トバリシティの南に伸びる214番道路は、西側を険しい岩肌の岩山に、東側を鬱蒼とした森にはさまれた、細々とした道だった。息を吸い込むと、土と枯葉の混じったような独特のにおいが鼻腔に満ちる。

トバリシティといえば、デパートやゲームコーナーがある、シンオウの大都市のひとつだ。なのに、そこに通じる道路がこんなに細々としていることに、私は小さくない驚きを覚えた。
だって、こんな草が鬱蒼と茂る小道では、デパートやゲームコーナーに必要な大量の品物を運べないのではないだろうか?

私はそう考えて首を傾げたのだが、ふと、コウキくんと訪れたトバリの北側の倉庫街を思い出して、私の心配が杞憂であったことにすぐに気がついた。
トバリの北には、物流用の港がある。デパートやゲームコーナーの品物は、全部海路によって運ばれていたのだ。それならば、214番道路に鬱蒼と茂る草むらにも納得がいく。

私は大きく頷くと、ゴーストと目配せをして、歩き始めた。普段であれば、新しい道を歩くときは野生のポケモンを探したり、池や森を覗いてみたりと、たくさんの寄り道をするのだが、今はそんなことをしている余裕はない。少しでも早くナギサに帰れるよう、まっすぐに歩いてゆく。
時折出会ったトレーナーにもバトルを挑まれたが、事情を説明して謝ると、みんな先を急ぐように言ってくれた。私は彼らと、それから立ちはだかる野生のポケモンを素早く追い払ってくれるゴーストに感謝しながら、とにかく歩き続けた。




右手にそびえていた岩山が次第に低くなり、その景色が静かな森に変わってゆく。なおも歩を進めてゆくと、ずっと感じていたシンオウの寒さが、だんだんと強くなってきた。

リッシ湖に差しかかったんだ。私は足を止めることなく右手に茂る森を見やる。
ナギサの街から出たことのない私だが、故郷の近くにあるこの湖のことはよく知っていた。

リッシ湖はシンオウ地方にみっつある有名な湖のひとつで、他の二か所と違って近くに大きな宿泊施設があるため気軽に訪れることが出来る人気の観光スポットになっている。
小学校の頃、クラスの友達でリッシ湖へ家族旅行に行った子が、リッシ湖の空撮写真を使った絵葉書を持ってきて見せてくれたのをよく覚えている。太陽の光を反射して青く輝く美しい湖だった。あの頃から、いつか行ってみたいな、と思っていた。

……でも、今はまだおあずけだな。
私は森にぽっかりと開いたリッシ湖へ続く小道を一瞥してから、ほうっと息を吐いた。今はデンジのところへ行く方が先だ。湖には、また今度来よう。

湖から流れてくる冷気のせいか、私の口から漏れる息が白い。しかし、その冷気は決して身を縮こませるようなものではなかった。むしろ、歩き通しでほてった体を優しく労わるような、それでいて私のことを励ましてくれるような、そんな寒さだった。
私は気合を入れ直すように鋭く息を吐いてから、日の傾き始めたリッシ湖のほとりを進んでいった。




214番道路の最南端、ナギサへ続く222番道路への曲がり道にたどり着いたのは、海を臨む高台に建つ白壁のホテル群が美しいオレンジ色に染まり始める頃だった。
私はポケッチで時間を確認しながら、222番道路へ進んでいく。日が暮れるまでは、まだ少し時間がありそうだ。このまま進めるところまで進んでから、テントの準備をしよう。そう思いながら、土の道に踏み出そうとした時だった。

「きみ、きみ! そっちは今、通行止めだよ!」

そんな大きな声が、私を呼び止めた。声のした方を振り返る。視線の先にいたのは、紺色の作業服を着た小太りの男性だった。彼はこちらに駆け寄ってくると、乱れた息を落ち着ける。そして、私が222番道路に行けないように自らの体をバリケードのように使って私の行く手を阻むと、こう言った。

「ナギサシティではこのあいだすごーい停電があってね、街への出入りが規制されてるんだ」

聞けば、ジムリーダーがジム改造で電気を使いすぎて、発電施設をパンクさせてしまったらしい。混乱を避けるため、施設が復旧するまで街には工事や物流の関係者しか立ち入ることが出来ないのだという。

「今はナギサのジムリーダーと作業員で復旧工事をしてるから、街に行きたかったらそれが終わってからまた来てくれ」

それを聞いた私の体から、今までずっと感じていた緊張がふっと消えた。電話が繋がらなかったのは、停電のせいだったんだ。デンジになにかあったわけじゃなかった。本当によかった。

私は作業員のおじさんに一礼してから、その場を後にする。暮れ始めていた夕日はいつの間にかすっかりその色を濃くして、白いホテル・グランドレイクを鮮やかなオレンジ色に染めていた。見晴らしのよい高台の一角で、私たちは思わず足を止めてその情景に見入る。
せっかくここまで来たのにデンジに会えないのは、少しだけ寂しいけれど、でも彼の無事がわかったし、美しいグランドレイクの夕暮れを見ることができたから、今はこれで良しとしよう。

私はここまで私を連れてきてくれたゴーストにお礼を言った。すると彼は、このくらい当然さ、と言うように軽く一声鳴いてから、ふわりと飛び上がる。そして、数メートル先に進んでから、こちらを振り返った。そうだね、辺りが真っ暗になってしまう前に、テントを張る場所を探さないと。

私は、気を抜いた途端に疲れを訴えはじめた脚をなんとか動かして、もう一度歩き始める。もうすっかりくたくたで、明日からの予定もろくに考えられていないけれど、とにかくまずは今夜を安全に明すことを考えよう。
デンジがナギサの電源を修理し終わって、もう一度会えるその時に、万が一のなにかがあって私がいない、なんてことがないように。


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