15:きっと、これからも楽しいよ



「馬鹿!!」



何で開口一番そんなこといわれなきゃならないんだろう。



* * * * *



雅治と衣装を交換していつもの着なれた制服に着替え、トレーニングルームの扉を開けて出てから聞こえた第一声だった。
声の主は丸井さんである。
お、ちょ、ええ、今度は何にキレてるんですか。


「お前、ホントに仁王がいってたようなことでウジウジ悩んでないよな?」
「は? あ、いや……」


雅治がいっていたことがさっきの「みんなが俺を見ていない」って話なら間違ってない。
曖昧に肯定すると、丸井さんがさらに顔を赤くして眉毛を釣り上げた。
いやいやいや、だからなんでそんなに怒るんですか! ほんっとにキレやすいなこの人!


「お前な、いくら運動音痴が悩みだからってそんなんで逃げたらだめだろぃ!」
「……、ごめ、……はぁ?」
「聞いたぜ、仁王から全部……お前凄い運動音痴なんだってな」


ぽん、と肩に手を置いてきたのはジャッカルさんだった。
慰めるためなのかとても慈悲深そうな笑顔だ。頭が頭なだけに、ご利益がありそう。てか後光がさして、……あ、いやなんでもないです。


「馬鹿にされるのが怖くて体育の授業をサボっているとか……」
「だから仁王センパイが今日一日入れ替わって、テニスの楽しさを教えようとしたって聞いたっス」
「入れ替わるなどとくだらないことをしていると思っていたが……きちんとした理由があったのだな。弟を思う兄の気持ちだったとは……くうっ」


真田さん、感極まって泣かないでください。
っていうか、え? 何その嘘八百話は?
……あ、案の定柳さんが笑いをこらえていらっしゃる。


「仁王」
「なんじゃ?」
「お前じゃない、弟の方だ」
「あー、わかりづらいから下の名前で呼びんしゃい」
「そうか、では、雅臣」
「は、はいっ!」


何なんだ急に、真田さんに名前を呼ばれると背筋伸ばしたくなるよ俺。
雅治、お前良くこの人の命令無視できるな? ちょっと尊敬するよ、その度胸。
真似したいとは思わないけど、全く。


「ジャージは俺の予備のものを貸そう。今日は練習をしつつ、お前にテニスの楽しさを教えようと皆で決めたのだ!」
「……、は、はあ?」


え、なに、この展開?
俺は先程から状況が飲み込めず目を点にしたまま部室内にいるテニス部のみんなの顔を順番に眺めていった。
誰もがうんうんと温かい目で俺を見ている。……どういうこと?


「さあ、お前ら! 雅臣が着替えたら練習を再開するぞ!」
「イエッサー!」


……え、ホントに何、この展開?
雅治、柳さん、笑ってないで止めよう。



* * * * *



で。
そのあと俺はずっとレギュラーメンバーにかわるがわるテニスの基礎を教えてもらった。
最初はラケットの持ち方さえ知らなかった俺だけど、なんとなくだがゆっくりとしたラリーなら数回続けられるようにはなった。自他ともに認める運動音痴の俺からしたら、立派な快挙だ。
うん、だけど、さ。
みんなホントに信じてんだな、あの雅治のくだらないウソを。


唯一本当の事情を知っている柳さんは、俺が教えられてるの見ながら凄い笑いこらえてた。
あの人の笑いのツボが全然わからない。


「オミ!」
「オミセンパイ!」
「あ、う、何」


全身くたくたの俺が痛む体に鞭打って振り返ると、にんまり顔の丸井さんと赤也くん、あ、じゃなくて、ブン太、と赤也、が並んでいた。
元来人懐っこい性質なのであろうブン太と赤也はもはや俺のことを「オミ」とか「オミセンパイ」とか呼び始めている。
……俺そのあだ名気に入ってないんだけどな、ま、いいか。
なんか、犬みたいなんだよなぁ、この2人。尻尾ついてたら多分すごい振ってるんだと思うよ。


「お前も行くだろぃ?」
「なに、に」
「焼き肉っス!」
「……は、え?」
「てかお前のために行くんだから、強制参加な!」


有無を言わさず「けってー!」と楽しそうに笑って勝手に2人は去っていった。
あ、え、何? 焼き肉行くの? これから?
え、これから!?
確かに腹は減っているが唐突にもほどがあるんじゃなかろうか!
だって、家にも確認取らないといけないし、第一中学生だけで放課後寄り道とか、い、いいのか? いいのかなこれって。


「諦めろ」
「うわっ! ちょ、急に現れないでください!」
「すまない、だが急に現れたわけではないぞ、さっきからここにいた」
「あぁ……そうですか」


いつも影のようにすうっとそこにいるから、俺はいつもこの人にビクビクさせられている。
俺の斜め後ろに立っていた柳さんは。あんなに練習していたにも関わらず涼しい顔だ。
ゲラの菩薩と思っていたがどうやら忍者でもありそうだな。


「ああなった丸井と赤也は誰にも止められない。お前の歓迎会といってはりきってるぞ」
「歓迎会?」
「歓迎、というのもおかしいがな」


そういって彼はくすりと笑う。
どうやら、俺と知り合った記念に焼き肉に行こうという話らしい。
いつもは試合帰りとかに行くらしい。ここまで聞いて、大体の予想はついた。


「……つまり、俺にかこつけて焼き肉に行きたいんですね、あの2人は」
「そうともいうな」


わかりやすい。俺が苦笑いをこぼしていると、柳さんは、しかし、と続ける。


「あの2人がお前を歓迎しているのも本当の話だ。あまりうがった見方をしないでやってくれ」
「……わかってます、よ」


そういう気持は、凄く嬉しいからよくわかる。
純粋に2人が慕ってくれてるのもうれしいしね。
その理由がたとえば俺がからかいやすいとかそういうのだったとしても、まぁ、いいよ。


「オミ、柳となんの話じゃ?」


のしっと両肩に体重をかけてくる雅治を振り返った。
重いっつの、といって腕をどかそうとするが、反対にさらに体重をかけてくる。邪魔くさい!


