ミカルゲは御魂の塔から離れられるようになるまで、おばあさんたちのところでお世話になることになった。
私がよろしくお願いしますと頭を下げると、彼女らは快活に笑ってこう言った、「なに、こいつがいれば霧を払うのに困らん。ありがたいくらいじゃ」

私は再度ふたりにお礼を言って、それからミカルゲにも「絶対にまた来るからね」と何度も何度も言って、霧のはれたロストタワーを後にした。




ロストタワーを出て少し歩いたところで、私は草むらの中にポケモンらしき陰を見付けて足を止めた。
黒い頭と、頭頂部からはえるぴょこんと立つような毛が、草むらから覗いている。私はすぐにあれはムックルだな、と思ったのだが、よく見てみると、その頭はムックルのような鳥ポケモンがやるようなぴょこぴょことした動きではなく、まるで空を滑るように草むらを移動してゆく。
なめらかな動きは、さながらゴーストポケモンのようで。私はすぐ隣にいたゴーストに、「ねえ、もしかしてあの子、ゴーストタイプかな?」と尋ねてみる。

すると、私の声が聞こえたのか、草むらの中をうろうろ動き回っていたポケモンが、その動きをぴたりと止める。そして。
次の瞬間、草むらからそのポケモンが勢いよく飛び出してきた。

まるで人間の骸骨のような顔と、その奥でらんらんと輝く赤い目が、私めがけて近づいてくる。
あれは確か、ヨマワルだ。泣き声を聞くために人間の子供を驚かすゴーストポケモン。それを思い出した私は、慌ててゴーストに攻撃の指示を出そうとしたのだが。

結果から言うと、それは不発に終わった。なぜなら、それよりも早く、ヨマワルが泣きながら私の胸に飛び込んできたからである。

ヨマワルは黒いローブをまとったような二本の腕で私をぎゅっと捕まえると、骸骨のような顔の下で乾いた泣き声を上げ続けた。私は動けないまま、視線だけでゴーストの方を見遣る。

彼は私が困っているのを見て、からからと笑っていた。じとりとした眼差しを送ると、その双眸が更に愉快そうに細められる。
……助ける気がないところを見るに、このヨマワルに危険はないのだろう。私は相棒の行動をなるべく好意的に解釈することにした。ゴーストに助けを求めることはやめて、代わりにヨマワルの頭にそっと手を伸ばす。ムックルと見違えた頭のふにゃふにゃした部分を避けて、撫でてみる。しばらくそうしていると、だんだん泣き声が小さくなった。よかった、落ち着いてくれたみたい。

「……もしかしてきみ、ロストタワーのポケモン?」

ようやく離れてくれたヨマワルにそう尋ねる。すると、彼はこくりと頷いた。
なるほど、それならば彼が泣いていた理由にも納得がいく。おそらく彼は、迷子なのだろう。普段であれば昼間をロストタワーで過ごし、暗くなってから209番道路に出てくるところを、間違ってまだ日の高いうちに外に出てしまったんだ。
真っ暗闇に放り出された子供が泣いて怖がるように、夜行性のヨマワルにとって明るい光の中を彷徨うことはとても怖いに違いない。

「怖かったね。でも大丈夫。ロストタワーまで連れてってあげるから」

私がそう言うと、彼は私を見上げて、小さく鳴いた。表情の変化の乏しい顔の向こうで、真っ赤な光がかすかに一度、揺らめいた。




ヨマワルをロストタワーに送り届けてからズイタウンに戻る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。私は夕食と就寝の支度を済ませると、今日は早めにベッドにもぐりこむ。
明日は210番道路からトバリシティに向かう予定だ。明日に備えて、今日はしっかり休もう。

「ゴースト、おやすみ」

いつものように彼にそう言って、部屋の電気を消した。そのまま、普段となんら変わりなく深い眠りに落ちていったのだが。



ふと、目が覚めた。
私は半分しか開いていない瞼のまま、枕元のポケッチで時間を確認する。液晶画面に表示される数字は、今がまだ夜中の1時を回ったばかりであることを示していた。
私はポケッチを枕元に置くと、大きく欠伸をしてから布団をかぶり直す。そして、もう一度夢の世界に旅立とうと、ゆっくり目を閉じてゆく。

そんな私の視界の隅に、ちらり、と、赤い光が映りこんだ。
疑問を抱いたのは一瞬だった。あれ、なんだろう? そう思った私は寝ぼけた頭のまま光の方向に視線を向ける。
疑問はすぐに恐怖に変わった。ポケモンセンターの宿泊用の部屋の壁から、赤い光に照らされた骸骨が、にゅっと現れたから。

「……!!」

本当は大きな声を出して助けを呼びたかったのだが、驚きのあまり、声が出ない。そうこうしているうちに、ぼろきれをまとった骸骨は私の目の前にまで迫ってきた。そして、
両手を広げると、その骸骨は私の胸のあたりにぎゅうっとしがみついた。そのまま、乾いたような声で泣く。

その声と、胸にぎゅうぎゅうと押し付けられる体の感触に、覚えがあった。

「……もしかして、昼間のヨマワル?」

私の声に反応して、乾いたような声が二度聞こえた。おそらく、というか絶対、これは肯定の返事だ。私がそう確信した瞬間、ちょうど月が雲の切れ間から顔を覗かせたらしく、窓から月明かりがぼんやりと侵入してくる。ベッドで寝ている私の上に乗って、私をぎゅうぎゅう抱きしめる彼の姿が、淡い光の中に浮かび上がった。

「どうしたの?」

私がそう尋ねても、彼は答えなかった。身じろぎひとつせず、私にしがみついている。
私は自由にできる首を動かしてゴーストの姿を探す。彼は少し離れたところに浮かんで、私のことを見下ろしていた。視線で『なんとかして』と訴えてみるが、やっぱり彼はにたにた笑っているだけで、手を貸してくれそうにない。

……そういえば、フワンテをゲットしたときもこうだったなあ、と思った。確かあの時もあなたは、困る私を見て笑っていたよね。
フワンテだけじゃない、ミカルゲの時もそうだ。彼が要石の姿で私の寝袋を占拠していた時も、ゴーストはからから笑っていた。

ミカルゲ。私と一緒に行きたいと言ってくれた彼を残していかなければならない罪悪感が、私の胸を小さく刺す。
どうして自分がゴーストタイプに好かれるのかは、わからない。でも、これから先、私と一緒に行きたいと言ってくれるポケモンがいたなら、私は絶対にその子を置いて行くようなことはしないようにしようと思った。それが、私にできる数少ないことのひとつだ。

「私、シンオウ地方を冒険してるんだけどね、よかったらあなたも来る?」

私が昼間のようにヨマワルの頭を撫でながらそう言うと、彼は小さな声で鳴いた。これもきっと、肯定の返事。
私はヨマワルの重みを感じながら両手をそっと彼の背中に回す。そして、昔テレビの教育番組で見た親子がそうやっていたように、ヨマワルの背中をとん、とん、と一定のリズムで叩いてやる。人間の子供の喜ぶそれが、ヨマワルにとっても心地よいものだったのかは、わからない。しかし彼はごく静かに、そのリズムに身を委ねてくれた。

「これからよろしくね、ヨマワル」

私は自分が眠ってしまうまで、しばらくそうしていた。


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