危機を助けられる
 大学の講義を終えて、少しばかり友達とゆっくりし過ぎてしまった。後にはバイトが控えていたというのに、だ。完全に遅刻というほどではないけれど、のんびり歩いているほど余裕はない。とは言え、走るほどでもない。
 そんな微妙な時間に少しでもゆとりを持たせようと、いつもなら通らない裏道へと足を踏み入れた。夕方の時間帯だと普段は下校途中の学生らしき子たちが多いんだよね。けれど、今日はあんまり人気がない。ラッキー、と思いながらも足を急がせていたら、ふと目の前、道の脇に何やら男の子の三人組が見えて――嫌な予感。

「ねぇ〜おねえさん」

 ねっとりと絡むような声色だけでぞくりと悪寒が走る。通り過ぎようと思ったのに、道を塞ぐように三人並ばれてしまったので足を止めざるを得ない。恐る恐る様子を見れば、人を小馬鹿にしたようなねちっこい笑顔が三つ。うわ、これまずったかもしれない。

「僕たちぃ〜、道に迷っちゃったんですよ〜」
「ちょっとこの辺り案内してもらえませんかぁ?」

 言葉だけは控えめだけど、三人組の男たちは有無を言わさず私を取り囲んでしまう。これでは無視して無理矢理通り抜けるのも難しい。下手に刺激するわけにはいかないし、かといってこの場をうまく切り抜けられるかどうか。

「……とりあえず近くにコンビニがあるから、そこで」
「僕、おねえさんに案内してほしいなぁ〜」

 がしりと肩を掴まれてしまって、思わず身震いしてしまう。もう、遅刻しそうだからって裏道なんて使うんじゃなかった。とはいえ後悔先に立たずだ。この状況を打破するにはどうすればいいだろう。案内するフリをして交番……とは、うまくいかないかな。こいつら三人で適当に口裏を合わせて付いてきてはくれないだろうし、むしろ私をどこかしらに連れていくのが目的っぽいし。かといって、付いていったら碌なことにならないのは火を見るより明らかだ。いっそ、バイト先も目前だし無理矢理に逃げてみるか。
 ――と、後手に回っていたことが功を奏したらしい。

「お前ら何してんの?」
「あー? ……げっ」

 聞き馴染みのある声。私を取り囲む男たちの隙間から見えたのは、見慣れた白い髪。まさかの非行少年だ。

「湊川さん、こいつらとも知り合い?」
「え、いや」
「あぁもう! 俺達は忙しいんだからどっかいけって!」

 しっしと手を払って少年を追い払おうとする男たち。化けの皮がはがれるの早かったなぁ。まぁ、わざとらしい“僕たち”なんて胡散臭さが隠せていなかったけど。
 一方の少年はと言えば、男たちの迷惑そうな顔もどこ吹く風。涼しい顔のままそれで? と首をかしげて見せる。顔見知りっぽいし、どうにかこの場を乗り切る糸口でも掴めないかな。私は隙間から見える少年に事情を説明しようと声を上げる。

「道に迷っちゃったって言ってて、知り合いならこの人たちを」
「いや〜知り合いっつうか、他人っつうか、それより僕たちはおねえさんに案内してほしいなぁって」

 私の声に被せるように、それでいて私から少年を隠すように目の前へと立ちはだかる男。どうにも彼らにとって非行少年は都合の悪い存在らしい。どういう関係だろうか――と、尋ねるより先に少年の口が動く。

「迷った? ここ、学校からそう遠くないだろ」
「お前は黙ってろって!」

 あれ? と違和感。少年が現れたことで冷静さを取り戻しつつあった私は、ようやく頭が回るようになってきた。もしかして、学校からそう遠くないという少年の証言と三人組の子達の反応を見るに、みんな同じ学校の生徒ということだろうか。雰囲気的に仲良しって感じでもなさそうだけど。そして店長は、少年は三門中学の生徒だと言っていた。つまりこの男の子たちは。

