差し入れ、夕飯、等価交換?
 日曜日、遅い時間とはいえユーマはちゃんと帰ってきた。けれど私は明日もあるからと、顔を合わせたら早々に自室に引っ込んでしまった。だから結局、ユーマの反応はわからずじまいだ。
 そうして月曜日は出勤日。少しずつ慣れてきたような気がしないでもない書類仕事を済ませると、端末にはユーマからのメッセージが届いていた。

『すいようびだったらいいって』

 最初はなんのことかと思ったけど、少しして前の土曜日のことを思い出す。差し入れ、持っていったらダメかな? そんなことを聞いた記憶があるし、ユーマも「聞いておく」と答えてくれていたはず。
 すぐに予定を確認してくれたようでありがたい限りだ。『了解』のスタンプを押してアプリを閉じる。さて、そうなると今日か明日で差し入れ用のお菓子を買いにいっておかなければ。いや、善は急げ。今日下見にいって候補を絞って、ユーマに皆の趣味を聞く。うん、決めた。

 そうして差し入れのお菓子も買い、迎えた水曜日。定時後、私は真っすぐにボーダー玉狛支部へと足を運ぶ。玄関の前に立って深呼吸。それから、勇気を出してチャイムを鳴らしてみる。
 応答があるまでの妙な緊張に立ちすくんでいると、少ししてパタパタと足音が聞こえてきた。あ、これすぐに出迎えてくれる感じかな。そう思って待っていると、予想通り扉が開く。現れたのは背の高い、エプロンをつけた、見覚えのある顔。
 
「こんばんは、結川さん」
「……迅さん! こんばんは、えぇと」
「遊真から聞いてますよ。どうぞ、上がってください」

 そういえば、迅さんも玉狛支部の隊員だったっけ。ちょっと久々に見た気がするな、なんて思いつつ、案内されるまま支部の中へ。連れていかれた先は食堂で、夕飯の支度をしているようで、なんだかいい匂いがしている。

「すみません、夕飯時で忙しい時間に……」
「いえいえ。というか結川さんの分も用意しておいたんで、食べていってください」
「え、えぇ!? でも……」
「大丈夫ですよ。今日いるのはおれと、遊真と、その部隊の仲間くらい」

 どうやら迅さんがエプロンをつけていたのは、迅さんが夕飯を作っていたからのようだ。えぇ、本当に玉狛の人たちって皆料理するんだな。しかも今日のメニューはお鍋のようで、さっきからしているだしの香りで食欲をそそられてしまう。
 とはいえ一応は、お礼も兼ねた差し入れのつもりだったのだ。それがまさか、これまでのように残り物をいただく以上の、この場で夕飯をご馳走してくれるだなんて恐縮だ。
 そう遠慮しようとしていると、迅さんはそれを見据えたように私に微笑みかける。

「それに、ですよ。遊真が持ち帰る都合で、今まで一度もおれの夕飯は、結川さんにごちそうしたことないんです」
「……へ?」
「おれ、鍋が一番自信あるんですよね。でも汁ものを持ち帰らせるのも心配で……だから、食べてってください。美味しいですよ」

 そう力説する迅さんに、ちょっとだけ吹き出してしまった。そんなに自信があるなんて、ちょっと、楽しみになるじゃないか。

「……じゃあ、お言葉に甘えて、ごちそうになります」
「ええ、ぜひ」

 迅さんのとろんとした瞳が細められて、穏やかな笑みが返ってくる。それだけ見ると、普通の好青年といった雰囲気だ。
 ――これがあの時、よくわからないものを根拠に私に転職を勧めた人だとは。あの取引の印象が強く、とうにも胡散臭いという気持ちが拭えないのが悩ましい。
 私はともかく、先に差し入れのお菓子を袋から取り出した。迅さんに手渡せば「ありがとうございます」と受け取ってくれたので、紙袋と荷物は食堂の隅に。そのまま、迅さんに手伝うことはないかと尋ねようとしたのだけど、不意に食堂の扉が開く。

「お、カエデ。来てたのか」

 一番に入ってきたのはユーマだった。それから続いて、背の高い眼鏡の男の子、ユーマと同じくらいのおかっぱ女の子、二人の中間くらいの眼鏡の女の子が入ってくる。
 ユーマは一番に食堂へと踏み込んで、私の隣に並んだ。「おつかれ」と声をかければ「うん」と返事。その雰囲気から察したのか、眼鏡の女の子が「遊真くん、知り合い?」と尋ねてくれて。

「うん、おれのホゴシャ――」
「「保護者!?」」

 ストレートに紹介したことによって、眼鏡の男の子、女の子が揃って食い気味に声を上げた。おかっぱの女の子は勢いに脅えてか声は上げずとも、ちょっと困惑している様子。
 けれどユーマはそもそも続きを話すつもりがあったらしい。驚いていた二人に「あのな」と念を押して紹介を続ける。

「ホゴシャ、って設定のカエデだ」
「結川カエデです。最近、ボーダー人事部に配属されました」

 設定、というところまで言い終えたユーマに続き、私も自己紹介。結川、という苗字に思う所があったのか、それでいてボーダー人事部であることに安堵したような、複雑な表情だ。
 一方でユーマは私にも、メンバーの紹介をしてくれる。眼鏡の男の子がオサムくん、女の子がしおりちゃん、おかっぱの女の子がチカちゃんだと。

