昨日は一日かけて街の観光をしたので、今日はジムに挑戦することにする。
私は高台の上から自分を見下ろすギンガ団のビルを一瞥してから、街の南西にあるトバリジムに向かった。

トバリのジムリーダーは、格闘タイプのポケモンを使うそうだ。格闘タイプの技はゴーストタイプに無効になる。しかし、格闘タイプの専門家がそのような明確な弱点を放置しているとは思えない。

「油断せずにいかなきゃ」

緊張を感じつつゴーストとそう頷き合ってから、ジムの扉を開ける。

重い扉の向こうには、板間の空間が広がっていた。外からジムの建物を見た時は、それなりに大きいし中も広いのかなと思っていたけれど……いくつものトレーニング用機材や大きな格闘用のリングが置かれているせいか、そこまで広いという印象はなかった。
誰かいないだろうかと思い、辺りを見回した私は、ジムの真ん中に置かれたリングの上に女の子の姿を認めて、声をかけようと口を開く。しかし、言葉は出て来なかった。なぜなら、その子が自分の体格の倍以上はあろうかという男たち4人を相手に組み手を交わしていたことに気付いたから。

一斉に飛びかかってくる男たちを一瞥した彼女は、腰を低く落として構えを作る。そして、次の瞬間には、大の男が4人、次々と宙を舞っていた。
リングに巨体が叩きつけられた痛そうな音が次々と響く。打ち所が悪く起き上がることが出来ないらしい彼らは這うようにしてリングから降りていった。それを見た彼女は、「次ッ!」と凛々しい声で叫ぶ。すると、奥に控えていたらしい青いポケモンが暗闇から姿を現した。

あれはルカリオだ、と思った瞬間、彼は軽い身のこなしでリングに飛び込むと、その拳を女の子に向かって突き出した。危ない、と思った私の口から息がもれる。
しかし、それは杞憂だった。女の子はルカリオの拳を最小限の動きでかわすと、しなやかな上段蹴りを繰り出したのだ。
そこからは、私の目では追うことのできない攻防が続いた。

ルカリオは、素早さもあるし、力もある、とても強いポケモンだ。そんなルカリオと互角に渡り合う少女に、目を奪われた。

息をするのも忘れて彼女に見入っていると、先ほど手合わせをしていた男のうちのひとりが、私に気付いて声をかけてくれた。
彼は少し待つように言って、リングの上の女の子に声をかけた。

「スモモ殿、挑戦者です!」

目まぐるしく組み合っていた彼女とルカリオの動きがふっと止まる。
スモモと呼ばれた女の子は汗を手の甲で拭ってから、リングを降りて私の正面に立った。
ぴんと伸びた背筋に、弓なりに持ち上がった眉。しかしその下の瞳に宿る光は、どこかあどけない。歳の頃は、私と同じくらいだろうか。背もそんなに高くないし、体つきも格闘技をやっているにしては華奢だ。
この女の子のどこにあんなパワーがあるのだろう、と思いながら私は、「ナギサシティのナマエです」と自己紹介をした。

「はじめまして。あたしはジムリーダーのスモモっていいます」

普段であれば、自分と同じ年頃の女の子がジムリーダーだと聞かされて驚いたかもしれない。
しかし、先ほどまでの組み手から、彼女がこの空間で最も強い格闘家であることは明白だった。ジムリーダーであったとしてもなんの不思議もない。

スモモさんは門下生らしい男性からタオルを受け取ると、「えっと、ではナマエさん、まずはジムトレーナーと戦ってもらって、実力が充分と判断したら、あたしが挑戦を受けます」と言った。まるでポケモンリーグが配布するしおりに書いてありそうなセリフを、少したどたどしく口にする。

しかし、私はそれを聞きながら、申し訳ないことに、ジムへの挑戦とは全く別のことを考えていた。

私の頭の中にあったのは、昨日ギンガ団のビルの近くで私のことを見ていたしたっぱ団員の視線だった。ポケモンを持たない彼の、暴力も辞さないぞというあの目つき。
もしもギンガ団に深入りするのなら、私はこれからああいう人ともたくさん出会うことになるだろう。

昨日は、私には危険が大きすぎると判断して諦めた。私は小柄な女で、相手は大人の男だからだ。
でも、私と同じく小柄なスモモさんが格闘家の男の人を何人も相手にしているのを見て、思ったのだ。もしも練習して、少しでも自分を守るすべを身に付けられたら。互角に渡り合うことは出来なくても、自分の身さえきちんと守れれば、ゴーストと協力してギンガ団をもっと深く探ることが出来る。水色の髪の男のことも、なにかわかるかもしれない。

私は「まずは自分が相手だ!」と言って私の前に立ちはだかった空手王の言葉を遮って、スモモさんにこうお願いした。

「スモモさん、私に格闘技を教えてください!!」

彼女の口から「え?」という疑問符つきの言葉がもれ出る。
数秒の沈黙の後に、私の考えていることがわかっているらしいゴーストが、ひとりだけからからと高らかな笑い声をあげた。


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