はじまりの真実
 今の私の日常。それは、私たちの世界を侵略する近界民であるはずのユーマと、一つ屋根の下で暮らしているということ。
 三門市に住む人間なら、近界民と言われて怖がらない人はいないだろう。四年前、三門市が近界民によって壊滅的な被害を受けた時の恐怖は誰もが知っているはず。それでも三門市が無人の市とならなかったのは、大規模侵攻直後、ボーダーと呼ばれる近界民に対抗する組織が現れたからだ。
 私も、大規模侵攻で家族を失った一人だ。そうして残された一軒家に住んでいた私がまさか、ひょんなことから近界民を匿い、その近界民がボーダーに入隊し、さらには――

「……おたより?」
「うん。今日先生から、ホゴシャに渡せって」

 ――その近界民から保護者扱いされて、学校のおたよりをもらうようになるなんて、誰が想像できただろうか。

「個人面談のお願い、ねぇ……」

 開いてみればそれはおたよりというより手紙のようだった。生徒に配った、という雰囲気ではない。『空閑くんの保護者の方へ』と名指しされていることからも、なんだか特別な雰囲気が伺える。
 さすがに、ユーマが近界民だとバレたとか、そういう話ではないだろう。そんなことが知られたら私より先にボーダーに話が行くだろうし。そうなると普通に、学生としてのユーマの話をするということか。
 まさか問題を起こしたとか、そういう話じゃないだろうな。私は恐る恐る向かいで夜食をつまむユーマを伺う。

「先生はなにか言ってた?」
「うーん……確か、ソツギョウする前に一度話しておきたい、とか言ってたかな」
「……は?」

 片言で聞こえた『ソツギョウ』は、当然私の脳内では『卒業』に即時変換される。
 
「……ユーマ、今三門中学に通ってるって言ってたよね」
「うん」
「何年生なの?」
「うーん? 三年生」
「…………何歳?」
「十五」

 想定していなかった答えに、思わず「えぇ……」と声が漏れた。だって、えぇ……?
 混乱している私を見て、思う所があったのだろう。ユーマは胸を張って堂々と宣言する。

「背は低いけど十五歳だよ」
「……う、うん、そう……」

 頭が痛くなってきた。正直、人探しのために年齢を誤魔化しているだとか、そういう可能性すら考えていたのだ。近界民とはいっても、ユーマも同じ人間。そう言った林藤支部長の顔を思い出しつつ、私は深く息を吐き出す。
 そして同時に、中学三年生の冬とわかって脳裏を過ぎったもの。私は頭を抱えつつユーマを伺う。

「……あのさ。高校受験、どうしたの」

 中学三年生ともなれば、卒業よりも前に人生の一大イベント、受験があるじゃないか。そんな話を一切耳にしてこなかったし、ユーマからも言ってこなかった。いったいどうなっているんだと訊ねれば、ユーマはきょとんとした顔。

「よくわからんが、ボーダーがおれを高校に入れてくれるんだと」
「……ボーダーが?」
「うん。ジュケンリョウ? とかは払ったし、ボスにいろいろ手伝ってもらった」

 ボーダーが入れてくれる、という言い方に『ボーダー推薦』制度を思い出す。
 人事部に配属されて日は浅いものの、隊員の情報を管理する傍らで『ボーダー推薦』の話を聞いた憶えがあったのだ。学生隊員の中には、そういった制度を利用する人もいるとかなんとか。推薦入試の出願時期は過ぎていたので業務を行ってはいないが、そういうこともある、と話だけは聞いた。
 ともかく受験料はユーマが負担し、『ボーダー推薦』だからこそ書類関係の詳細は林藤支部長を頼ったのだろう。出願も終えているとなれば、あとは受験日当日を待つだけ。そうなると今更私が出る幕も、言うこともないので安心して息をつく。
 と、なると問題は最初に戻ってくるわけで。私はしみじみと手元のおたよりに目を落とす。

「とりあえず、呼ばれたからには行かないとだよね……」
「悪いな。頼んだ」
「頼まれました」

 さて、学校に行くとなればいつがいいか。日中は先生も授業があるはずだし、やはり放課後以降だろう。少しくらい早上がりさせてもらえるか……いや、転職したばかりだし、でなくても忙しいからと配属された今はそれも心苦しい。
 悩んでいると、一方でユーマは「あと、」と何やら話を続ける。

「明日ランク戦なんだ。それで、今週の土曜日も」
「あぁ、うん。そうだね」
「試合の間がそんなにないから、たぶんまた玉狛に泊まると思う」
「わかった。まぁ、なにかあったら――」

 ――教えて、と言いかけた。しかし同時に『どうやって?』の疑問が浮かんで、ため息。

「……連絡手段が欲しいなぁ」
「あれ、カエデはボーダーから端末もらってないのか?」

 ユーマはそう言って、懐から端末をとりだす。背中部分にボーダーのエンブレムがプリントされたそれは紛れもない、ボーダーからの支給品だ。

「それは正隊員以上がもらえるものなの。人事部職員は持ってないよ。まぁ、部長とかは専用端末持ってるみたいだけど」
「へぇ、そうなのか」
「どうしようか……ユーマに二台持たせるってのもね……」
「これじゃダメなのか」
「仕事で支給されたものは私用で使わない。会社の基本だよ」

 はぁ、とため息を重ねる。これまでは、帰らない時はそうとレプリカから言付をもらっていた。別に、いなければ「また玉狛か」と思うだけなんだとは思うけど、気持ちとしてはやはり最低限連絡はほしい。気が気でなくなる、そういう前例もあることだし。
 連絡手段としてはやはり携帯・スマホが一番だ。でもユーマは既にボーダーから支給された一台がある。私との連絡手段として別にもう一台、というのは正直……もったいない、ような。いや、それも必要経費として割り切るべきか。

「ユーマはどう? もう一台持ち歩くのって、やっぱ面倒?」
「うーん、まぁ、正直」
「だよねぇ……」

 ボーダーから支給される端末はそれなりに新しい機種だ。まぁ、ボーダー用にカスタマイズしてある特注品らしいけど。それで諸々事足りるなら、もう一台なんてあっても余らせるだけか。
 私が真剣に悩んでいるからだろう、ユーマも本格的に眉根を寄せて考えはじめた。うぅむ、と同じように唸り、間。少ししてユーマはすぐに匙を投げる。

「おれじゃよくわからん。玉狛の人に聞いてみる」
「そう? まぁじゃあ、この話は保留で」
「うん」

 話に一区切り。解決策は浮かばないが、今はどうしようもないだろうとのことで問題は据え置きだ。
 さて、ともう一度おたよりに目を向ける。定時後となると下校時刻も過ぎた頃だったろうか。いや、部活が終わるくらいの時間かな。いずれにせよ一度、先生に面談の日時を相談した方が良さそうだ。私はおたよりの隅に書かれていた担任、水沼の名前と、連絡先を眺めながらさらにため息を重ねるのだった。
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