木曜日、今日は泊まると連絡がきた。同時に、金曜日には帰るとも。
了承を返せば続いたのは、『だからゆうはんつくるぞ』の返事だった。機会があれば、の約束は案外すぐに叶えられるようだ。金曜日って、次の日はランク戦だったハズだけどいいのかな。まぁ、本人が帰ると言うならそれでいいか。
私はまたそれに『楽しみにしてる』と返信しつつ、とりあえずは帰宅。いつも通りに適当な夕飯を済ませ、普段なら早々に自室に引き上げるところを踏みとどまる。なんせそうなると、私も私で決めなければいけないことがあるからだ。
「……ん〜〜」
自然と漏れた唸り声は、目の前にずらずらと表示されるレシピを眺めてのものだ。献立、なんてざっくりとした単語で検索したら、想像以上の情報量だった。
ユーマの担当はごはんと味噌汁。そうなると、必然的に私はメインの品が担当になる。何を作ろうと思っても浮かばなかったので、情報社会に頼ろうと思ったのだけど……。これはさすがに、もうちょっと方針を固めた方が良さそう。
「っていうかウチ、何があるんだっけ」
目下重要なのはそれだ。そもそも、ユーマに担当してもらうご飯と味噌汁だって大丈夫なんだろうか。お米はあるけど味噌汁に関しては……お味噌まだあったっけ。あとだしの素。……うん、まぁあるにはある。具材は……まぁいいか。本人が何を入れるのかよくわからないし。
ひととおり台所の状態を確認したあとで、振り出しに戻る。ごはんと味噌汁。それに合わせるメインのおかずは何にしようか。
「メイン……だから、魚か、肉だよね……」
純和風の夕食として焼き魚……だと、グリルの掃除が面倒なんだよな……。冬だし、煮物とかにしようか。ぶり大根とか?
あるいは、冬の肉料理って何があるだろうか。……ウインナーでポトフとか。あとはやっぱり豚汁? いや、豚汁は味噌汁と被っちゃうし、ポトフもスープ料理って感じかな、雰囲気的に。
豚バラ大根とか……ブリ大根といい、やっぱ冬って大根料理が多いな。旬だしね。あとは温かいスープとか煮込み料理。ミネストローネとかも食べたくなるし……まぁ、スープだから却下だけど。
「……あ、そういえば」
思い出して、確認すればやはりトマト缶が一つ残っていた。最近になって久々にミネストローネが食べたいなと思って、しかも珍しく作ってみようかな、なんて思って買った一缶。まぁ結局作らないまま、さらにはインスタントのミネストローネを食べて満足したので、使われないまま残っていたのだった。
どうせだし、このトマト缶を使った献立がいいな。当初の予定のミネストローネはムリでも、なにかトマト缶を使った料理……ストレートにトマト煮か。
「ん〜……と、ま、と、に、っと……」
さっきよりはワードを絞ったからか、美味しそうなトマト煮のレシピがたくさん出てくる。鶏肉のトマト煮。うん美味しそう、これに決めた。
*
そうして迎えた金曜日。私は私で定時後にス―パーに寄りつつ、必要な材料を買い出し。ビニール袋をぶら下げて帰れば、珍しく、私より早く帰ってきていたユーマが台所で待っていた。
「はやかったね、おかえり」
「うん、ただいま」
見れば、ユーマの後ろでは既に炊飯器のスイッチが入っている。どうやらお米を炊くために早く帰ってきたようだ。
けれど、どうやらまだ味噌汁作りには手を出していないらしい。そういうことならと私は冷蔵庫を覗くユーマを呼び止める。
「お味噌汁の前に、私が台所使っていい? 煮込み料理だから」
「ほう、わかった」
ぱたん、と冷蔵庫を閉めたユーマは、そのまま食卓に腰を落ち着ける。そうして……じぃっと感じる視線。
「……なに」
「いや、カエデが作るところを見てようかと」
「いいよ、宿題とかやっててよ」
言いつつ、私はとりあえず買って来た食料を袋から出す。トマト煮とは言うがまずは炒めるところからだ。先に野菜を炒めて軽く火を通し、一度下ろして肉も同様に。そうしたらあとは野菜と合わせてトマト缶を入れ、調味料で味を整えつつ、しばらく火にかけるだけ。
「――よし、終わったよ、ユーマ」
振り返れば、食卓に頬杖をついてこちらを見ていたユーマが呆けていた。あまりに変な顔で私を見るものだから、「なに?」と伺えばほうと息をついて。
「カエデ、ご飯作れるんだな」
「……私をなんだと思ってるの……」
さすがに、料理上手とはいかないしそこまでの意欲はないが、人並みには作れるつもりだ。一人暮らしになったばかりの頃に挑戦していた経験もあるので、まったく料理がダメとまでは言われないレベルだと思う。
ユーマはよし、と呟いてようやく重い腰を上げた。今度はユーマの番だろう。台所を明け渡した私は食卓について、ユーマの背中を眺める。
「お味噌汁、何いれるの」
「にんじんと、ねぎ」
「へぇ? なんで?」
「チカとしおりちゃんに、いろどりも大事だと言われたからな」
赤いにんじんと緑、白のねぎ。うん、想像すると確かにいい組み合わせ。
いよいよ調理がはじまるのだろう、シンクに水が落ちる音が響いてくる。ユーマはまな板を軽く水で洗い、包丁を洗ってから水を止めた。そうして袋から人参を取り出して、一息。
「なぁ、皮むくやつないか?」
「あるよ。そっちの引き出しの、一番上」
