スモモさんはゴーリキーを労ってそのボールをしまうと、最後のポケモン――切り札のルカリオを繰り出した。
「まだまだ、勝負はここからです!」
涼しい眼元でゴーストを見据えるルカリオは、まずはゴーリキーと同じように見破るを使って格闘技が当たるようにする。それから、スモモさんの「はっけい!」という声と共に一気に距離をつめると、掌底を突き出してきた。
ゴーストはここ数日の訓練の成果を遺憾なく発揮してそれを避けると、カウンターの要領でシャドーパンチをお見舞いする。
しかし、ルカリオもそれを難なく見切り、今度はメタルクローを使ってきた。
鋭い鋼の爪がゴーストの鼻先をかすめてゆく。なんとかメタルクローを躱したゴーストに、私はしっぺ返しを指示した。今度こそ、と思ったそれも残念ながらすんでのところで躱されてしまい、代わりにスモモさんの声と共に電光石火が飛んでくる。
この距離からの電光石火はさすがに避けきれない。なら、
「受け止めて!」
どうせ躱せないのなら、下手に攻撃を受けてリズムやバランスを崩されるよりも、正面から受け止めてしまった方がまだ勝ちに繋がると思った。
ゴーストは私の指示に短い返事を寄越してから、青い軌跡を描きながら迫ってくるルカリオに向き直る。そして、少しだけ体を引いて攻撃を受け止める体勢を取った。
電光石火が決まる。体と体がぶつかった鈍い音が響いて、一陣の風がジム内を駆け抜けた。
軍配は、ゴーストに上がった。ゴーストはルカリオの電光石火を正面から受けると、その衝撃を見事にこらえ、両手を使ってその肩をぐっと捕まえたのだ。相手の体の自由が一瞬奪われる。
ゴーストの背中が次の指示を待っていた。格闘術に長けたルカリオのことだ、あまり長い間拘束されてはくれないだろう。あれこれ思考している暇はない、私は思い浮かんだ作戦を即座に口にした。
「舌で舐める!」
身を捩って拘束を抜けようとするルカリオを、ゴーストが正面からべろりと舐めあげる。と同時にゴーストの腕から逃れたルカリオ。彼は舐められたことに顔をしかめながら、少し距離を取って体勢を立て直した。
そして、スモモさんの「ルカリオ、もう一度はっけいです!」というかけ声と共にもう一度接近戦をはじめようとしたのだが。
その瞬間、ルカリオの体の動きが、ぴたりと止まった。
スモモさんとルカリオの顔に、驚きが走る。
「麻痺、ですか……!」
スモモさんの感嘆の混じったその声に、私は大きく頷いた。
先程の一世一代のチャンスの場面で放った舌で舐める。技の追加効果は、麻痺。
「あそこでわざわざ舌で舐めるを選んだのは、このためだったんですね」
あの局面でダメージを与えることだけを考えれば、おそらくナイトヘッドが最良の手だった。しかし、そこで倒しきることが出来なければ、またルカリオ得意の接近戦に持ち込まれてしまう。
ならば、イチかバチか舌で舐めるによる麻痺の発生にかけることにしたのだ。相手に痺れがある状態でなら、接近戦でも勝機はある。相手が接近戦を嫌うなら、ゴースト得意の中距離での戦闘に持ち込める。
私の起死回生の策に、スモモさんは素直に感心してくれた。
「ルカリオとの接近戦をうまく躱してチャンスをつくり、運も味方につけて自分の得意な戦法に持ち込んだわけですね。お見事です!」
即座の分析も交えてそう言った彼女は、「でも、」と言いながら腰を落として格闘技の構えを取ると、口角をきゅっと持ち上げて力強い笑みを作り、こう続けた。
「ルカリオが得意なのは接近戦だけではありませんよ!」
スモモさんのその言葉を受けて、ルカリオは両手を前に突き出した。そして、その手にまばゆく輝くエネルギーの塊を形成する。あれはおそらく、波動弾だ。ルカリオの得意な、波動を使った格闘タイプの間接技。
「ゴースト、シャドーボール!」
私の声を聞くが早いか、彼は両手を構えてその間に闇色の球体を形成した。
