13:拗ねてはいないが拗らせてはいる



「お、おい仁王! あれ……!」


ジャッカルさんの指さす先に、俺は見てはいけないものを見てしまった



* * * * *



それを見た瞬間、弾かれるように突如走り出した俺に、正直みんな驚いただろう。
俺だって今まで目の前でしおらしくしてたやつが突然走りだしたら驚くからな。
しかし全力疾走してるのに遅い遅い。
立っていた位置から目的地までは目算で50m程度だが、俺の鈍足を甘く見るんじゃないぞ。


ぬるい風を切ってそこまで辿り着く。
俺とそれを隔てるフェンスに体当たりするくらいの勢いで突っ込むと、がしゃんと緑のフェンスが震えた。
遠巻きにその様子を見ていたファンらしい女の子たちがきゃっと声をあげている。
ああごめん、驚かせて、でも俺、もう無理。そんなこといちいち配慮していられない。


「よう」
「よう……じゃねえよこの野郎!」


がしゃがしゃフェンスを揺らしていると、後ろについてきたジャッカルさんに全力で羽交い絞めにされた。
俺はスポーツマンに羽交い絞めされて抵抗されるほど体力があるわけでもない。
だけど……だけども!


「離せジャッカルさん! 俺はこいつに! 色々! いわなきゃならないことが!」
「ジャッカルさん!?」


必死にもがいて拘束をほどこうとする俺の剣幕より「ジャッカルさん」に反応したってどういうことだろう。
まあ普段人をさんづけで呼んだりしないだろう雅治が急にそんなこというから驚いたんだろう。


「楽しそうだな」
「楽しいわけあるか!」


けらけらとそいつはフェンスの向こうで笑っている。
ジャッカルさんは相変わらず俺を羽交い絞めにしていて、ほどくつもりはないらしい。俺も俺でもぞもぞと体を動かすが、びくともしない。
そうしながらジャッカルさんは慌てたような驚いたような様子で、それでも必死に俺を止めて、なだめようとしている。


「ちょ、落ち着け仁王! こいつお前の弟だろ? 急にどうしたんだよ!」


こいつ、といったジャッカルさんの視線の先には、銀色の髪を風に揺らしながら楽しそうに笑う、俺がいた。いや、俺じゃないんだけど。
そして俺の弟でももちろんない。
にっくき仁王雅治、俺の、双子の兄だ。


「何しに来たんだよ今更!」
「そろそろ限界かと思って」
「うるっさいわ、最初から限界じゃボケ!」


けらけらがけたけたに変わった。事情が飲み込めないジャッカルさんは、「え? え?」と何度もつぶやきながら俺とフェンスの向こうの雅治を交互に見ていた。


「入ってもいいか?」
「あ、ああ」


入口を指し示して尋ねる雅治に、ジャッカルさんが少し戸惑いながら頷く。
そうして今にも掴みかからんばかりの俺をがっちり抱え込んだまま、引きずって部室の方まで連れて行ってしまった。
ああもう、どうして俺ってこう非力なんだ。



* * * * *



「ど、どういうことだ?」
「あーえっと、仁王の弟、だよな?」


混乱しまくっているレギュラーメンバーが部室で机を囲んで座っている。
雅治は席についてにこにこしていて、俺は離れた場所で恨めしそうに睨みつけている
だが反応も返さない。
雅治は俺や周囲の様子を心底楽しんでいるようだ。それはもういい笑顔を浮かべている。


状況を唯一把握している柳さんが俺のそばまでやってきて、肩をぽんと叩いた。
ドンマイ、といっているようだったがそんなんで励まされたら、俺は苦労していない。


「皆さんにいわなきゃいけないことがあって」
「ほ、ほう?」


真田さんが相槌を打っている。
柳生さんが物珍しそうに俺と雅治を見比べている。
……そうかそうか、丸井さんととジャッカルさんと赤也くんは朝そいつに会ってるんだもんな。ええ顔だけは似てますよ、顔だけはね!


くすりと笑った雅治は一度こちらをみてウインクしてくる、キモい。鳥肌が立った。
そうして右手を徐にあげて、手の甲で顎のあたりをこする。
途端、その顔を覗き込んでいたメンバーから「え、」と短い声が上がった。
相変わらずにこにこしていた雅治が、いつものにやけた笑いに戻って、一言。


「プリッ」


最初に現状を把握したのは意外にも赤也くんだった。
がたりと席を立って、雅治と俺を指さしている。
こら、人を指さしちゃいけません。


「に、仁王センパイが増えた!?」


あ、把握してなかった


「違うでしょう切原くん。……つまり、今日われわれが一日一緒に過ごしてきたのは仁王くんではない、ということですか?」
「その言い方は正しくないだろうな。どちらも仁王ではある」


柳生さんの冷静な声に突っ込みを入れたのは柳さんだった。それに対し、そうそう、と雅治がのんきにうなずいている。
それから柳さんが「赤也、人を指さすな」と注意して、赤也くんは慌てて手を下ろした。
真田さんは頭がショートしてしまったのか固まったまま動いていない。


「俺が本物の仁王雅治じゃ。で、そこで拗ねてぶすくれてるのが俺の双子の弟、雅臣じゃよ」


雅治は漸く普段の口調に戻ってそう簡単に説明をした。
それで漸く理解したらしい丸井さん、ジャッカルさん、赤也くんが驚愕の声をあげる。
……「拗ねてぶすくれてる」わけじゃないぞ雅治、俺は本気でお前に対して怒っているんだ。


「オミ、こっちきんしゃい」
「誰が行くか」
「ツンデレじゃのう」
「死ね」
「口が悪いの、誰の影響じゃ?」
「姉さん」


俺の返事に、違いない、といってげらげら笑う。
そうしながら雅治がこっちに近づいてきて、長い腕を俺の首に巻きつけてきたあーウザったい! 暑い!
抱きついてくる兄を剥がそうとぐいぐいと腕で押すが、全身でのしかかられては避けようもない。


「弟がいるのは知っていましたが……まさか双子とは思いませんでした。よく似ていますね……」
「一卵性じゃから顔は似てて当然じゃろ」
「え、じゃあ朝俺らがあった仁王の弟って」
「俺じゃよ、俺」


今朝俺に扮した雅治と会っていた3人はぽかんとしてしまった。
そりゃそうだよな、全然気付かなかったろ、こいつ抜け目ないし。


「柳、お前さんいつ頃気づいたんじゃ?」
「お前の弟にも言ったが、確信をもったのは着替えの時だ。違和感を抱いたのは朝会った時だが」
「早いのぅ、さすが参謀」


ううう、重い上に暑い。
はやくどいてほしい。それに、この空気、非常に気まずい。


「他の奴らは最後まで気づかんかったんか?」
「全員何かしら違和感を覚えていたようだが、具合が悪いのだろうと思ったようだ」
「おー、じゃバレたんは柳にだけか。凄いのう、オミ、よしよし」


えらいえらい、と頭をぐしゃぐしゃと撫でまわしてくる。バカにしてんのかお前は。
あまりにも腹が立っていたので、仕返しにその手に思いっきり爪を立ててやった。



拗ねてはいないが拗らせてはいる



(何がえらいえらいだ! まずは俺に謝れ!)


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