それは嘘ではなかったので
 さて、メンバーに散々追及されているユーマ。取引をお願い、と言い換えたりと無難な解釈に変えつつ、ようやく掻い摘んだ説明し終えた。とりあえず現状は受け入れてもらえたようで、オサムくんとしおりちゃんがふぅ、と息をつく。

「……だけど、結川さんの家に住んでるって……」

 ……と、思ったらオサムくんはまだ何やら言いたげな様子。チカちゃんはほんのり頬を染めているし、しおりちゃんはドストレートにユーマに声をかける。

「女の人と一つ屋根の下って、ドキドキしない?」
「べつに」

 ユーマの即答はさすがだ。まぁ、私はドキドキしてたけどね。命の危険的な意味で。結果として何事もなかったけれど。
 とはまぁ、さすがにこの場で言えないので聞き流していると、迅さんがほぅと息をつきながらも相槌を打つ。

「今どき、ラブコメみたいな現実あるもんだな〜」
「らぶこめ? なんだそれ コメの仲間か」

 ……ユーマのボケに思いっきりむせた。ユーマはびっくりしたように私を見て、チカちゃんに「知ってるか?」と尋ねる。チカちゃんはちょっと困ったように笑いながら「食べもののお米じゃないよ」と返事をしている。なんだこのほのぼの空間は……。
 まぁ、ユーマに『ラブコメ』なんてジャンルの話は伝わらなくてもしょうがない。とはいえ説明をしようと思っても……「女の人とのハプニングに男の人がドキドキするような話?」くらいにしか言えないだろう。いや、なんだろうラブコメって。恋愛ありつつ、コメディありつつ、ってユーマに説明しづらいな。
 そうこうしている内にオサムくんは、おそるおそる私を伺って口を開く。

「結川さんも……その、大変じゃないですか。空閑の面倒をみるの」

 その気遣いにはとても実感がこもっていた。まぁ、中学校でも一緒だということならオサムくんも気が気ではないだろう。近界民だってことが他のクラスメイトにバレてはいけないし、しかも学業的にも……問題があるユーマが頼るとしたら、やはり大部分はオサムくんなんだろうし。

「私がしてるのなんて、精々が自分の家の掃除と洗濯くらいだからね。面倒みる、ってほどでもないよ」
「うむ。おれだってちゃんとお金は払ったしな」

 私の返答に、オサムくんは「そうですか」と少し安堵したように答えた。ユーマの同意にはもの言いたげだったけど、まぁ、さしたる問題でもないだろう。生活に限らず色々と、持ちつ持たれつだとは思っているし。
 一方でそれに同意したのは、まさかの迅さんだ。

「ほんと、平和そうで何よりだよ。一時はどうなることかと思ったけどな」

 そう笑った顔は穏やかで、優しさすら垣間見えるような。これが、あの時の私に転職を進めて「結川さんなら大丈夫」だと胡散臭い太鼓判を押した人と同一人物だとは。

「……本当に、転職を勧められた時はどうなるかと思いましたけど」
「ははは……あぁ、そうでした。それについてはようやくお話できることがあるんです」

 ちょっとした皮肉返しのつもりだった。けれど迅さんは軽く笑い流したあとで口を開く。

「おれ、実はちょっと先の未来が視えるんです」
「……はい?」
「まぁだから、お宅に伺って結川さんにお会いした時にはもう、ボーダーに勤めてる未来が視えてたんですよ。だから少なくとも、結川さんが路頭に迷うことはないとわかっていたので勧めた、っていうのもあるんです」

 荒唐無稽な話だ。そう呆けていても、迅さんは冗談を言っているという雰囲気でもない。そしてまた、他の皆もそれが当たり前のような様子であることからも、冗談ではないようだ。
 迅さんは今、「ようやくお話できる」と言った。ということは多分、あの時に話ができなかったのは、私がボーダー関係者でなかったからだろう。一般人に聞かせることはできない話。だとしたら、それは。

「……それもトリガーの能力、みたいなものですか?」
「惜しいですが違います。トリガーを使える人間にはたまに、そういうちょっとした能力が発現することがあるんですよ」

 ちょっとした能力、と言うには少し……役不足ではないだろうか。だってそれは未来予知と呼ばれるようなものじゃないか。それって、ちょっとした、なんて言えるようなレベルの話ではないような気がする。
 迅さんは「な、ユーマ」なんて話題を振っている。「そうだな」と相槌を打つユーマ。