場所を教えれば、ユーマは言われた通りに引き出しを開ける。そうして見つけたピーラーを手に取って、いよいよ皮むきをはじめるらしい。
しゅ、しゅ、と軽快な音が響く。後ろから見ている分には危なっかしいということもなく、むしろ響きだけ聞けば慣れた雰囲気すら感じるくらいだ。さすがは玉狛で作っているというだけある。
――ちょっと、写真撮っておきたいな。
「ねぇ、写真撮ってもいい?」
「ん? いいけど……」
「あぁ、別にこっち向かなくていいよ。そのままで」
私はスマホを取り出してカメラを起動する。はじめての、というわけでもないけど手料理をご馳走になるわけだ。記念に残そうと、カメラをユーマに向けてタイミングを伺う。
ユーマは私に言われた通り、台所に向かったまま料理を続けていた。皮むきが終わったようで、皮を捨てつつピーラーを流しに置いている。それからいよいよ、包丁を手に持って。
カシャ、と撮影音が響いたのと、やけに勢いの良いタン、という音が響いたのはほぼ同時だった。
「……あ」
「え、な、なに?」
「切った」
「えっ!?」
ユーマの反応から、間違いなく指を切ったとかそういう話だろう。ちょっと、それはマズイじゃないか。とりあえず深さはどの程度かと慌てて立ち上がりユーマの元へ駆け寄ると――
「……切っ、た?」
「大丈夫。すぐ治る」
しゅぅ、と黒い霧のような、もやのようなものが指先から吹き出している。なに、これ。得体の知れない現象と、その恐怖に固まっていると、割けた指先はしゅるしゅると塞がって気づけば元通りに。
「…………今の、なに?」
「トリオン体だから大丈夫なんだ。治っただろ」
「……そ、そう?」
トリオン体、と聞いてどっと緊張が解けた。なにかと思ったけど今のユーマ、トリオン体だったのか。トリオン体は近界民と戦えるくらい丈夫なものだから、そりゃあ包丁くらいどうってことない……のか?
私が混乱する一方で、ユーマは切った指先の確認もかねてか、ぐっぱと手のひらを握って開く。とりあえず、大丈夫そうではある。けれどタイミングがタイミングだけに、さすがに罪悪感が拭えない。
「ごめん、そんな驚くと思わなかった……」
「いや、そういうんじゃないから平気だ。ほら、座ってていいぞ」
ユーマはいつもどおりで、特に痛がっている雰囲気もない。それならいいのかと私は渋々食卓に戻る。ちょっと悩んで、それでも心臓に悪かったから、とりあえず調理中の写真はこの一枚だけにしておこうとスマホもしまった。
その後ユーマは普通に味噌汁を完成させた。私のトマト煮もじっくり煮込んだし、あと少しでご飯が炊ける。そうお米のいい匂いもしてきている。
あとはそれぞれをよそって食卓を整えるだけだ。私たちは初めて自分たちでつくった夕飯を囲んで、いっしょに「いただきます」と挨拶。そうして、さっそく私はユーマの味噌汁に手を伸ばし、ユーマは私のトマト煮に手を伸ばす。
「……ユーマ、ちゃんとお味噌汁作れるんだね……」
「カエデのこれもうまいぞ」
もごもご、鶏肉を頬張って白米も口に運んでいくユーマ。私もユーマの味噌汁を一口飲んでから、自分の方の出来栄えはどうかと箸を伸ばす。
鶏肉は……うん、わりと柔らかくできてる。野菜もちゃんと煮込めてるね。とりあえず、無難な出来栄えにはなっていそうだ。
その後に白米。うん、普通に水加減も問題なし。もう一度味噌汁に手を伸ばして今度は人参も食べてみる。上手なイチョウ切り。そして、薄めに切ってあるから火もちゃんと通ってて柔らかい。おいしい。
どうにか無事に夕食を作り終えた。……いや、無事とは言い切れないな。そう思ってユーマを見ると、やはりさっき切ったはずの左手指先はなんともない。
「……ホントに指平気? 大丈夫?」
「大丈夫だって」
ユーマはそう言いながら、もう一度自分の手のひらをぐっぱと動かして見せる。傍から見る分にはいつも通りだ。
トリオン体って便利なんだな。私も職員として採用され、護身用兼職員証のトリガーを渡されて換装してみた時は感動したし……。
「……あれ、トリガーって基地の外で使ってもいいの?」
「いや? 任務の時以外はダメだよ」
「…………じゃあ、今のユーマは……」
規則違反、なんじゃないだろうか。言い切ることもできずに伺うと、ユーマは……不思議なほどにんまりと、笑顔を浮かべてみせる。
「それ以上は秘密だ」
……どこかで見たことある雰囲気。あぁ、迅さんを胡散臭いと感じた、あの時のようだ。
なんだか気が抜けてしまったので「あっそう」とだけ答える。ボーダー隊員と職員では権限も違うだろう。ユーマがそう言うっていうことは戦闘員としての機密があるのかもしれないし、追及するだけ意味がなさそう。
ユーマは聞き流した私を見てなぜか笑った。まったく、人が心配しているというのに呑気なことだ。続けて「ご飯、写真撮らなくてもよかったのか」なんて言うものだから、確かに、と思った私は途中ながらもスマホを取り出して構える。
パシャリ。撮れたのは、ユーマが大口を開けて私の作ったトマト煮を頬張ろうとしている写真だった。「なんで今撮ったんだ」なんて文句を言うので、私はここぞとばかりに笑い返してやったのだった。