「なるほど? 三門中学に案内すればいいのね?」
「え!? い、いや」
「なんなら先生に連絡しておこうか? 君たち、クラスと名前は?」
「い、いや〜……それは、ちょっと」

 予想通り彼らも三門中学の生徒で当たりらしい。学校に通報されることを嫌がったのか、男の子たちはじわじわと私から距離を置いていく。学校や親なんて関係ない、ってほどまで無鉄砲ってわけでもないらしい。

「それじゃあ、僕たちはこの辺で……」

 じりじりと後ずさっていた男の子たちは瞬時に踝を返して一目散に走り去った。その辺りはさすがに中学生らしいなと思いつつ、どうにかなったと息をつく。一時はどうなることかと思ったけれど、変なことにならずに済んだようだ。
 これも非行少年のおかげだと、走り去っていく男の子たちを眺めていた後ろ姿に声をかける。

「ありがとうね。おかげで助かったよ」
「別におれは何もしてないよ」

 不思議そうにする少年は、さっきの男の子たちとはどういう関係なんだろう。彼らに対する少年の態度は先輩、って感じじゃなかったしなぁ。っていうか、結果として追い返すような形になっちゃったけど、大丈夫だろうか。

「キミは大丈夫?」
「……うん?」
「いや、キミが来なければ〜みたいな感じで逆恨みされちゃったら危ないかなって」

 私からしたら至極当然というか、自然に出てきた言葉だった。部活の先輩、後輩だったりしたら変に拗らせてしまうと部活に影響出るかもしれないし。でなくてもさっきの男の子三人組はあんまり素行がよろしくなさそうだったから、変に絡まれたら少年も危ないかもしれないな、なんて。
 少年はしばらく黙ったままだった。そうして……なぜかじわじわと表情を歪めて私を伺う。

「なんで湊川さんがおれの心配をするんだ?」
「え」
「自分のことは自分でどうにかするよ。今危なかったのは湊川さんの方だろ。まず自分の心配しなよ」
「……はい」

 頷くも少年の表情は変わらず、その眼力に思わずごめんなさい、とまで口にしてしまった。いやだって、ものすごい真面目に怒られてる。そして人のことを考えるよりまず自分のことをきちんと考えろと、真っ当に正論を説かれてしまって返す言葉がない。

「……で、湊川さんはなんでここに?」
「あ、えっと、バイトまで時間がなかったから……」

 事情を説明しつつ自分でも思い出して時計を見れば、刻一刻と時間は迫っている。そんな私の焦りを察したのか、少年はふーん、と頷いて。

「じゃあ、行こうよ」
「え?」
「コンビニ」
「えぇ? だ、だって、」
「さっきだって大丈夫じゃなかったんだろ。おれも散歩から帰るところだし、行こう」

 少年は平然とした顔で私を促しながらも歩き出してしまったものだから、とりあえずはその後に付いていくことにする。こっちが帰り道なのかな、私に付き合わせて大丈夫なのかな。心配ではあるけれど、下手に問答を繰り返して少年を煩わせてしまうのも申し訳ない。
 すたすたと歩く少年と、後を追う私。そう距離もなかったからあっという間にコンビニに着いてしまう。コンビニの敷地内で立ち止まった少年はくるりと振り返り、私がそこにいることを確認するとひらりと手を振って。

「それじゃあな」
「え、あ、ありがとう!」

 とにもかくにもお礼だけは絞り出せた。少年は聞き終えたのか特に反応を返すこともなく、再びすたすたと歩きだしてしまう。コンビニに寄らないところを見ると、帰りを急いでいたのだろうか。だとしたらやっぱり悪いことをしたなぁ。

「……また、来てくれるかなぁ」

 私のバイト中に会える時があれば、せめて何か奢るくらいのお礼はできるのに。
 そんなことを考えながらも、私は目前に迫ったシフト開始時刻に間に合わせるべく自動ドアをくぐるのだった。

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