「オミ、お前はちょっと席はずしんしゃい」
なんでだ。
* * * * *
当事者のはずなのに雅治に無理矢理トレーニングルームに押し込められた俺は、手持無沙汰にマットに横になった。
あーあーもう、何なんだか。何であいつ突然現れてネタばらしなんてし始めたんだ。
そして俺を追い出して、一体何を話すんだろう。
トレーニングルームと部室はつながってはいるが、声はよく聞こえない。
何の話をしてるのかは俺には一切伝わってこないってわけだ。
見慣れない天井を見上げながら、俺は今日一日のことを考えていた。
……朝、俺は雅治にすっかり騙されて、入れ替わりなんて面倒極まりないことしなくてはいけなくなった。
寝起きの悪い雅治が、俺より先に起きてご機嫌な様子で話かけてきたのだから、警戒をするべきだった。
でも「髪を整えて標準語に直す」がまさか「俺のフリをするから」だとは思わないだろ。
嫌々登校した俺は校門前で柳さんに会って……柳さんはこの時点で違和感を抱いてたんだよな。
凄いな、早いよな、そんなに似てなかったかな?
顔と声は似てると思うんだけどな。
それから部室に行ったら真田さんに会って、感動されたんだっけ。
漸く心をいれかえたか、とかいってた気がする。
うん、ごめんね真田さん、結局あなたの感動をぶち壊しにしてしまいました。
けど雅治にはちゃんとするよう言い聞かせておくから。
いつも、本当にごめんなさい。どんなことされているのか、わからないけど、きっとよっぽどのことなんだろうから。
そのあとは柳生さん。
一緒に柔軟とかしながらダブルスの話を聞かせてもらった。
ああ、その内容ちゃんと雅治に伝えとかないと。
この時柳生さんもちょっと違和感覚えてたみたいだったな。
あ、そういや、毎日雅治柳生さんのことからかうんだっけ? これも叱っておかないと。
で、丸井さんとジャッカルさんと赤也くん。
俺のせいで、っていうより雅治のせいで遅刻して罰走させられてたな、ホント悪かった。
丸井さんは同じクラスで他の人より話す機会も多かったな、楽しかったよ、面白い人だね。ちょっと変だけどね。
ジャッカルさんは昼食の時丸井さんに甘い菓子パンを奪われていたな、ごめんよ、俺がおやつと称して珍味を買ってきたばっかりに……。さっきも突然雅治に掴みかかろうとしていた俺を止めてくれたし、根っからいい人なんだろう。
赤也くんは始終可愛い後輩だったな、雅治がわざわざ下の名前で呼んでる理由もわかった気がする。
具合悪いんだろ、って最初にいったのは丸井さんだったな。
心配してくれたのはみんなもそうだし、着替えの時の赤也くんもそうだったよな。
ホント、ありがとう、俺は元気なんだけどちょっとへこんでたんだ。
クラスのみんなとも、ちらっとだけど会話はした。
もとから雅治ってあんまりクラスの人と話しないみたいで、滅多に話しかけられなかったのは助かった。
ちょっとしたことで些細な会話を交わしただけだけど、すっごい緊張したよ。
で、俺、生まれて初めて告白された。いや、まあ相手が思ってたのは俺じゃないんだけどね。
それで生まれて初めて断ってしまった。
あの後、あの子ちょっと泣きそうだったな。
俺のが泣きそうだったから逃げちゃったけど、ごめんね、本当に。
だって、だってさ、何か違ったんだ。
俺の思う好きとさ、きっとそれは雅治も同じこというと思うから、勝手にそう思ったから、ごめん。
……あ、やばい、ちょっと泣きそうだ。
思えば今日一日、いろんな人と話をして、いろんな人の笑った顔をみたけど。
それって、全部、俺にじゃなくて雅治に向ってだったんだよな。
みんなは俺を通して「仁王雅治」を見ていたんだ。
だって「仁王雅臣」を知っていたのなんて俺以外には柳さんだけだ。
他のみんなは「仁王雅治」だと思って俺を見ていた。
そうだよ、だから具合悪いんだろ、って心配してくれた。
俺が、普段の「仁王雅治」と違うから。
「なに、してんだろ」
なんで俺こんなとこにいるんだろ。
最高にみじめな気分だよ、俺。
* * * * *