ルカリオの波動弾と、ゴーストのシャドーボール。ほとんど時を同じくして放たれた双方の得意技が、フィールドの真ん中でぶつかる。
互いのエネルギーを飲みこみ合って腫れ上がったそれが、一気に爆発する。轟音と猛烈な煙があたりを覆った刹那、
「ボーンラッシュです!」というスモモさんの声が、爆発の向こうからかすかに聞こえてきた。
麻痺もあるし、爆煙のせいで視界も悪い。この状況で当てずっぽうに攻撃をしかけても当たるわけがない、と一瞬思ったが、私はすぐにルカリオが波動を使いこなすことを思いだした。こんな煙、ルカリオにとってはあってなきに等しいのだとしたら。
「シャドーボールっ」
万が一を想定した私の声を受けて彼が力を溜めはじめた刹那、やはり波動によってゴーストの位置を的確に把握していたらしいルカリオが、煙幕を裂いて現れた。
骨の形をしたエネルギー体を杖術の要領で打ち出してきたルカリオ。ゴーストはとっさに形成途中のシャドーボールを杖と体の間に放って、攻撃の衝撃を和らげた。
5メートルほど後ろに吹き飛ばされたゴーストの背中に、「大丈夫!?」と問いかける。彼はこちらを振り返ることなくルカリオを見つめたまま、小さく頷いた。
ルカリオは杖を構え直してから、ゴーストに「よくしのいだな」と言うように低く鳴いてみせる。ゴーストはそれに「当然だ」と言いたげな不敵な笑みを作って答えた。
「ルカリオ、そのまま追撃です!」
「ゴースト、シャドーパンチ!」
ルカリオは痺れに顔をしかめながらも距離をつめると、骨の杖を勢いよくこちらに突き出してくる。その気迫はさすがとしか言いようがない。
しかしゴーストもそれに負けない気迫をまとって、ルカリオの正面に躍り出る。そして、向かってくる杖の先端にひるむことなく左手の甲で杖の側面を弾いて、その軌道を僅かに逸らしてみせた。がら空きになったルカリオの胴体に、ゴーストの右の拳がヒットする。今度はルカリオの体が後ろに吹き飛ばされた。
「今よ、恩返し!」
「ルカリオ! はっけいで迎え撃って!」
ルカリオはスモモさんの指示に懸命に応えようとする。しかし、ダメージと麻痺が重なったせいか、ルカリオの体は動かなかった。
助走のためにふわりと宙に浮かんだゴーストは、ごく静かな眼差しでルカリオを見下ろす。一瞬だけ交わった彼らの視線。ゴーストが何かを伝えるように低く鳴いた刹那、彼の体が白い光に包まれた。そして、全身全霊の力でルカリオに向かって急降下していった。
恩返しが綺麗に決まり、審判がゴーストの勝利を宣言した。私はバトルの様子をじっと見ていたヨマワルをひと撫でしてボールに収めてから、スモモさんからコボルバッジを受け取った。よっつの四角形がぴったりと合わさったそれを、バッジケースにあった正方形のくぼみに納める。
スモモさんは晴れ晴れとした笑顔で私を祝福してくれた。
「ナマエさんとバトルできてよかったです。ありがとうございました」
たとえ負けても相手に敬意を表する清々しい態度は、格闘家にふさわしい。私はジムリーダーであり、かつ格闘術の師でもあるスモモさんに倣って大きくお辞儀をして、「こちらこそ、ありがとうございました」とお礼の気持ちを口にした。
「スモモさんに教えてもらったことを活かして、これからも精進します!」
「あたしも、ジムリーダーとしてより多くのトレーナーを導けるよう、もっともっと努力します。お互い頑張りましょう!」
そう言って出されたスモモさんの右手に、私は自分の右手を重ねてぎゅっと握る。私と同じくらいの大きさの手には、私のそれと違って硬いマメがいくつもあり、厳しい稽古に励んできた彼女の日々を感じさせた。
スモモさんのような、向上心を忘れない人になろう。ゴーストたちのために、なにより、私自身のために。私はそう思いながら、彼女の言葉に力強く頷いた。
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