「ちなみに、みんなおれが近界民だってことは知ってるから大丈夫だぞ」
「玉狛の人はみんな知ってるんだっけ?」
「うん」

 私とユーマが淡々と会話をするのに、オサムくんを筆頭とする他メンバーは唖然としている。まぁ、そりゃ保護者設定って何? ってなるよね。ユーマが近界民だと知っていれば余計に。
 そうと知っているからだろうか、硬直していた彼らに割り入ったのは迅さんだ。

「ほらほら、ご飯にするぞ〜。話はその時に」
「えぇ? 迅さんも結川さんと知り合いなの?」
「そうだよ。だからとりあえず、支度しよう」

 不審そうに伺うしおりちゃんの背中を押して、着々と夕飯の支度を進める迅さん。手伝うユーマ達に混ざって私も準備を手伝いつつ、いよいよ皆で席についた。そうなればあとは手を合わせ、「いただきます」と挨拶すれば会食のスタートだ。

「とりあえず、結川さんのぶんも適当によそいますね」
「お願いします」

 迅さんは鍋奉行よろしく私の取り皿を持って、さくさくと具材を取り分けてはじめる。その横で、しおりちゃんも違う菜箸をとって、チカちゃんの分や自分の分を取り分けていく。オサムくんの分、ユーマの分とそれぞれ最初の取り分が決まれば、ようやく落ち着いて会話ができるもので。
 私はとりあえず、一番話を聞いて見たかったオサムくんへと声をかけてみることに。

「えっと、君が三雲オサムくん、だよね。学校でもユーマと仲良くしてくれてるって聞いたよ」

 オサムくんと言えば、水沼先生からも聞いた名前だ。ユーマのクラスメイトで、同じ部隊の仲間というからには、一番お世話になっている人だろう。
 私の問いかけにオサムくんはひどく驚いた様子だった。「どうして、」と言いかけたオサムくんに「先週水沼先生と面談して、話を聞いたの」と言えば納得したように頷く。なんとなく、顔に「本当に保護者設定なんだ」と書いてあるように見えるけど。
 するとそんな私たちの間へ声をかけたのは、眼鏡の女の子、しおりちゃんだ。

「あの、なんで遊真くんの保護者設定、なんですか?」

 それは、と私が答えるより先に、ユーマが話に割って入る。

「おれが持ちかけたんだよ。ホゴシャ代わりになってくれって」
「いやだから、なんで……?」
「今はカエデの家に世話になってるからな」

 本日二度目。オサムくんとしおりちゃんの「えぇ!?」という叫び声が重なる。

「空閑、おまえ、どういう」
「いや〜、色々あってな」
「どういうこと? 玉狛に来る前から結川さんと知り合いだったってこと?」
「ほうだよ」

 オサムくんがユーマに食ってかかるが、当の本人はどこ吹く風だ。ぱくりと満足そうに白菜を頬張ったユーマにしおりちゃんが食い下がるものの、続いた舌ったらずな返答に気が抜ける。
 まぁ、追及がユーマに向かっている間にお鍋を味わうことにしよう。私もよそってもらった白菜を口に運ぶ。……うん、おいしい。だしの風味と、白菜の甘味がいい感じだ。
 味わっていると、ふいにご飯をたっぷり頬に詰めたチカちゃんと目があってしまった。ハムスターみたいだ、なんて微笑ましく思いつつ、「おいしいね」と声をかけてみる。ちょっと照れくさかったのか頬を染めて、少し緊張したように「はい」の返事。

「チカちゃんは、ユーマのクラスメイトじゃない?」
「はい。私は二年生です」
「そうなんだ。同じ三門第三中学?」
「そうです」

 ユーマ達の問答が気になるのか、ちらちらと三人を伺っているチカちゃん。私も追って見れば、ユーマが「近界民ってバレたから、とりあえず頼んで家に匿ってもらった」と話しているところだ。ちなみにオサムくんもしおりちゃんも、近界民ってバレた、のあたりで頭を抱えている。
 私は一度会話を切って、改めてお鍋をもう一口食べる。うん、だしの香りがしっかりして、具材の食感がどれも生きている。美味しい。飾り切りまでされてるあたり手が込んでる、いいお鍋だなとしみじみ味わう。
 さすがは迅さんが自信があると豪語するだけあるものだ。そう満足していると、迅さんは穏やかな笑みを浮かべつつ私を伺う。

「どうですか、結川さん。おいしいですか?」
「おいしいです。ほんと、玉狛の人たちはみんな料理がお上手ですね」

 迅さんはまた満足げに笑うと、「おかわりはいくらでもどうぞ」と勧めてくれる。私もお言葉に甘えて、色とりどりの具材を好きに取っていく。
 そのBGMは、オサムくんとしおりちゃん、それから困惑しつつも興味津々なチカちゃんに追及されたユーマの説明だ。状況説明が落ち着くまでは、と私は迅さんとのんびり鍋をつつくのだった。
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