ぎい、と扉が開いて雅治がひとりでトレーニングルームに入ってきた。
俺はそれを横目で確認して、声はかけないしそちらを向きもしなければ起き上がりもしない。
でも、誰が入ってきたのかはすぐわかった。だからそちらを見なかったんだ。
「オミ、」
声をかけられても、反応を返さない。というより、返せなかった。
俺、だめだ、雅治ごめん。
「……俺さ」
突然そういうと、雅治は何かを言おうとしていたのをやめて俺の言葉に耳を傾けた。
静かな空間、扉の向こうにはまだみんながいるのかな。
いや、もう練習始めてるか。
雅治から事情聞いたら、俺なんてもうどうでもいいだろうし、練習のが大事だしね。
「女の子、泣かせちゃった」
色々言いたいことはあったけど、最初に飛び出したのはそれだった。
少し間を開けて、そうか、と淡々とした声で雅治が答える。
なんで、と優しく問いかけてくるのが兄の余裕みたいで、ちょっと悔しかった。
「違ったから」
「何と」
「俺の知ってる『好き』と、違ったから」
だって『好き』ってもっと大事な気持ちなんだと思う。
顔がカッコいいとか、テニスがうまいとか、そういうのはただのきっかけ。
それ以外にどこが好きか出てこないんだったら、そんなの、絶対違うよ、違っててほしいよ。
「俺の好きな子じゃったらどうするつもりじゃった?」
「どうもしない」
「……ほう」
「だって、あの子は雅治の好きな子じゃないから」
「どうしてわかる?」
「わかる、雅治は、あの子を好きにならない」
雅治は人の気持ちには敏感な方だと思う。その子が本当に自分を好きかどうか、ちゃんとわかるはず。
だって俺だってあの子は何か変だと思ったんだから、雅治だって思うよ。
そういう子を、雅治は好きにならない。
勝手にだけれど、そう思ったんだ。
「……そいつな、先週丸井に告ってフラれてた子なんじゃ」
「え?」
「要はただ彼氏が欲しいんじゃな。で、出来れば人気がある、たとえばテニス部のレギュラーとかと付き合いたいんじゃよ」
「なんで、」
「その方が自分が魅力的な女やてアピールできるじゃろ?」
そんな、理由?
いやでも、雅治がそういうのだからそれは正しいのだろう。
俺は彼女のことを全然知らないわけだし。
「男をアクセサリーかなんかと思っとるんじゃろ。オミは間違っとらん、じゃから」
泣くんじゃなか、と、雅治はいった。
泣いてない、と呟いた声は、見事に揺れていた。
「オミはいっつも考えがネガティブじゃの」
「うる、さい」
「どうせさっきも一人でうだうだ考えとったんじゃろ?」
「、……」
いつもは俺が履いているスニーカーの足もとが近づいてきた。
横になったままの俺の脇に座ってくるので、背を向けるように寝返りを打つ。
そうだよ、俺はいっつもネガティブ思考で、何をやってもうまくいかない、ダメなやつだから。
「とんだアホじゃな」
「なんだ、よ」
「大体わかるぜよ、お前が考えてること」
ふざけたことをいう、わかるはずなんかないんだ。
だって俺たちは全く別の人間だ。俺は、お前の考えていること、根っこの部分までなんか絶対にわからない。
だけど、いつもいつも雅治はお見通しみたいに笑うから、だから腹が立つんだ。
お前のことならすぐわかるって、お前はよくいうけど、俺はお前のこと全然わからないのに。
「今日お前が接してきた奴らは、ちゃんとお前をみとるよ」
ああほら、また、そうやって。
何でも見透かしてお前は。
「だから元気だしんしゃい。慎重で真面目なのはオミのいいとこじゃけど、ネガティブなのはあかんぜよ」
「……、るさい」
視線を向けると、俺を見下ろしながら雅治は笑ってた。
ホクロつけただけの俺の顔でそんなに優しく笑うな、キモい。
「俺の姿で泣くんじゃなか、キモい」
こつんと小突かれた頭が少し痛くて、腹いせに寝返りを打ちながらパンチをお見舞いした。
だって、こんなに悲しいんだ
(痛いのう)
(うるさい!)
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