11:何でこんな気持ちになるんだろう



『お前の好きにしんしゃい』


え、なにこの返事。



* * * * *



告白を断った方がいいのか、保留した方がいいのか、受けたらいいのか訊いたのに、何だ。
俺は雅治じゃないんだから、勝手に受けたり断ったりしたら、可哀想だし誠実じゃない。
向こうは本当に雅治が好きで告白するんだからさ。


という内容のメールを返すと、俺そいつよう知らんし、と投げやりな返事がきた。
……もう少し真剣に考えてあげろよ、お前。
雅治はこういうの慣れっこなんだろうけど、俺はこんなこと初めてで。
でも、だから、誰かから告白されたことも、誰かに告白したこともないけど。
告白、って凄く勇気のいることだと思う。
きっと小心者の俺にはそう簡単にはできないこと。
それをこの子はお前にしようっていうのに、どうして。


……慣れたら、どうでもいいような態度とれるのかな。
それとも本当は好きな子がいて、他の子はどうでもいいのかな。
どちらにせよ雅治の真意はわからない。……だって、そんな話したことないし。
双子っていってもお互いの人間関係に介入したことはないし、そんな、家で恋愛話なんてするような間柄じゃないし。
むなしくなるけど、俺にはそんな話、縁もなかったし……。


でも俺、これでもちょっとか自負してたんだ。
雅治と一番長く一緒にいたのは俺だって。
でも結局、一緒にいるだけで何にもわかってない、それが今すごく悔しい。
俺は雅治のおもちゃじゃないし、雅治の代わりができるスペアでもないんだよ。だから手に取るようにお前の考えていることがわかるわけじゃないし、俺たちが一つの人間になることはないんだよ。お前はそれを、ちゃんとわかってる?


それから何回メールを送っても、雅治からの返事はなかった。



* * * * *



6時間目も帰りのSHRもすぐに終わってしまった。ぼんやりしていて、気づいたら掃除の時間になっていた。刻一刻と、タイムリミットは迫ってきている。
掃除当番は教室だ。移動が無いのは助かるんだけど、こうもぼんやりしてたらみんなの邪魔だよな……うん。
でも悩みのタネは尽きず、俺は渡された箒の柄の先に顎を乗せて考えごとに集中していた。
こういうとき、雅治は真面目に掃除なんてやるタイプじゃないだろう。


「ちょっと仁王ー、ちゃんと掃除してよねー」
「いやそれ無理でしょ」


近くで同じ掃除当番の女子2名がけらけら笑っている。
ああ、うん、やっぱりね。面倒くさがりの雅治が真面目に掃除とかしないよな。
……そういうことなら、わかるんだけどね。


学校ではどんな顔で笑ってんだろ。
学校ではどんなこと話してんだろ。
部活、楽しいのかな。
どれくらいテニスが好きなのかな。
そういえばあいつどうしてテニス始めたんだっけ?
いつからだったっけ?
覚えて、ない。


「あー……」
「うわビビった! な、なんだよぃ」


俺がうめき声をあげると、声をかけようとしていたのか丸井さんが横で驚いた。
そちらに視線をやると、怪訝そうに眉根を寄せている。
「どうしたー?」と尋ねてきながら彼は箒を器用にくるくる回していた。
ああ、掃除当番は一緒なんだな、丸井さん。


「ブンちゃん」
「なんだよ」
「……もう、よくわからん」


そもそも、何考えて入れ替わろうなんて言い出したんだろう。
単なる気まぐれなんだろう、深い意味がないことくらいあいつの顔見りゃわかる。
だけど、だけどさ、俺ちょっとみじめな気分になってきたよ。


俺がいかに容量の悪い人間なのかということが如実に浮き彫りになったような気持ちだ。雅治ならうまくやれるんだろうにと思うことは、今まで何度も何度も何度も経験してきた。
昔から、雅治は何でも卒なくこなしていた。俺は不器用で、鈍くさくて、いつだって劣等生だ。
仁王兄弟のポンコツな方。そんなこと、自分が一番良くわかっている。
だけど、それを理由に雅治のことを嫌いだと思ったことはない。比べられるのは仕方がない、だってそれは、俺達が全く別の人間なのだから仕方のないことなんだ。
雅治も、俺も、そう思ってきたはずなのに。なんで急に入れ替わりだなんて……。