「丸井と赤也の話だ」
「なんじゃ、焼き肉行く話か?」
「そうだ」


淡々と答える柳さんに雅治は少し唇を尖らせて、なんじゃつまらん、といった。
なんなら楽しいんだ、お前は。



* * * * *



結局そのまま成り行き任せで焼き肉に行った。
家には今日は晩御飯いらない、と連絡を入れておいたからいいが、雅治はともかく俺も一緒というところには驚いたらしい。
今までに何回も雅治が晩御飯いらないといってきたことはあった。
でも俺が言い出したのは今日が最初。
事情を聞かれたらなんて言おうか、雅治に誘われたから、でいいか。
でも、今日雅治は学校から直接立海に来たらしいから、普段なら帰ってくるはずの時間にいない俺を心配してただろうな。
(と思ってあとから聞いたら、雅治が工作メールを母さんに送っていたことがわかった。ぬかりがなさすぎる)


けど、焼き肉なんて久しぶりに食べたよ……。久しぶりというか、あんなに戦場みたいな焼き肉は初めてだったけど。みんな怖いくらい食べてたね。肉好きなんだね、みんな。
俺はそんなでもないから平和そうな柳さんと柳生さんと一緒の網を囲んでたよ。


晩御飯の間、いろんな話を聞いた。
今までの試合のこと、部長だという幸村さんという人のこと、自分たちのこと。
俺のことも少し喋ったけど、俺はどうやら聞き上手らしくみんなの話を聞くのがもっぱらだった。
おかげで余計な知識が増えたよ。


方向が反対らしい柳さん、柳生さん、真田さんとは焼き肉屋の前で別れた。
真田さんには熱い握手をされて「またいつでも来い」といわれた。
柳生さんはホントに紳士的だよな、「お待ちしてますよ」とにっこりと笑ってくれた。
で、一人反応が違ったのが柳さんなわけだが、


「また笑わせに来てくれ」


ってね。
あのね、柳さん、俺あなたを笑わせてるつもりは一切ないんですよ!
そう文句を言えば、どうやらお前は俺の笑いのツボを無意識のうちに押さえているらしい、といわれた。
自分自身ことがわかるのは非常に興味深いので、またぜひ来てくれ、らしいよ。
はいはい、絶対そんな理由では行かないわ。


空にはもう一番星が光っていて、残りのメンバーが連れ立って今まで来た道を引き返す。
赤也とブン太がぎゃいぎゃいいっているのをジャッカルさんがなだめてる。
あ、そう、ジャッカルさん、じゃないね、ジャッカル。
さんづけは気持ち悪いらしい、呼ぶたびに柳さんも笑ってたしね!


「あ、そだオミ。アドレス交換しようぜぃ」
「あ、丸井センパイずりーっスよ! オミセンパイ、俺も!」


俺は珍獣かなにかなのだろうか。
ついでに、といってジャッカルともアドレスを交換した。


帰り道は相変わらずくだらない話題だらけだった。
今日はじめて会ったはずなのに、まるでずいぶん前から友達だったみたいな感じが不思議で仕方ない。
雅治からちょっとか話聞いてたからかな? にしたって、みんなの反応はそれとは関係ないよな。
ちょっぴりこそばゆいけれど、俺を俺として仲良くしてくれることは素直に嬉しい。


俺が今日1時間ほど時間を潰したコンビニ前で別れることになった。
雅治と俺が隣に立って、向かいに3人が並ぶ。


「なあオミ、今度家遊び行っていいか?」
「あ、俺も俺も! いいっスよね!」


図々しいような笑みを浮かべるブン太に便乗して赤也が元気よく手を挙げた。
おい、失礼だろ、と止めようとしているジャッカルにブン太が文句を垂れ始めた。


「……いいよ。かまわないだろ?」


雅治を見ると、やつはお好きにどうぞ、とばかりに肩をすくめた。
……そういう仕草が似合うよなぁこいつ。同じ顔でも、俺には似合わないのに。


「よしっ、約束だぜぃ! また遊びに来いな、いつでも俺の天才的妙技、見せてやるよ」
「上達したら試合しましょうね!」
「騒がしくて悪かったな、でもま、いつでも歓迎するぜ」


1人1人に頷いて返す。
それから、バイバイ、と手を振った。
3人も振り返してくれて、そのまま手を振りながら歩き出した3人の姿が見えなくなるまで、俺は立ち止まったまま見送っていた。


いよいよ、雅治と2人きりになった。
ちらり、と俺は雅治を見やる。
暗い夜道にコンビニの明かりで照らされた横顔が、目線だけ俺の方を見て微笑んでいた。
口角が意地悪そうに吊り上っている。


「オミ」
「、なんだよ」
「楽しかったか?」


悪だくみ顔のままでそんなことを尋ねられた。
拍子抜けしてしばらくその横顔を眺めていたが、やがて急に恥ずかしくなって視線をそらす。
俺の単純な気持ちも、お前にはわかってるんだろうよ。
だから、改めていわせるなって。


「楽しかった、よ、」


照れて熱くなる頬のままぶっきらぼうにそういえば、オミはかわええの、と頭を撫でられた。
だから、髪が乱れるからやめろって。



きっと、これからも楽しいよ



(ああそうだよ楽しかったさ。馬鹿みたいに、ね!)


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