スモモさんとの最後の帰路は、今まででいちばん話が弾んだ。
先ほどのバトルとお互いのポケモンについて話していると、私もスモモさんも息をつく暇がないくらいどんどん言葉が出てきたのだ。
とっても強い格闘家かつジムリーダーという立場もあって、礼儀正しくしっかりしたイメージのあるスモモさんだが、こうして笑顔で話をしている彼女を見ると、やっぱり私と同い年の女の子なんだなあ、と思う。
強くて、優しくて、そしてとっても可愛らしいスモモさんに改めて尊敬の念を抱いたその時、
「おーい、スモモ!」
と彼女を呼ぶ声が、夕焼け時の大通りに響いた。
低い男性の声。私はジムトレーナーのうちの誰かだろうか、と思いながら声のした方を振り返る。
道の向こうにいたのは、少しお腹の出た中年男性だった。トバリジムに、あんな体型の人はいない。誰だろう、と思った私の隣で、スモモさんは彼のことをこう呼んだ。
「お父さん、」
お父さん、と呼ばれた男性はそのまま道路を横断して、こちらに悠々と歩いてきた。
彼の手には、『トバリゲームコーナー』と書かれたビニール袋が握られている。彼はそれを少し持ち上げてにかっと笑うと、中から何かを取り出して、それをスモモさんめがけてぽんっと放った。チョコレートだった。
「今日は勝ったぞー」
最小限の動きでチョコレートをキャッチしたスモモさんに、お父さんは上機嫌そのものの声でそう言った。それを聞いたスモモさんは一瞬なんとも言えない難しい表情を浮かべたのだが、すぐにいつもの柔らかい笑みに戻って「おめでとう」と言う。
それから、こちらへゆっくりと歩み寄ってくる父の方へ駆けてゆく。
濃いオレンジ色の光を浴びながら、彼らは親子の会話を交わす。上機嫌な父と、その様子に喜びつつも少しギャンブルを控えるように言う娘。
夕暮れに並ぶふたつの影は、唐突にデンジのことを思い出させた。日暮れの早い時期になると、彼はよく私を迎えに来てくれたのだ。
ナギサの夕暮れの中を彼とふたりで歩いた記憶が、ぼんやりとよみがえってくる。……あの時私は、デンジと何を話したんだっけ。
「ナマエさん、今日はありがとうございました!」
夕暮れの向こうから、私に手を振るスモモさんの声が聞こえてくる。彼女の向こうに見えるお父さんは、娘を負かした私に上機嫌そうな声で「まあ、これからもしっかりね」と言うと、自宅へと歩き始めた。
私が手を振り返すと、スモモさんは今まででいちばんはっきりした笑顔で「では!」と言って、父親を追って夕闇の向こうへ消えていった。
石の街に残された私を気遣うように、ゴーストがそっと寄り添ってくる。あの頃デンジがそうしてくれていたように、ゴーストは私の歩調に合わせてゆっくりと私の隣を歩いてくれた。
ポケモンセンターに戻った私は、ジム戦で活躍してくれた三体をジョーイさんに預けてから、本当に久しぶりに公衆電話の前に立った。
デンジと最後に電話をしたのは、確か二週間ほど前だ。あの時交わした口論と、最後に画面に映っていた彼の私を突き放すような冷たい眼差しがよみがえる。
あの時は、私のことを全然わかってくれないデンジに腹を立ててしまったけれど……少し時間をおいた今ならわかる。間違っていたのは私の方だった。私が彼のことを何もわからないまま、わかろうともしないまま、腹を立てていたのだ。
デンジには子供だとなじられたが、本当に、彼の言う通りだ。私は相手のことが考えられない子供だった。
もちろん、私のことを信じてくれていないことについて、全くもやもやしていないと言ったら嘘になるけれど、でも、ずっとこのままでいることの方がきっともっともやもやする。
今日、スモモさんとお父さんを見て、思ったのだ。少し文句なんか言うこともあるけれど、それでもふたりは一緒に夕暮れの中を歩いて帰るように、私とデンジも家族なのだ。今さら関係を断つことなんて、できないし、したくない。
私は心を落ち着けるように深呼吸をしてから、自宅の番号を押した。
第一声は何と言うのがいちばんなのか考えながら、心静かに待つ。
――しかし、いくら待ってもコール音が始まらなかった。
この電話機が故障しているのかな。そう思った私は、隣の電話機で再度電話をかけてみたが、やはりコール音が鳴らない。
試しに、有名な時報の番号をプッシュすると、短いコール音の後に、無機質な電子音と女性の声が聞こえてきた。どうやら、電話が故障しているわけではないらしい。
私は時報を切って、もう一度自宅へ電話をかける。……しかし、やっぱり繋がらない。
私は受話器を置いて電話機の前に立ち尽くした。一体、何がどうなっているのだろう。デンジが電話に出ないのではなく、電話自体が彼のところにだけかからない、なんて。
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