翌朝、ベッドの脇で私が起きるのを待っていたヨマワルをボールにおさめてから、ズイタウンを出発した。

ズイタウンの北から伸びる210番道路には、今までに見たことのない背の高い草が一面に生い茂っていた。草むらに足を踏み入れると、乾燥した土と草のかおりの混じった独特のにおいが鼻をくすぐる。
バトルをした牧場のおじさんに聞いたところによると、ズイの牧場にはこれと同じ種類の草が牧草として生えているらしい。これが、酪農の盛んなズイのにおいなんだな、と思いながら草原を進んで行くと、森に阻まれた道の突き当りに「カフェやまごや」というログハウス調のお店を見つけた。

ここまでバトルをしながらずっと歩いてきたので、少し休むには丁度いいタイミングだった。休憩がてらカフェでなにか飲んでいこうと思い、磨き上げられたガラスの扉を開ける。
からんからん、という味のあるドアベルの音が響くと、店の奥から「いらっしゃいませ」という女性の声が聞こえてきた。見れば、古風なメイドさんの衣装に身を包んだ女性がふたり、魅力的な笑みを向けてくれている。

「おひとり様ですか?」と言いかけたウエイトレスさんは、私の背後を漂うゴーストに気付くと、「失礼しました。二名様ですね?」と言い直して茶目っ気のある笑みを浮かべた。
その一言で、このお店はポケモンの同伴が可能なことと、ポケモンをお客様のひとりとして扱ってくれるお店だということが伝わってきた。ここなら、ゴーストと一緒に素敵な時間が過ごせるに違いない。そう確信しながら「はい、ふたりです」と言った私の後ろで、ゴーストも嬉しそうに頷いた。

「では、こちらの席へどうぞ」

案内されたのは、窓際の明るい席だった。私とゴーストが席に着くと、ウエイトレスさんはメニューを置いて、「どれになさいますか?」と尋ねた。
カントリー調のメニュー表には、ごくシンプルに、『モーモーミルク…S・M・L』とだけ、書かれている。聞けば、カフェやまごやはモーモーミルクの専門店らしい。毎朝ズイの牧場で搾ったミルクを、鮮度が落ちない特別な方法でここまで運んでくるのだそうだ。

「モーモーミルクしかないのではなく、モーモーミルクだけを出しているんですよ」

にこりと笑ってそう言った彼女。どうやら、このお店はプライドを持ってモーモーミルクを提供しているようだ。

「じゃあ、Mサイズをふたつください」

ミルクはすぐに運ばれてきた。そこそこの大きさのガラスのカップに、とろりとした白いミルクがたっぷり注がれている。
少し多かったかもしれないな。私はそう思いながらグラスに口をつけたのだが、すぐにそれは間違いだったと気がついた。

「わ、おいしい!」

思わず感想が口をついてもれる。そう、カフェやまごやのモーモーミルクは、私が今まで飲んでいた市販のミルクよりも何倍も、おいしく感じられたのだ。
向かいの席では、ゴーストがグラスを勢いよく傾けている。カップの中のミルクはあっという間になくなってしまった。

「もうなくなっちゃったね」

私が彼のグラスを指してそう言うと、彼は残念そうに空になったそれを見た。いつもはイタズラしてばかりな彼のその表情がおかしくて、私はこらえきれずに笑いだしてしまう。
どうして私が笑っているのかわからないらしいゴーストが、きょとんとした顔でこちらを見つめている。それがまたおかしくて、笑いが止まらない。

私は満足のいくまで笑ってから、ミルクを一口飲んで気持ちを落ち着ける。それから彼に「おかわり、する?」と訊いてみた。すると、彼の顔がぱっと輝く。
私はウエイトレスさんを呼ぶと追加注文をお願いした、「すみません、Mサイズを5つ、いいですか?」

腰のホルダーからモンスターボールを出しながらそういうと、彼女はにこりと笑って「では、お連れのお客様はこちらの席へどうぞ」と言い、隣のテーブルを用意してくれた。
みんなをボールから出して、簡単に状況を説明し、席に着いてもらおうとしていた矢先、ウエイトレスさんは綺麗な笑みを崩すことなく、こう付け加えた。

「では、モーモーミルクをお持ちするまで、ぜひ皆さまとのバトルをお楽しみください」

「え?」という声がもれた瞬間、通路を挟んで反対側の席でミルクを飲んでいたジェントルマンがすくっと立ち上がった。そして、優雅な動作でボールを投げる。

「当店は、お客様同士のバトルを見ながらこだわりのモーモーミルクが楽しめる、まさに一度で二度おいしいカフェなんです」

ジェントルマンのボールから飛び出したギャロップが、ウエイトレスさんの流暢な説明を遮るように蹄を高らかに鳴らして、華麗に着地した。
私はお店を見渡して、なるほどなと思った。お店の真ん中に不自然なくらい広いスペースがあったのは、このためだったのか。

私はおとなしくテーブルについている仲間たちを見渡して、ゴーストを選出することにした。ついさっきミルクを飲んで、元気もお腹もいっぱいだろう。今のうちに腹ごなしをしておけば、二杯目がもっともっとおいしくなると思わない?

ゴーストは高らかに一声鳴くと、店の真ん中に躍り出た。
さあ、おかわりが来る前に一勝負、お願いします。


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