12:想い想われるということ



「仁王! 遅刻するなどたるんどる!!」


あ、それ、朝も聞いた。



* * * * *



「グランド10周だ!」
「……ん」


腕組みしている表情を怒りに歪めている真田さんの横をすり抜けて部室に入る。
「む…?」と声が上がったことすら気に留めることもできないくらい、俺の頭の中は複雑にこんがらがっていた。
部室の扉を開けると、練習時間も始まっているしもうみんな着替え終わっているものだと思っていたのに、俺と同じく遅刻したらしい赤也くんがいた。
俺を見て、おはよーございます、といってくる。
部活じゃこういうのがルールなのかね、放課後にあってもおはようって。
おう、と適当に返事を返すと赤也くんの眉毛がぎゅうと寄った。


「……仁王センパイどうしたんスか?」
「なにが、」
「いや、何か変じゃないっスか?」
「気のせいじゃ気のせい」


仁王、の文字が入ったロッカーを開けて着替えを始める。赤也くんは納得がいっていなさそうにじろじろとこっちを見てくる。
ブレザーのジャケットを中に入ったハンガーにかけて、ネクタイを解く。
シャツのボタンを開けている間も赤也くんはまだこちらを見ていた。
ちらりと視線を向けると目が合い、赤也くんがびくりと肩を震わせる。


「……赤也のエッチ」
「なっ!? ちが、俺別に仁王センパイの着替え覗いてたわけじゃ……っ」
「俺の裸は高いぜよー」
「ってか見慣れてますから! 今更じろじろ見るもんでも……っ」
「見てたじゃろ」
「だからそれはっ」


顔を真っ赤にして抗議しながらこちらに近づいてきた赤也くんの頭をぐしゃぐしゃと撫でてやった。
指に絡む癖っ毛、ホント、ワカメみたいだ。……ごめんごめん、失礼だったかそれは。


「仁王センパイ?」
「そうじゃよ」
「知ってますよ、そうじゃなくて、」


ごめんね。俺は仁王センパイだけど、君の知っている仁王センパイじゃないんだ。
君がそうやって心配してくれてるのはわかるんだけどね。君の本当に望む答えは俺には出してあげられない。
……君にとっての仁王雅治には、なりきれないよ。


「わざわざ近寄ってくるなんて積極的やのう」
「っ、仁王センパイ!」
「はは、冗談冗談。着替えられんから離れんしゃい」


ったく、仁王センパイには敵わねえなぁ。
そうぼやきながら赤也くんは自分のロッカー近くの椅子に座ってテニスシューズに履き替え始める。
それを横目に見ながら、俺は着替えを始めた。


赤也くん、俺の偽雅治に敵わないんじゃ、一生雅治には勝てないぞ。



* * * * *



着替え終わって部室の扉を開けると、真田さんと丸井さんが話をしていたいや、話をしているというより、丸井さんが一方的に真田さんに何かをまくしたてているように見える。
身長の低い丸井さんが下から真田さんを睨みあげて、真田さんも腕組みをしながら口をへの字に曲げていた。
な、なんだ、喧嘩?
俺が着替え終わるまで待っていた赤也くんと扉を開けた先の現状を見て、思わず顔を見合わせる。


騒ぎを聞きつけたのか、すでにコートで準備を始めていた柳さんやジャッカルさんがやってきた。


「おい、落ち着けってブン太」
「うるせえ、落ち着いてられっかよぃ!」

ジャッカルさんが丸井さんを宥めようと肩に手を置いたがすぐにその手は振り払われた。
あ、ああ、そんなに荒れて。丸井さんに何があったんだよ。


「なんなんスかね?」
「さあ……いってみればわかるんじゃなか?」


それもそっスねぇ、とのんびりという赤也くんとそちらへと歩みを進める。こういうことには慣れっこなんだろうか?
ジャッカルさんに変わって柳さんが何かをいうと、丸井さんの怒りの矛先が柳さんに変わったようだ。
丸井さんが一方的に周りを責めているようだけど、一体何があったんだろう。
……もう、何なんだよ、こういうの。こういうとき雅治ならどうすんの?
俺、この状況をどうすればいいんだよ。