「どうしたよ仁王?」
「んー、ダルいだけじゃ」
「……そうかよぃ」


しっかりしろぃ、といわれて、べしと箒で尻を叩かれた。
ちょっとだけ痛いよ、丸井さん。



* * * * *



重たいテニスバッグを背負って、校舎裏までいってみた。
約束は約束だ、行かないという選択肢はない。どうするのが正解なのかは、まだわからないけれど。
角から覗くと人影が見える。
ああ、いる、やっぱり。あの手紙が夢なら良かったのにな、気が重い。


教のところは保留だといおう、と決めたのは下駄箱についてからだった。
今日は部活が忙しいから、返事は明日でいいかっていって、明日雅治にきちんといわせよう。
それがいい、彼女には少し失礼だろうけど。
その方がいくらか俺の気は紛れるし罪悪感もさほどない。
卑怯な手だとは自分でも思うけど、せっかく勇気を出してくれた子相手に不誠実な対応はできない。


ひとつ深呼吸をしてから思い切って足を踏み出した。ざっと砂をこするような音が靴底の下で鳴った。
その音でこちらに気づいたのか、女の子はこちらに視線をやると「仁王くん」と高い声でそう呼んだ。
うん、仁王くんですよ、君の知らないね。


見た目はいまどきの女子中学生、って感じだ。
俺の学校にもこういう子いる。流行に敏感で、中学生なのに軽く化粧をしていて、スカートが短くて。
……正直に言わせてもらうと、俺はちょっと苦手なタイプ。雅治がどうかは、知らないけど。


「手紙で大体わかってると思うけどさ」
「ん、」
「あたし、仁王くんが好きなの、だからつきあって」


やけにあっさりとした口調だった。
勇気を出して告白、という感じは受けない。顔は可愛い方だと思うし(失礼な言い方だけど)、もしかしたらこういうのは慣れているのかもしれない。


「あーその」
「返事、聞かせてほしい。あたし、仁王くんと付き合いたい」
「………」


……あれ、この子。なんか、変だ。


「いいでしょ? 仁王くん今フリーだよね?」


なんか、なんか。
胸のあたりがもやもやする。何が変だとははっきりわからないけれど、何かが、変だ。


「付き合おうよ、ね? 絶対楽しいよ」


だって好き、なら。


「……ちょい、訊いてもええ、?」
「何?」


にこにこ笑ってる彼女の顔が、変なことをいってる気はないといっている。
彼女の当たり前を、当たり前にいっていると、そういう。
どくどく、心臓が立てる嫌な音がすぐ耳の横でしている。
彼女は雅治が好きなんだ、好きだから付き合いたい、だから手紙を出して、告白をしてくれている。
そのはず、なのに。


「俺の、仁王雅治のどこが好き?」


そんなことを訊いている今、俺、どんな顔してんのかな。


「んー、……顔? あとテニスうまいとこ」
「あとは?」
「……カッコいいとこ。でもいーじゃんそんなこと、あたしが仁王くん好きなのはホントなんだし」
「……悪い、あんたとはつきあえない」


ああ、俺、勝手に何言ってんだろう。
保留にして明日本人に判断させようって、考えてたのは俺のはずだ。正直馬鹿だろこれ、彼女を傷つけたら俺はどうするつもりなんだ?
もし、本当は雅治がこの子を好きだったらどう責任とるんだろう。
でもさ、何だかほら、言葉が止まらないんだ。


「え?」
「何度でもいう。あんたとはつきあえない。あんたがそうである限り、『俺』は絶対にあんたを好きにならない」


何を、勝手に。
そう思うのに、俺の口はひどい言葉を吐いてしまった。
こんな事、いうつもりなかった。保留にして相手を傷つけないように、雅治に想いをちゃんと届けられるように。そう思っていた、のに。


「もういい? 俺、部活あるから」


この子の気持ちを、雅治に伝えたくない。そう思ってしまった。
俺今ちゃんと雅治みたいに喋れてるかな。
ちょっと泣きそうなのは、雅治らしくないって、わかってるけど。



何でこんな気持ちになるんだろう



(だって、いやだったんだ、)


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