「もしかしてユーマも、あの時迅さんがそこまで予知してるって知ってたから、あの話に乗ったってこと?」
「まぁ、そうかも、とは言われてたな」
「それから、おれのサイドエフェクトは予知ではないですよ。変わることもありますし、予測の方が近いと思います」

 サイドエフェクト、とオウム返しをすると迅さんは頷く。つまりそれが、トリガーを使える人の中で稀に顕現する能力の名称だということか。
 で、そういう予測の先に私のボーダー人事部採用の未来が成立したというわけか。あの大丈夫は、一応そういった未来予測による根拠があったものだった、と。にわかには信じられないが、それでも適当に言ったわけではなかったのなら、私も認識を改める必要があるらしい。

「……まぁ、結果として無事に採用されたので、よかったですけど」
「そう言っていただけるとありがたいです」

 渋々と私は矛を収めることにする。一時は裏口入社になるんじゃないかと冷や冷やしていたくらいだ。それに比べれば、サイドエフェクトとやらで未来を視て、大丈夫だと思ったからということであれば私もまぁ、その方がいい。
 ――と、不意に浮かんだ嫌な予感。

「……あの、もしかしてユーマが残り物を持って帰ってきてくれるようになったのも、そのサイドエフェクトが関係してますか」
「いやぁ、ははは」

 軽く笑われてるけど、これ、肯定じゃないかな。私が自炊をしない生活というか、未来を予測した上でフォローされてるんだとしたら……ちょっと、恥ずかしいかも。
 それを察してくれたのだろうか、チカちゃんとしおりちゃんがあたふたと声をあげる。
  
「結川さん、お仕事されてるんだしお家のこともあれば大変ですよね」
「そうですよ。玉狛で貸した服とか、遊真くんいつも持ち帰って洗ってから返してくれてますし、助かってます。玉狛も夕飯作ったりは当番によりますし」

 女の子たちの優しさが沁みる。まぁ、実際のところは長い一人暮らしで自炊が面倒になって、それがそのまま習慣化してしまっているものだし申し訳なくもあるけど。
 本当に、夕飯については玉狛の人たちに頭が上がらない。私が作れない分、しっかりしたご飯は全部玉狛で食べさせてもらっているようなもの。衣食住の約束をしていた身としては食を頼れるなんて大助かりだし、それがユーマだけでなく私の分までとなると本当に有り難い。

「食事については本当に、玉狛の皆さんにはお世話になりっぱなしで……ありがとうございます」

 深々と頭を下げれば、玉狛の人たちからも頭を下げられてしまった。それぞれに「こちらこそ」だとか、「お家ではお世話になってます」だとか。まぁ、ユーマだけは話題の中心だけあって困惑顔だけど。
 そして、そんな私たちを見ながら笑う迅さん。目で何か、と訴えれば苦笑しながらも口を開く。

「いえ、なんか本当に母親とか、お姉さんみたいだなって」

 言われて、思わず笑ってしまった。一緒に住んでいて、保護者として学校の面談までしている私って、傍から見たらそんなものだ。

「三カ月も一緒に住んでるんですよ。家族みたいなものです」

 そうですか、と迅さんはやっぱり穏やかな笑みを見せた。……迅さんは、こんな未来まで予想した上で私をボーダーに誘ってくれたのだろうか。だとしたら、あれだけ胡散臭かった転職の勧めも、皮肉なのか誉め言葉なのかわからないお世辞も水に流すしかないな、なんて。
 その一方でオサムくんがふいに、ユーマに声をかける。

「空閑も、ここで夕飯作ってるだろ。結川さんを手伝ったらどうだ?」

 そういえば、練習中だとか聞いたような記憶がある。どうなのかとユーマを見れば、うむ、と歯切れの悪い返事。様子を見るに、あまり自信はないのだろうか。伺うとユーマはゆるりと首を振る。

「みそしるは作れるようになったぞ。あと、スイハンキの使い方もおぼえた」
「え、あとメイン一品あれば夕飯じゃん」
「うむ。だがまだそれだけだ」
「それなら私が一品なにか作ればいいんでしょ。機会があったら作ってよ」

 言えば、ユーマは何やらじいっと私を見つめる。……そんなに嫌というか、抵抗があるんだろうか。けれど少ししてユーマはふっと笑って頷いたのだ。

「うむ、じゃあまた今度な」

 返事を聞いて、ふと思ったのだ。最初にあった契約関係に基づくあれこれだとか、利害関係だとか、そういうのに関係ない約束は初めてだったかもなって。
 結局、玉狛支部での会食はそのままゆるりと終わった。そして泊まっていくのかと思っていたユーマは一緒に帰るということだったので、二人、自宅への道を歩くのだった。
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