最後の手段
 ハンバーグって意外と手間がかかる。まず刻んだ玉ねぎを炒めた後に冷ます、とかちょっと面倒だし。とは言え一度練習した時に刻んだ玉ねぎを炒めずに使ったら好きな味じゃなかったから、今回は素直に手間をかけることにする。
 そうたまねぎを炒める傍らで、BGM代わりに流していたテレビのニュースが目に留まった。成人が未成年に手を出したというキャスターの声。思わずドキリとしてしまったのは、心当たりが全くないわけではないからだろう。というと語弊があるが、成人と未成年てやっぱり、一歩間違えればこうしてニュースに取り上げられてしまうような犯罪になるんだよなぁと胃の縮むような気持ちになる。

「いやでも、ニュースになるのは同意がなかったとか、無理矢理とか、そういう話だし」

 案の定、キャスターが続けて報道している内容は“成人が未成年を無理矢理家に連れ込んでわいせつな行為をした”というもの。そりゃニュースにもなるでしょ、と呆れてしまうけど、そう思うほどに自分の首を絞めているような感覚になるのはなんなんだ。
 玉ねぎを炒め終わって火を止めて、手洗いして一時休憩。その間にネットで検索開始だ。キーワードは『成人 未成年 キス』。前にも似たような単語で検索したけど、結果は大体似たような感じ。恋愛が犯罪!? とキャッチーなタイトルも目に付くが、内容を読めばおおよそ似たような結論。つまるところ、未成年とは言えど一定の年齢以上なら全てが犯罪となるわけでもなく、何より普通の恋愛ならまず取り沙汰されることはない、と。そのまま読み進めて――
 『本当に好きなら、待てるでしょう。』
 目の前に表示された文字の羅列にすっと血の気が引いた。どういう意味だろう。慌てて記事を戻せば主題は成人済み男性と未成年の女子学生の話。つまり、好きならまだ未成年の女の子に手を出すことなんてしないだろう、っていう話だろうか。じゃあ、私たちの場合は―― 

「……なにが悪いんだ、もう」

 はぁ、と一つため息。考えることが嫌になって記事を消して、目の前の台所をぼんやりと見つめる。たまねぎってどれくらい冷ましてればいいんだろう。もうひき肉を練り始めた方がいいのかな。とりあえずはハンバーグを仕上げるべく台所に向き直る。
 お誘いのメッセージを送ったあと、遊真から返ってきたのは着信だった。取れば、夕飯食べにいってもいいのか、と端的な質問。そのままお互いの予定を確認して日時を決めたら、思いの外そっけなく電話は切れてしまった。まぁ、これも電話よりは直接会って話したいって言うくらいの遊真だから、そういうものなんだろう。私はその約束の日までにハンバーグを作れるよう練習するだけ。

「……どうしよっかなぁ……」

 ハンバーグは、たぶんどうにかなる。いや、正直どうにもならなくても構わないのかもしれない。ハンバーグの出来栄えがどうかというのはこの際なるようになればそれでいい。
 問題なのは、そういう理由で招いた遊真に、何の話をするべきか、ということ。

「まぁ、うん。別れ話なんだよね、きっと」

 言い聞かせるように、迷いを振り払うように自分に言い聞かせる。私は何を切り出してそういう話に持っていくべきか、悩みながらもレシピとにらめっこするのだった。





「お邪魔します」
「はい、どうぞ」

 そうして迎えた約束の日。もう家を覚えたと言うので、コンビニまで迎えに行くこともなく自宅で遊真が来るのを待った。約束の時間には食べられるように、ハンバーグはもう焼いている途中だ。
 今回も手土産を持ってきてくれた遊真から袋を受け取っていると、遊真はキッチンを見つめながら呟く。

「うまそうなにおいがする」
「あともうちょっとで焼き上がるから」

 フライパンには蓋をして、弱火から中火でじっくりと焼く。中まできちんと火が通るように気を付けつつ、最後には焼き目もつけていく。裏返しても同じこと。あとは付け合わせにちょっとした野菜を添えて。それだけだと寂しいので、相棒はコンソメスープ。たまにだったら、料理も楽しいものかもしれないな、なんて。

