保護者面談、重なる衝撃
 ユーマから衝撃のおたよりをもらった翌日、水曜日。定時後の頃合いを見計らって、おたよりに書かれていた連絡先――三年三組担任、水沼先生――へと電話した。
 私は、ユーマから学校の話をほとんど聞いたことがない。だから担任の先生がどんな人かもわからず不安なまま電話をかける。電話口の相手に水沼先生を尋ねれば、代わった後の電話口から聞こえたのは女性らしい声だった。
 仕事の都合で、とおそるおそる定時後の時間を提案すれば、「構いませんよ」との二つ返事。先生からは「できれば今週中にお願いできますか?」とのことだったので、善は急げと翌日、木曜日を指定した。
 そうなるとあとは木曜日、慣れない仕事を終わらせて三門市立第三中学に直行するだけだ。

「すみません。私、三年三組の空閑遊真の保護者で結川と申します。今日、六時半から水沼先生と約束をいただいてるんですが……」
「え? ……あぁ、はい。水沼ですね」

 事務室、受付の先生は少し戸惑ったようだったが、すぐに「少々お待ちください」と言って近くの電話機に手を伸ばす。
 保護者と言いながら苗字が違うのは、やはり驚きはするだろう。それでも水沼先生には事前に連絡を入れて名乗っていたからか、受話器を置いた事務の先生は「今、水沼が参ります」と告げる。どうやら無事に話が通じたようだ。
 少しして、パタパタと足音が響いてきた。人気のない校舎では廊下の物音がよく響く。そう呆けていると遠くより現れた女性に、もしかして、と察した。

「お待たせしました。私が水沼です」
「先日お電話した結川です。今日はお世話になります」
「こちらこそ。お忙しい中、足を運んでいただきありがとうございます」

 水沼先生は適当なところの下駄箱を開け、来客用なのだろうスリッパを出してくれる。目の前に置かれたそれに足を差し入れ、自分の靴は開いたロッカーの下段へ。そうすると水沼先生が教室に案内してくれるというので、私は先生の後について廊下を歩く。
 たどり着いた先は三年三組の教室だ。水沼先生に促されて入れば、教壇近くの机が二つ、向き合って並んでいる。面談のために用意してくれていたのだろう。中学生用の少し低い椅子に腰を下ろせば、水沼先生も向かいに腰を下ろす。

「改めまして、私が三年三組担任の水沼です」
「空閑遊真の保護者の結川と申します」
「失礼ですが、空閑くんとは……」
「遊真の父親と遠い親戚なんです。その、色々あって今は私と一緒に住んでいて面倒も見ているのですが……」

 言葉を濁せば、水沼先生は「そうですか」と言ってそれ以上聞くことはなかった。さすがに、あまり家庭の込み入った事情を聞くこともできないのだろう。私としても、ユーマのあれこれはほとんど知らないので、聞かれない方がありがたい。

「まず、連絡先をお伺いしてもいいですか? 事前にいただいていた書類では連絡がつかなかったので」
「あ、はい」

 水沼先生から差し出された書類には氏名、住所、連絡先、それから緊急連絡先として勤務先を記載する箇所があった。私はボールペンもお借りして、黙々と記入をはじめる。
 ……ユーマ、近界民なのにどうやって中学校に入学したんだろうか。その辺り、レプリカも一枚噛んでいそうだ。だから、今はもう連絡がつかなくなってしまったのだろうか。
 ともかく、記入して差し出せば「ありがとうございます」と言って水沼先生が受け取ってくれた。確認するように少し書類を眺めて、それから「あら?」と声を漏らす。

「結川さんもボーダーに勤務されてらっしゃるんですか?」

 私の緊急連絡先。つまり勤務先で、記入したのは当然ボーダー人事部だ。一応代表番号ではなく部署直通の番号を記入しておいたのだが、まさかそこに食いつかれるとは思っていなかった。
 
「えぇ。まぁ、最近転職したばかりなんですが」
「それじゃあ新人さんって結川さんのことなんですね」
「……え?」

 新人さん。何事かと思えば、水沼先生はセミロングの髪をゆるやかに揺らしてにこりと笑う。

「人事部の水沼、私の父なんですよ」
「……え、えぇ!? 水沼部長の娘さん、が、ユーマの先生……!?」

 ここまで保護者としてきっちりしようと心掛けていたのに、思いっきり動揺してしまった。だって水沼部長といえば、私が配属された人事部の部長じゃないか。その娘さんが、ユーマの担任の先生だなんて。
 面談では私がきちんとしていないと、ユーマの心象に関わるかも。そう思っていたのにまさか、きちんとしないとひいては自分の上司の心象にも関わるかも、なんて。私は慌てて頭を下げる。

