翌朝、私はジョーイさんからポケモンを受け取ると、挨拶もそこそこにすぐにポケモンセンターを出た。そのまま脇目もふらず、南へずんずん歩いてゆく。
いつもと違う様子の私に疑問を感じたらしいゴーストが怪訝そうな声をあげる。私は足を止めることなく、彼にこう説明した。

「214番道路を抜けて、そのままナギサに行くからね」

一晩悩んだ結果、私は一旦旅を中止してナギサに帰ることにしたのだった。トバリの北の高台に建つギンガ団のビルをはじめ、まだまだ行きたい所はあったが、私はそれよりも帰郷を優先することにした。
電話に出ないならまだしも、電話がかからないなんて、おかしい。なにかあったに違いない。
これまでは、デンジに帰ってこいと言われる度に反発していたけれど、今ならわかる。私が旅に出られたのは、デンジのおかげなのだ。彼になにかがあったかもしれない状況でデンジのことをほったらかして旅を続けるなんて、私にはできない。

前だけを見て足早に歩いていると、丁度曲がり角にあった電柱からひとりの男がひらりと飛び出してきた。
あ、と思った瞬間、私はなすすべなくその男とぶつかり、早足だった勢いもあって、派手に尻もちをついてしまった。鈍い痛みをおしりに感じながら、飛び出してきた男を見上げる。痛みに加えて、少しでも早くナギサに帰りたいのに邪魔をされてしまった苛立ちから、私の眉間に皺が刻まれた瞬間。

「どうした、そんな余裕のない顔をして。君らしくないじゃないか」

そんな飄々とした声が、頭上から降ってきた。聞き覚えのある声。

「あ、」

ハンサムさんだった。彼はトレンチコートの裾をばさりとはためかせてポーズを決めると、邪気のない笑みを浮かべてこちらに右手を差し出した。私の手を取って、助け起こしてくれる。
知人を睨みつけてしまったバツの悪さを感じながら「すみません」と謝ると、彼は私の背中をぽんっと叩き「なに、誰だって急ぐことはあるさ。とくに若人ならなおさらだ」と言って豪快に笑った。どうやら、私の謝罪をぶつかったことに対するものだと思ったらしい。
私がその間違いを正すべきかどうか迷ったのは一瞬だった。私が行動を決めるより早く、ハンサムさんがまたトレンチコートをばさりとやって、ポケットに両手を入れながら「だが、」と続けたのだ。

「急いでいる時こそ冷静さを忘れてはいけないぞ」

少し苛立っていた私をなだめるために落ち着いた声で、しかし私が罪悪感を覚えてしまわないようにややおどけて、「これは人生の先輩としての助言だ」と言ってくれたハンサムさん。
私は彼の言葉を受けて、ゆっくりと一度深呼吸をした。朝方のひやりとした空気が肺に満ちる。焦りから熱っぽくなっていた頭の真ん中がすっと落ち着いた気がした。

彼のおかげでいつもの調子を取り戻した私は、彼の気遣いに感謝しながら「はい」と頷いた。それを見たゴーストが、私の横で安心したようにほっと息をつく。……どうやら私は、ハンサムさんだけでなくゴーストにも心配をかけていたらしい。
しっかりしないと、と思いながら鋭く息を吐くと、私の気持ちを察したらしいハンサムさんはふっと笑う。それからポケットの中から何かを取り出し、こちらに差し出した。

「わかってくれたようだね。そんな君に、これを進呈しよう!」

受け取ったそれは、空を飛ぶの秘伝マシンだった。想像以上に高価な品物だったことにはっとした私がハンサムさんに視線を投げかけると、彼はこの秘伝マシンは先日コウキくんと私が教えたギンガ団の倉庫の中から見つかったものだということを教えてくれた。

「これは君たちの協力がなければ見つからなかったものだ。だから私よりも君が持っておくべきだと思ってね」

意志の強い瞳に押され、私がそれを鞄にしまうと、ハンサムさんは満足げに頷いた。

「君のより一層の活躍、期待しているよ!」
「……はい。秘伝マシンと、それからさっきの助言も、ありがとうございました」

ハンサムさんに託されたいろんなものに報いられるように頑張ろう。そう思いながらお辞儀をした。
ハンサムさんは「では、また!」と高らかに言い残すと、さっと踵を返して街の中心へ風のように去っていった。

「……ゴースト、」

ハンサムさんの背中が見えなくなるまで見送ってから、私は相棒の方に向き直る。辺りを漂っていた彼は私の意図を察したようにこちらに寄ってくると、私の目線の高さにその体を落ち着けた。

「あのね、私の故郷にいる家族と、どうしてだか連絡がとれなくなっちゃったの。だから、家族が無事か確かめに、少しでも早くナギサに帰りたいの」

そうだったのか、と言うように、ゴーストが低く鳴く。

「さっきは説明もしないで急いでて、ごめんね。
……私と一緒に、ナギサに行ってくれる?」

そのお願いに、ゴーストは力強く頷いてくれた。

「ありがとう」

一緒に行ってくれて。
それから、あなたに何も言わずに突き進んだ未熟な私を許してくれて。

私のお礼にもう一度頷いた彼は、それから私の背後に回ると、私の背中をぐいっと押した。お礼なんかいいから早く行こう、そう言ってくれているのだと思った。

私はまたも湧き上がってきた感謝の気持ちをそっと胸の奥にしまうと、「うん、行こう!」と言って、止めていた足をナギサに向けて大きく踏み出した。


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