頭痛の種が、次から次へ
 ユーマと二人、台所へと向かっていく。もう疲れたので、お互いに備蓄食料の中から夕飯を決めて支度。向かい合って席に座り、さっそく食事を始めながらもユーマの話に耳を傾ける。

「まず、お互いに名乗ったことだし、カエデもそんな畏まんなくていいぞ」
「……と、言いますと?」
「かたくるしい話し方しなくていいぞってこと。ボーダーにも入隊するし、おれが悪い近界民じゃないってことはわかっただろ?」
「良い近界民なんているんですか?」
「いるだろ、ここに」

 気が抜けて笑いそうになってしまったのを咳き込んで誤魔化す。なんだそれ、近界民に良いか悪いかの判断があるのか。しかも、自分で自分を良い近界民だなんて。
 けれどまぁ、これまでを振り返ればユーマの言いたいことには頷ける。私が近界民に敢えて良い、悪いと評価をするなら、ニュースに取り上げられたような無差別で人を襲う近界民は悪い近界民だ。つまり、不可抗力で多少のトラブルはあったものの、これまで私と交渉し、取引し、危害を加えようとしなかったユーマは良い近界民とも言えるだろう。
 ……その結果がさっきの勧誘ということはまぁ、いただけないけど。

「……わかった」
「よし」

 満足気に頷くユーマ。あまり気負わずに済むとなれば、私としても色々聞いてみたいことはある。

「ユーマは、どれくらい日本にいる予定なの?」
「うーん。わからんが、まぁ、死ぬまでかな」

 予想していたより遥かに長い予定にさすがに驚いた。まさか、日本に永住希望とは。匿うと言った手前反故にはできないしちょっとばかり不安になってしまうが、でも、とユーマは話を続ける。

「カエデに迷惑かけるなとは言われてるから、出ていけって言うなら出ていくよ」
「さっきの取引はウソ?」
「いいや? 匿うってのは別に住むところだけじゃないってことだ。長くこっちにいるなら、ホゴシャ代わりがいるのは色々と便利らしい」

 ……ユーマはもう少し言葉を選んだ方がいいんじゃないだろうか。便利、なんて物騒な言葉を平然と私に言い放つあたり、ユーマって本当に良い近界民なんだか。しかもこの場合の保護者というのは文字通り、近界民を保護した者という意味であながち間違いでもないからたちが悪い。
 自然とため息が漏れてしまうが、だからだろうかユーマは説明を付け足す。

「洋服とかご飯もだが、そのうち部屋も玉狛で借りれるって話だ。カエデの迷惑にならないようにとは言われてるから、なんかあったら言ってくれ」
「うーん、まぁわかった」
「彼氏を連れ込む時はちゃんと言えよ。外泊するから」
「……いらない心配どうも」

 耳に痛い話にさらに深くため息を吐きつつ相槌を打つ。私の返答から察してくれないのか、ユーマはふむ? と首を傾げて。

「彼氏いないのか?」
「なんで傷抉るの」
「じゃあ、しばらくはいても平気か?」
「何かあるの?」
「うむ。一番心配されてたのは、おれの正式入隊が決まるまでの話なんだ」

 ユーマが説明する事情を聞けばつまり、現状は入隊予定なだけであって、正式に入隊が認められる入隊日までユーマはボーダー隊員ではないという。申請すればすぐに隊員というわけではなく、学校に入学式があるようにボーダーにも数か月に一度入隊式があり、次の入隊式が行われる来年、一月八日までユーマはボーダー隊員ではないと。

「入隊は決まってるからサポートはするけど、ニホンにはネンマツネンシってのがあるんだろ?」
「うん」
「玉狛の人たちも家族と過ごしたり、他の隊員が任務に出られない分を穴埋めしたりで人がいないらしくてな。さすがに面倒を見れるか心配だと言われていたんだ」

