彼を動かすことは早々に諦めて要石状態のミカルゲと添い寝をした翌朝、私は彼の出たテントをたたんで、ズイタウン目指して歩き始めた。

草原を踏んで歩いている私が、ふと後ろを振り返る。すると、私の数歩後ろをずりずりとついて来ていたらしいミカルゲは、要石にしゅんっと体を収めてだんまりを決め込んだ。緑色の草原に、茶色い石が場違いにごろんと転がっている。
これでもう何度目かはわからないが、しかし、ミカルゲは飽きることなくこの遊びを繰り返していた。

……私も昔、こんな遊びをしたなあ。「トゲピーがころんだ!」と言って、鬼が振り向いたら動きを止める、あの遊び。
場違いに懐かしい気持ちになった私は、薄い笑みを浮かべながら前に向き直った。そして、ミカルゲが要石から顔を出したのを気配で感じながら、歩き出す。

まだついて来てる? 視線だけでゴーストに尋ねると、彼は小さく頷いた。どうやら、まだこの遊びはしばらく続くらしい。
私はふふっと笑みをこぼしてから、さて次はどのタイミングで後ろを振り返ろうかと考えながら、ズイタウンを目指して歩いた。




太陽が空高く輝く中、私たちはズイタウンにたどり着いた。ズイタウンは、かつて森林を切り開いて作られた牧場に人やポケモンが集まるうちに、自然と出来た町なのだという。
「ここには何にもないけど、おいしい空気と時間がたっぷりあるわ。旅人さんものんびりしていってね!」と笑うカウガールをはじめ、町の人はみなおおらかで親切だった。内陸のからっとした空気と、やわらかく降り注ぐ陽光が気持ちいいこの町では、自然だけでなくそこに住む人の心ものびのびと豊かに育つのだなあと思った。

町の西側には、ポケモンを預かって育ててくれる、育て屋さんという仕事をしている老夫婦が住んでいた。
幼くてまだうまく戦えない子供や、忙しくて自分でポケモンを育てる時間のない社会人に代わって、ポケモンを強く育ててくれるのだという。

柵で囲われた育て屋さんの広い庭には、森や砂地、池や小高い丘など様々な地形が用意されていた。預けられたポケモンたちは思い思いの場所で遊んでいるだけのように見えるが、よくよく観察してみると、至る所に細かい起伏があったり、大小さまざまな障害物があったりと、この庭自体が普通に遊ぶ中でもポケモンの足腰やバランス感覚が鍛えられるような作りになっているのがわかった。

また、育て屋さんの家屋の向こうにはいかにも特訓に使うような木製の的が並んでいるのが小さく見える。
どうやら、遊びながらの基礎訓練の他に、老夫婦自らバトルや技の特訓もしてくれるのだろう。

私がこうして育て屋さんの庭を眺めている間にも、数組のお客さんが育て屋さんを訪ねてきた。空を飛ぶポケモンに乗って遠路はるばるやって来るお客さんも少なくない。

シンオウ中のトレーナーに信頼される老舗の育て屋さんなんだなあ。そう思いながらその広大な庭とそこで生き生きと過ごすポケモンたちを眺めていると、同じく敷地の外に立って庭を眺めていたおじいさんが話しかけてきた。聞けば、彼こそがこの育て屋さんの店主なのだという。

思いがけずプロ中のプロのポケモンブリーダーとお話しする機会に恵まれた私は、おじいさんにポケモンを育てるコツを訊いてみた。
するとおじいさんは私のゴーストを見て、白い眉毛の下の瞳をきゅっと細めて笑い、こう言ってくれた。

「このゴースト、わしの目から見ても本当によく育てられとる。
大丈夫、こんな老いぼれのことなんか気にせずに、あなたの思うようにやりなさい」

まだまだ駆け出しの若いトレーナーだから、多少大目に見てもらった部分もあることだろう。でも、その道のプロにゴーストを褒めてもらえたことは素直に嬉しかった。
私は暖かい言葉と自信をくれたおじいさんにお礼を言って、しばらく雑談を楽しんでいたのだが。

「……あの子も、あなたのポケモンかい?」

ふと、私から少し離れたところにいたミカルゲに気付いて、私にそう尋ねかけた。
私はこちらをじっと見つめるミカルゲを見ながら、おじいさんになんと返すべきか考える。モンスターボールでゲットしたわけではないから、厳密には私のポケモンではないのだけれど、どう見ても私について来ている彼を私のポケモンじゃありません、と一蹴してしまうのは少し、さみしい。

「ゲットしてるわけじゃないんですけど、私のあとをついてくるんです。だから今は一緒に旅をしてる、ってことになるのかな?」

どう言えば私と彼の関係を適切に表せるのかわからなかった私が疑問形でそう言うと、ミカルゲはそんなんじゃないよ、というようにそっぽを向いてしまった。……どうやら、そう思っていたのは私だけだったようだ。

「……なんか、違ったみたいです」

少しだけ意気消沈してそう言うと、ミカルゲを見つめていたおじいさんは微笑みながら「いや、違ってはないようだよ」と言って、私にミカルゲを注意深く見るように促した。

「顔のまわりの緑の人魂がいつもより勢いよくまわっているだろう。あれはミカルゲが興奮しとる証拠だよ」
「興奮、ですか?」
「ああ。わかりやすく言うとね、もっぱら攻撃を出すときか、喜ぶときにああなる。ミカルゲは今、あなたに一緒に旅をしてるんだと言ってもらえて嬉しかったんじゃないかな」

「そうなの?」と言って彼に真っ直ぐ視線をやると、彼は場をかき乱すような声で鳴いてから、紫色の体を要石に引っ込めてしまった。ごとり、と鈍い音をたてて、茶色い石が地面に落ちる。

「今度は照れ隠しか。なんともかわいいミカルゲじゃないか」

おじいさんの朗らかな笑い声を聞きながら、私はミカルゲを見つめる。今まで無表情な石のかたまりに見えていたそれが、おじいさんのおかげで一気に饒舌になったのを感じて、私はにこりと笑った。


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