「あ、仁王!」


柳さんに何かをいっている最中に、丸井さんが俺に気がついた。
そうして俺に向かってずかずかと歩み寄っては、完全に怒っていますという表情を浮かべながらびしっと俺の顔に向けて指を突きつけた。
え、何で俺に標的が変わったんだ、今。
俺はまだこの事態を収束するいい手段も言葉も何にも思いついてないんですけど。


「お前もお前だっつーの! 何でお前黙ってるわけ? そういうのムカつくんだよぃ!」


え?
え、なに。


バレた?
なんで?


「真田さ、お前は頭ごなしにどなりつけるだけじゃダメだろぃ。幸村くんなら絶対気づくね、それが部を任されるってことじゃねえのかよ?」
「しかし、」
「しかしじゃねえ、言い訳すんな。それから柳だって、お前絶対気づいてただろぃ?」
「いや、それはそうだが」
「それなら何で止めさせようとしなかったんだ? お前ならそれが出来たはずだろぃ」


ちょっと、丸井さん。
え、なに、この人なんでこんなにキレてんの?


だってさ、考えてみてよ。
気付かなかった真田さんが悪いわけないじゃん。
気づいてたのに言わなかった柳さんが悪いことなんてないじゃん。
全部全部、俺が、いや、雅治、ううん、やっぱり俺が、


「も、ええから、」
「仁王も、具合が悪いんだったらはっきりそういえよぃ!」
「、……は?」


……なにをいってますか、このひと?


「朝から変だとは思ってたんだよ。今日の仁王は変だ、それはみんなわかってただろぃ?」
「ま、まあな……」
「そうですね……今日は一度も私をからかいに来ませんでしたし」


え、ちょ、柳生さんこんなとこで爆弾発言。いつもそんなことしてんのあいつ!?


「あの仁王が俺に大人しくパシられたり、いくら迫センセ相手だからってちゃんということきいたり! 絶対おかしいだろ、熱があるとしか思えねぇ!」


……、あ、ああ、あれ、なに、これ?
もしかして、バレて、ない?


「……確かに、先ほど遅刻してきた時もおかしかったが……」
「だろぃ? あの仁王が真田の罰走命令を素直にきくとか、マジおかしいだろ」


あ、あれー?
いや、確かに雅治からのアドバイスメールに「真田の命令はきくな」って書いてあったけどさ……。


「だからさ、俺なんかそういうのすっげームカつくんだよぃ。頭おかしくなって真面目になるくらい熱があんならいつもみたいにサボるかいえよ、ちゃんと」
「丸井」
「確かに、水臭いですよ仁王くん」
「、柳生」
「つらいんなら部活休んでもいいんだぞ?」
「……ジャッカル」


「む、しかし、体調管理もできないとは仁王お前」
「あーあー! もう副部長は黙っててくださいよ!」


何かを言おうとした真田さんを赤也くんが遮る。むっ、と声を上げてびっくりしたような表情を真田さんが浮かべた。
そうして、くるりと俺を振り返ると、困ったように赤也くんは笑った。


「やっぱ具合悪かったんスね、変だと思ったっス」


そうして心配そうに、大丈夫スか? と尋ねてくる。
……具合、悪いって、俺が? なんでそんなこと思われてるの?
反応に困って柳さんを見ると、苦笑して肩をすくめていた。


「……すまんの、みんな」


ぽつりと呟くと、やっぱり、と丸井さんがいった。
うん、勘違いだよ丸井さん、それは。
でもさ、うん、なんか。


「ありがとう」


雅治、いい友達もったな。
知っていたけど、知らなかったよ。



想い想われるということ



(柳さん以外のみんながビックリしたような顔してる)
(……お礼もいわないのか、あいつ)


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