出た実。遊真と会えた時に嘘が本当になってればそれでいいのだ。そう、だから。遊真と会えた時にこの覚悟が本当になってれば、それでいい。