 なるほど、とまた軽く相槌を打つ。ボーダーは二十四時間三百六十五日体制で近界民からの侵略に備えている組織だから、さすがに年末年始の影響は避けられないだろう。隊員の多くは学生だとか若い子が多いと聞くし、労働基準法的にも結構危なそうだし。

「ユーマが年末年始をどう過ごすか、林藤さん達は心配してたってことね?」
「うん」
「まぁ、安心していいよ。普通に家で過ごしてくれればいいし、林藤さん達にもそう伝えておいて」
「おう、助かる。ありがとな」
「どういたしまして」

 どうせ今年も何もない年越しを過ごす予定だったのだ。ユーマが居ても居なくても変わりないし、さしたる問題もない。まぁ、食費光熱費はちょっと増えるだろうけど――と、芋づる式に思い出したので念のため私からも確認をとる。

「ねぇ、最初に受け取ったお金なんだけど」
「うん? もう足りなくなったか」
「逆。多すぎるから、少し返したいんだけど、ダメ?」

 ユーマは「なんで?」と不思議そうに尋ねる。さすがに一週間程度じゃユーマのために購入したものなんてたかが知れてるし、光熱費なんかはまだわからないけどユーマが家にいた時間だってたかが知れてる。あの時は怖くて受け取ってしまったが、さすがにもらい過ぎてることを黙っているのは……お金をだまし取ってるみたいで居心地が悪い。
 でなくても、あの大金のおかげで人生の方向転換する羽目になったのだ。負い目を感じる要因はなるべくない方がいいし、返せる分は返してしまった方がもう少し身軽になれるのではないか。伺うも、ユーマは首を傾げたままだ。

「さっきも言ったけど、今後のためにお金は必要じゃないのか?」
「そりゃあこれで路頭に迷ったら迷惑料は請求したいけど……」
「だったらいいじゃん。別におれだって、これからボーダーに入れば稼げるらしいしな」

 さっき足りない分は払うと言い切れたのは、ユーマにも稼ぐ宛ができたからということか。確かにボーダー隊員は学生であってもお給料が出るものだとか聞いた記憶がある。
 現状、普通に生活する分にはユーマの入隊する来年まで余裕がありすぎるくらい。転職なんて無茶振りに応えなくてはいけなくなった今の私だけど、ユーマから支払われたお金を失業保険だと思ってもお釣りがくる。もらい過ぎてる現状は変わらないし返したい気持ちもあるが、ユーマはけろりと私の傷を再び抉ってきて。

「まぁ、カエデに彼氏ができるまでは色々世話になると思うし、前払いってことだ」
「遠回しにそれ、彼氏できないって言ってない?」
「予定があるのか?」
「……ユーマって皮肉も言うのね」

 彼氏うんぬんは置いておくにしても、だ。滞在が短期間の話ではなくなった以上、いざという時の宛があると思えば安心感も違う。今回限りであって欲しいのだけど、近界民と妙な縁を繋いでしまった今、先行き不安なのも本音だからだ。天秤はぐらぐらと揺れたものの、最後の最後、ユーマの「もう取引は成立してるんだから、いまさらだろ」の言葉に方針を定める。

「……わかった。じゃあとりあえずは預からせてもらうね。正直助かる部分もあるから、できる限り協力するし、ユーマからも何かあれば言ってほしい」
「あ、じゃあ一つ」

 そう、せっかくと割り切って大金を預かるだけの責任を負おうと覚悟を決めた矢先のこと。早速何かあるらしいユーマに続きを促せば、耳を疑いたくなる話が始まって。

「おれ、実は初めて中学行く日に事故にあった」
「……は?」
「ボーダーの機密もあるから詳しくは言えないけど、ケガとかはないよ」
「はぁ」
「でも、その時にケーサツが来て、住所を聞かれて困ったからここの住所を教えたんだ」
「……えぇ……」
「あとな、その日の夜にも車とぶつかって、そん時も」
「…………」

 ――ちょっと、前言撤回したくなったのは秘密。


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