トバリの静かな街並みに、ゲームコーナーの派手な電飾は目立つ。今はまだ日が高いのにこんなに存在感を放っているのだから、日が暮れるともっともっと目を引くんだろうなあ。そんなことを考えながら、自動ドアをくぐって中に入る。
まず驚いたのは、耳をつんざくような音の波だ。店内のBGMや個々のスロットマシーンの音がランダムに重なって、喧騒が洪水になってこちらに押し寄せてくる。
次に気付いたのは、ゲームコーナー独特のにおいだ。タバコと熱気の入り混じった不思議なにおいが、お店いっぱいに満ちている。
私は赤いタイルの敷き詰められた派手な通路を歩きながら、こんな世界もあるんだなあ、と感心していたのだが、ふと隣のパートナーを見やって、彼がしかめっ面をしていることに気がついた。普段は静かな夜の闇に生きる彼にとって、ここはどうやらあまり居心地のいい場所ではないらしい。
私は慌てて踵を返そうとしたのだが、そんな私を「ああ、君は!」という聞き覚えのある声が呼び止めた。
声のした方を振り返る。そこには、スロットマシーンの椅子に座ってこちらに手を振るハンサムさんの姿があった。
私は少し迷ってから、彼の方へ行くことにした。ハンサムさんの話の中には、いつもギンガ団の情報が含まれているからだ。
私はゴーストに「先にお店を出て待ってて。少し話をしてすぐ行くから」と言ったのだが、彼は首を横に振って、黙って私についてきた。どうやら、私のそばを離れる気はないらしい。私は頼もしいナイトに礼を言うと、ハンサムさんの方に向かい、簡単に挨拶をした。
ゴーストが進化していることに気付いた彼は、「さすが私が認めたトレーナーだ!」と言ってから、「立ち話もなんだから、座りたまえ」と私に隣の席を勧めてくれた。それから、足元に置いていた箱からコインをひとつかみ取ると、それを私に貸してくれた。
「ゲームコーナーでスロットをせずに話し込んでいると、怪しまれてしまうかもしれないからね。ふりでいいから、適当に遊んでくれ」
彼は小声でそう言ってから、自分のスロットにコインを入れる。私は見よう見まねでスロットを回すと、適当にみっつのボタンを押してリールを止める。当然、絵柄は揃わない。「うーん、」と小さく唸ると、ハンサムさんはそんな私のことを優しく笑ってから、声を潜めてこう言った。
「この街の北に、ギンガ団のビルがある」
その瞬間、あんなに騒がしかった喧騒が、すうっと遠くなった気がした。
私がハンサムさんの方を見やると、彼は何食わぬ顔でスロットを続けながら、持っている情報を教えてくれた。『ギンガトバリビル』という名前のその建物は、一般人でも一階ロビーを見学することが出来るらしい。ギンガ団が夢のエネルギーを作っていることや、素敵な世界のために活動していることなどを紹介されたのち、ギンガ団に勧誘されるそうだ。
「もっとも、そこで公開されていたのは既に君も知っているような情報ばかりだったがね」
私は努めて心を落ち着けながら、コインを入れてスロットを回す。ぐるぐると、そこに描かれている絵柄をはっきりと見せないように高速で回転するリール。……このスロットのように、ボタンひとつで彼らの正体がはっきりわかればいいのに。そう思いながら、右端のボタンを押す。
次の瞬間、止まったリールの真ん中の段にあったのは、黒字に黄色で『G』と書かれた、見慣れたロゴマークだった。
「ハンサムさん、これ……」
絶句した私に、彼は「そう、私は今、これを調べてるんだ」と静かに言い、落ち着いた様子でゲームを続けた。その瞳の奥に国際警察としての強い光が宿っているのに気付いた私は、思わずはっと息を呑む。
「かつてカントー地方を席巻していた悪の組織も、スロットゲームを運営する団体との癒着があったと聞く。ここには奴らの尻尾をつかむための手がかりがあるかもしれない。
それに、人が集まる場所には情報も集まるからね。捜査にはうってつけだ」
さすが国際警察の刑事さんだな、と思った。ただスロットをしているように見えて、その実それは二重の捜査だったというわけだ。
私はハンサムさんに情報のお礼を言うと、借りていたコインを返し、回っていたリールを適当に止めて立ち上がる。そして、私も自分なりにギンガ団のことを調べようと踵を返しかけたのだが。
そんな私の足を引き止めるように、さっきリールを止めたばかりのスロットマシーンがけたたましい音をたてて光りはじめた。突然のことに驚いた私の口から「え?」という声が漏れた瞬間、ハンサムさんの「確変じゃないか!」という興奮した声が私の鼓膜を大きく揺らした。
見れば、先ほどの『G』のマークがみっつ、揃っていた。画面の中のピッピが踊るのに合わせてぴかぴかと派手に光る筐体を見て私が困惑していると、ハンサムさんは「どれ、わからないなら代わりにやってあげよう!」と言って、さっきまで私が座っていた椅子にさっと腰かけた。
嬉々とした様子でリールを止めていく彼の瞳にさっき以上に強い光が宿っていることに気付いた私は、彼に対して抱いた尊敬の念が一気にしぼんでゆくのを感じながら(ハンサムさんは二重の捜査に燃えているのだと思ったけれど……もしかしたら、ただスロットを楽しんでいただけなのかもしれない)、小さな声で「じゃあ、私行きますね」とだけ言い残してゲームコーナーを後にした。
ギンガ団のビルは、北の海に臨む高台の上に建っていた。
とげとげした装飾や、たくさんのパラボラアンテナが目立つ、奇怪な建築物。それに近付くにつれて、揃いの髪型をしたギンガ団のしたっぱ団員たちの数が増えてゆく。
そのなかのひとり、じろじろと遠慮のない視線をこちらに向ける男の腰のホルダーに、モンスターボールがひとつもついていないことに気付いた私は、しばしの逡巡の後、踵を返した。
ハクタイビルでボールを持たない団員に暴力を振るわれた時のことを思いだす。このまま進めば、きっとあの時と同じようなことになるだろう。あの時は運よく助かったけれど、今度もそうなるとは限らない。
私はポケモントレーナーで、バッジを得るたびに少しずつ自信もつけてきた。しかしそれは、相手もポケモントレーナーでなければ意味がない。純粋に暴力を振るう大人の男の前に、私は無力だ。
すぐそこに、あの男に近付くヒントがあるかもしれないのに。
俯いて唇を噛む私を元気付けるように鳴いてくれたゴーストに「ありがとう」と言って、日の傾いたトバリシティをとぼとぼ歩いてポケモンセンターへ戻った。
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