倉庫街での攻防から一夜明けて、コウキくんは博士の待つマサゴへ帰るべく旅立っていった。
「気を付けてね」
「うん。ナマエちゃんも、ジム戦がんばって」
大きく手を振る彼と別れてから、訪れたトバリジム。スモモさんは私と組み合うなり「あれ、ナマエさん、なんだか今日は動きがいいですね」と、私の変化にすぐに気付いてくれた。
私は、昨夜の出来事をかいつまんで説明する。それから、「スモモさんのおかげで助かりました」とお礼を述べた。
スモモさんは、自分が教えてきたことが役に立ったことを本当に喜んでくれた。
「型はほとんどばっちりですし、実践の感覚も掴んだなら、もう大丈夫だと思います!」
格闘技は奥が深い。極めようと思えばどこまでも極めることができるのだろうが……
「目標達成ですね。ナマエさん、おめでとうございます」
身を守るための技術を身に付けるという私の目標は達成された。それを認めたスモモさんは、これ以上練習する必要はないみたいですね、と微笑んで稽古の終わりを宣言してくれた。
私はもう一度お礼を言う。それから、顔つきを改めてスモモさんに向き直った。
昨日までは、格闘技の師匠だった彼女。私は今日、ジムリーダーの彼女に挑戦をするために、ここへ来た。私に戦い方を教えてくれたスモモさんとのバトルは、きっと私に新しい強さを示してくれるだろう。
スモモさんは私の雰囲気が変わったことを敏感に察したようで、彼女の顔に浮かんでいたにこやかな笑みが、ジムリーダーらしい緊張をはらんだ表情に変わる。
「スモモさん、今度は私の挑戦、受けてもらえますか?」
「もちろんです。強くなったナマエさんとポケモンの力、ぜひ見せてください」
ジム内に散乱していたトレーニング機材や格闘リングを片付けて現れた板間の広い空間に、格闘用の巨大なマットを敷いたバトルフィールド。
そこに響いた「試合はじめ!」というジム付き審判のコールを受けて、まずスモモさんがボールを放った。
ボールから飛び出してきたのは、アサナンだ。
呼吸を整えて士気を高めるその姿に、見覚えがあった。私がスモモさんに稽古をつけてもらっている横で、ゴーストたちの特訓をしてくれていたスモモさんのポケモンたち。その中の一体が、あのアサナンだったのだ。
私は少し考えてから、コダックを繰り出すことにした。
この三日間、アサナンが主に稽古をつけてくれていたのがコダックだったからだからだ。
「コダック、アサナンに教えてもらったこと、全部ぶつけよう!」
コダックは掴み所のない表情を浮かべたまま、のんきな声で鳴く。一見すると覇気はないが、それがコダックの一番の返事だということを私は知っている。
私は「よし!」と自分に気合を入れてから、スモモさんに視線をやると「スモモさん、いきます!」と宣言した。スモモさんは口角を少し持ち上げて緊張感のある笑みを作ると、力強く頷く。そして。
「アサナン、はっけい!」
「コダック、水鉄砲!」
私とスモモさんの声が重なった。
彼女の指示を受けたアサナンが、床を音もなく蹴って一気にこちらへ近付いてきた。その身のこなしはさすがに軽やかだ。
しかし、コダックの遠距離攻撃が放たれるより先に距離を詰めることはさすがにできない。こちらに向かってくるアサナンに、まずは正面から水鉄砲が命中した……かに思えた。
私が次の指示をだそうとした瞬間、ものすごい水飛沫がフィールドの真ん中ではじけた。
驚いたのは一瞬。私は飛沫を避けるために両手を顔の前に構えながら、目を凝らす。……どうやらアサナンは、はっけいのタイミングを少しずらすことで、水鉄砲をはじきとばしたらしい。
「ナマエさん、このままじゃ水鉄砲は通じませんよ」
コダックの主力技を実質的に封じられてしまった私は、懸命に次の指示を考える。が、妙案は浮かばない。
アサナンはざあざあと雨のように降ってくる水滴の中で不敵に微笑むと、構えを作って鋭く鳴いた。そして、「もう一度はっけいです」という声と共に、コダックに向かってくる。
私はぎゅっと右手を握って気持ちをかためると、コダックにこう指示を出した。
「岩砕き!」