「さて、いただきます」
「うむ。いただきます」

 手を合わせて、いただきますの挨拶。遊真はいつも通りの雰囲気で、一口ハンバーグを頬張るとうまい、と言ってくれた。それはよかった、と返しつつも私も一口。うん、ちゃんと出来てる。練習した甲斐があったものだ。
 さて、結局考えがまとまりきらず、ほぼノープランのまま招いてしまったけどどうしたものか。なんだか会話が少ない気がするのは、私がまだこの前のことを引きずっているから? 別れ話の切り出し方を考えているから? それとも、いつもこのくらいだったっけ?

「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」

 会話が少ないと、することなんて黙々とご飯を食べることくらい。目の前のお皿はあっという間に綺麗になってしまって、もうこの食器を洗ったら本当にすることがなくなってしまう。どうしたものか。蛇口から出続ける水で汚れたお皿を濯ぎつつ、いつも通りにスポンジに洗剤をつけてこする。たったそれだけの当たり前のことにも気持ち丁寧に時間をかけながら、最後の思考整理だ。
 
 遊真は最初に『対等な関係になりたい』から『付き合ってくれ』と言った。でも、それって別に恋人同士じゃなくても成立するんじゃない? だから、恋人じゃなくて……普通の友達になろうとか、そういう提案だったら受け入れてもらえる可能性はあるんじゃないかな。対等な関係は何も恋人に限ったことではない。なんでそんな簡単なことを初めから提案できなかったかな、私。
 遊真の様子を見れば、手持ち無沙汰にベッドに腰かけている。いよいよ洗い物を終えてしまった私は、覚悟を決めると同時に蛇口を閉めた。水音が止んだからだろう。遊真の視線がふいとこちらへ向く。私は手を拭いてから部屋へと戻り、遊真の隣へと腰を下ろす。

「――あの」

 さ、と声をあげるより早く、視界がぐるりと回った。一瞬の浮遊感。次いで背中にぼふりとベッドの感触。部屋の明かりが逆光になってしまって、表情の見えない遊真が天井を背にして目の前にいる。

「ニュースとやらを見たんだ。大人が子供に手を出したっていうやつ」
「……う、うん」

 まさか遊真から話を切り出されるとは思っていなくて、しどろもどろになりながらもどうにか相槌を打つ。恐らくそのニュースは私が見たものと同じだろう。
 とはいえその話、この体勢のままじゃないとダメだろうか。どう考えても私、ベッドに押し倒されてるのに。急にこんなことをされるとは思ってなくて驚いているのと――怖くて、動けないでいるままの私に、遊真は淡々と言葉を落とし続ける。
 
「子供は大人に抵抗できないから、無理矢理はダメなんだと聞いた」

 確かにそんな内容だったはずだ。コメンテーターは、弱者を庇護するべき大人が子供を食い物にするなんて、というような話をしていた気がする。守るべき子供に手を出す大人は、果たしてどうなんだと。だって子供は、いざって時に逃げられなかったり、拒絶できないかもしれない。そうと事情を汲めばやっぱり大人は責められて当然だろう。
 ――じゃあ、今この場の弱者は、どっち?
 遊真が話す声色はいつも通りだ。緊張しているだとか照れているだとか感情の揺れが見えない。それが、怖い。この状況で平然としている遊真が何を考えているのか、わからない。
 それでも毅然とした態度でいなければと必死に遊真を見つめ返している内に、段々と逆光にも目が慣れてきた。私を見下ろす遊真を覆っていた影が次第に和らいでようやく――冷酷にすら見える平淡な表情を浮かべた遊真に焦点が合う。

「でも、そんなの大人も子供も関係ないじゃん。無理矢理した方が悪いんだろ」

 だから、と私を見据えた紅い眼差しに、遊真が何を言わんとしているのか察してしまった。いや、間違っていてほしい。でもここまで話してきた内容をなぞれば、つまり。
 ――遊真が無理矢理したのなら、それは私の責任ではなく遊真の責任になるだろう、ということか。
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