「……お父様にはいつもお世話になっております……!」
「いえいえ、こちらこそ。父が、一人増えたから楽になりそうだ、嬉しいって零してました」
「お力になれるように頑張ります……!」

 私の社会的立場が試されている気分だ。あと二か月くらい、私は気が抜けないかもしれないな。ユーマのためにも、自分のためにも。水沼部長から私のあれこれが先生に伝わるのも避けたいし。
 水沼先生はくすくすと笑いながらも、「そう緊張なさらないでください」と声をかけてくれる。さすがに慣れない面談で気負っていたのだけれど、ふいに脱線した話題のお陰で緊張も解れつつある。
 小さく深呼吸をして、笑った。そうすれば水沼先生も安心したようで、「それじゃあ」と話を続ける。

「空閑くんですが……学校では特に、同じボーダー隊員だからか、三雲くんと一緒にいますね」
「三雲くん、ですか」
「空閑くんは人当たりがいいので誰とでもよく話をしていますが、やはり一緒にいるのは三雲くんが多いです」

 聞きなれない名前だ。しかしボーダー隊員ということならば、いずれ会う時がくるのかもしれない。憶えておこうと、脳内で三雲くん、と繰り返す。
 そうありきたりな報告で終わるかと思いきや、水沼先生は途端に表情を暗くする。

「ですが、その……学業については、かなり問題がありまして」
「…………あー……」

 先生としてはかなり言いづらい所だろうが、先生だから言わざるを得ない。大変だ。
 とは言え、ユーマが勉強できる方が驚きだ。そもそもが近界民が勉強する、なんていう所からイレギュラーなのだ。わかっていたことだし、かと言って保護者の私としては「すみません」と謝るくらいしかできない。
 水沼先生は、謝る私を見て慌てたように首を振る。

「結川さんが面倒を見るまでに、お父様も亡くなられたり、色々あったようですから……」

 ――え、と動揺してしまいそうになったのをすんでで堪える。ユーマの父親、亡くなっているのか。どうして、と思うがそれを保護者の私が先生に聞くのも変な話だ。
 そう私が口を閉ざしたことで、水沼先生も気を遣ってくれたのだろう。私の返答を待たずに、先生はそのまま話を続けてくれる。
 
「……それに、空閑くんはボーダー隊員ですから、進学も問題ないですしね」
「あぁ、ボーダー推薦……って、そんなに安心なんですか?」

 先生が問題ないとまで言い切ってしまうほど確実なものなのか。残念ながら人事部に配属されて日が浅い私はボーダー推薦の効力を知らない。学業に問題があるユーマが、そんなに安心して進学できるほどのものなのか。
 水沼先生はふいに廊下の方を見る。ドアは閉められているし、時間も時間だから校内を歩く足音も遠くから響いてくるだけ。それを確認して、水沼先生は声を潜めつつ「ここだけの話ですが」と念を押す。

「ボーダー推薦って、学業もそうですがボーダーでの功績も考慮されます。空閑くんはこの前の大規模侵攻で論功行賞も取っているとのことですし、安心していいかと思いますよ」

 ――論功行賞。って、また知らない話が出てきてしまった。なんだろう、とにかく表彰されるくらいの功績を残したようだ。
 そういえば、ユーマは強いって言ってたっけ。つまりはどうやら、ボーダーでも名をとどろかせるほど、と。それにより進学が安心というならそうなのだろう。私は「そうですか」と頷きつつ、またユーマに聞きたいことが増えたなぁ、と心内に留めておく。

「あとはもう、卒業式を待つだけです。……そうそう、それから……」

 それからあとは、少しだけ今後の予定を聞いた。二月の下旬からは受験のためほぼ授業が無くなること。ユーマはボーダー隊員だから、そちらの活動を優先しても大丈夫だとのこと。あとは卒業式の日時や、詳細は近くなればおたよりを出すから、空閑くんと確認してくれ、と。
 気付けば、面談が終わったのはもうすぐ七時半になるという頃。遅くまで水沼先生を付き合わせてしまったと謝罪しつつ、私は三門市第三中学を後にした。
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