コダックは私の声に応えるようにきっとその双眸を鋭くすると、水かきのついた大きな足で床を蹴って、アサナンに向かってとたとたと走り始めた。
トバリに来る前の私なら、格闘タイプとの接近戦は絶対に避けていただろう。でも、今のコダックはあの頃とは違う。
アサナンがはっけいを放った瞬間、コダックは右手をぎゅっと握って岩砕きを使った。双方の攻撃はフィールドの真ん中でぶつかり、彼らの動きが止まる。
そして、次の瞬間アサナンがほとんどゼロ距離から放ったドレインパンチを、コダックはなんと最小限の動きでかわしたのだ。
「ナマエさんのコダック、いい動きになりましたね」
アサナンの攻撃が外れたにもかかわらず、スモモさんは笑っていた。彼女のその言葉を聞いたアサナンが、まるで「僕が特訓したのだから当然だ」と言うかのように高らかに鳴く。
スモモさんだけじゃない、アサナンも、私のコダックが強くなったことを喜んでくれているのだとわかった。
「スモモさんのアサナンが特訓してくれたおかげです」
さすがジムリーダーとそのポケモンだな、と思いながら「ありがとうございます」と礼を述べると、アサナンは自慢げに笑う。そして両手を広げると、コダックに向かって「さあ、僕を倒してみろ」と言うように力強く鳴いた。
「じゃあ、今度はこっちからいきます。
コダック、岩砕き、フルパワーで!」
コダックはアサナンに向かって加速しながら大きく振りかぶる。そして右の拳を勢いよく振り抜いた。
「みきり!」
その攻撃を裂くように、スモモさんの声が響いた。瞬間、アサナンの目がきらりと光る。そして、全く無駄のない動きでコダックの攻撃をかわした。
「ナマエさん、そんな大振りの動きじゃ攻撃は当てられませんよ」
「っ、それなら、ひっかく!」
今度は素早い動きでひっかくを繰り出したコダック。それはまたかわされてしまったが、しかし、先ほどの岩砕きよりも間合いが近い。
「そのまま連続でひっかいて!」
「大丈夫、かわせます。しっかり見極めてはっけいを決めましょう!」
コダックは左右の手を交互に使ってひっかく攻撃を繰り出した。はじめはぎこちなかった左右交互のひっかく動作が、繰り返されるうちにスムーズになってゆく。どうやら彼は接近戦の中で乱れひっかきを覚えたようだ。
目にもとまらぬ速さで迫ってくる爪。アサナンはそれをなんとも華麗な足さばきでかわし続けながら、時折はっけいを放つ。しかし彼の攻撃もまた、コダックには当たらなかった。アサナンがはっけいの構えを作るたび、コダックは半身引いてそれをうまくかわしたからだ。
そのまま攻撃の激しい応酬が繰り広げられた。どちらか気を抜いたほうが、相手の攻撃を正面からくらうことになるだろう。そんな極度の緊張が、バトルフィールドに満ちる。
その緊張を破ったのは、コダックだった。
アサナンが連続で繰り出してきたドレインパンチを後ろに下がりながらかわしたその時、不幸にも水かきのついた大きな足を格闘技用のマットに取られてバランスを崩してしまったのだ。
ぐらりと揺れた体の芯。それを見たスモモさんは素晴らしい反射で「今です、はっけい!」と叫んだ。
負けたな、と思った。アサナンは、このジムで、この足場で、ずっと稽古をしてきたのだ。そういう経験の差が、この結果に繋がったのだろう。
アサナンが腰を落として、右手をぐっと後ろに引く。そして、それを勢いよく前に突き出そうとした、その時。
マットに足をとられて倒れたコダックの頭が、彼よりもやや小柄なため低い位置にあったアサナンの頭に、正面からぶつかった。ごっ、という鈍い音が、ジムに響く。
それは、完全な偶然から生まれた頭突きだった。誰も予想していなかったその出来事に、ジムの中の時間が止まる。
「っ、岩砕き!!」
静止した時間の中に、私の声が大きく響いた。今までは大振りなモーションのせいで見切られてばかりだった岩砕き。当てるなら今しかない!
スモモさんは私の指示に一瞬遅れて「みきり!」と言ったが、突然の頭突きにひるんでしまったアサナンにそれは届かなかった。
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