海釣りを楽しんでいた釣り人さんたちとバトルをしながら213番道路を海沿いに進んでゆくと、次第に道が北寄りに進路を変え始めた。だんだん海は見えなくなって、代わりに鬱蒼とした広葉樹の林が姿を現す。タウンマップによると、林を抜けるとすぐそこがノモセシティらしい。
今日は海でみんなと遊んだせいで、かなり時間を使ってしまった。日没まであと少し。私は疲れた足を動かして、夕暮れの中をノモセシティへと急いだ。




結局私がノモセシティについたのは、8時を過ぎた頃だった。
日が暮れてかなり時間が経っているが、ノモセの夜は他の街と違って冷え込みがあまり厳しくない。私がそのことをジョーイさんに尋ねると、彼女はにこりと笑って「ノモセシティには、いつも南の海から湿った暖かい風が吹いているんです。だから冬でもマイナス5度以下にはならないし、雨もよく降るんですよ」と教えてくれた。

「たくさんの雨と保水性の高い独特の地質で、この辺りは広大な湿地帯になっています。
サファリゾーンはノモセの目玉で、湿地とそこに生息するポケモンのことがよくわかりますよ」

湿地のポケモンと聞いて私の目がきらりと輝いた刹那、ジョーイさんはそんな私の興奮をおさえるような穏やかな声でこう言った、「さあ、今日はよく寝て、明日ノモセの街をしっかり探検してくださいね」

こう優しく諭されては、はいと言う他ない。私は明日の楽しみに胸を膨らませながら、今日のところは大人しく眠りについた。




翌朝、私はポケモンセンターの屋根を叩く雨の音で目を覚ました。
カーテンを開けて、外を見る。昨晩のジョーイさんの言葉通り、ノモセシティは雨模様だった。自然の豊かな街並みに、湿地帯を潤す大粒の雨がしとしとと降り注いでいる。
湿地帯の中に位置するノモセは全体的に水はけが悪いようで、道のあちこちに大きな水たまりが出来ていた。もしもこのまま雨が上がらなかったら、水たまりはどんどん大きくなって、しまいには街中が水浸しになってしまうのではないだろうか。私は少し心配になりながら外の様子を見守っていたのだが、それは杞憂だったようで、人々の活動が本格的に始まる頃には雨は弱まり、やがて空は綺麗に晴れ上がった。

私は手早く身支度を整えると、青空に誘われるように外に飛び出した。
まず感じたのは、雨上がりのにおい。コンクリートやアスファルト、それからソーラーパネルのような人工物で整えられたナギサの雨後とは全く違う、もっとしっとりとしていてみずみずしい雨と土のにおいが鼻腔をくすぐった。
これが湿地の街のにおいなんだなあ、と思いながら、街を歩く。芝のような植物が薄く生えているだけで特に舗装されていない足元には、あちこちに水たまりが出来ていた。靴を濡らしてしまわないよう気を付けてもたもた歩く私の横を、ゴーストは涼しい顔をしてすいっと飛んでゆく。
私が「ゴーストはいいなあ、飛べて」と羨ましげな声で言うと、彼はけたけたと笑ってから、まあがんばれと言うように私の背中をぽんっと叩くジェスチャーをしてくれた。

何度もゴーストに待ってもらいながら北へ進むこと1時間。街を取り囲む森の一角に、私たちの目的地が見えてきた。
街と森の境目に位置した、ドーム状の屋根のあるレンガ造りの建物。『ノモセ大湿原 展望台ゲート』と書かれた看板がその脇に出ているのを見て、私は小さく一度頷いた。うん、ここで間違いない。

昨夜ジョーイさんが言っていた、湿地のサファリゾーンの受付がここにあるのだという。
ぐるりと辺りを見渡すと、ゲートのすぐそばにグレッグルの描かれた顔出し看板が設置されているのが目に飛び込んできた。なんとも愛らしいその風貌に「わあ!」と声をあげると、通りがかったお姉さんが、グレッグルはノモセのシンボルポケモンであることと、主に大湿原に生息しているのでサファリゾーンでグレッグルをつかまえられることを、人懐っこい笑みを浮かべて教えてくれた。
お姉さんにお礼を述べてから、私は顔出し看板に向き直る。看板の醸し出すいかにも観光地らしい楽しげな雰囲気にあてられて、私は試しに看板の穴から顔を出してみることにした。

「……どう?」

看板の向こうからこちらを見つめていたゴーストに、そう尋ねる。
彼はしばしの沈黙の後、私からふっと視線を逸らすことで、私の問いに答えた。どうやら、あまり彼のお気には召さなかったらしい。
私は少し苦い笑みを浮かべながら看板から離れて(少しくらいお世辞を言ってくれてもいいんじゃない? と思わないでもないが、それを彼に望んだところで私の満足する返答がないことは分かりきっている。だって彼は、私を困らせて楽しむゴーストポケモンなのだから)、「じゃ、行こっか」と言いながら彼の方を振り返る。

そんな私の目に飛び込んできたのは、愛らしいポーズをしたグレッグルの看板と、その顔の部分からこちらを見つめる、憎らしいくらいに飄々とした笑顔だった。
彼は「どう?」と言うかのように軽やかに鳴いて、その笑みを深くして見せる。……もしかして、さっき私に対して素っ気ない態度をとったのは、私を看板からどかせて自分が看板を楽しむためだったの?

「私、まんまとあなたの思惑にはまっちゃったみたいね」

私は努めて悔しそうにそう言うことで彼の動揺を誘って、せめてもの仕返しをしようと思ったのだけれど、自分の口からこぼれたその声は、どうしようもない楽しさを滲ませてしまっていた。
それも、そうか。だって、愛らしいポーズのグレッグルの看板が、私の大好きな笑顔でからからと笑っているのだ。これを見て、悔しそうな演技なんてできるわけがない。
私は観念して笑うことにした。ゴーストに負けないくらい大きく口を開けて笑うと、騙されたことすらも楽しい思い出に変わってゆく。私はその感情をしっかりと楽しんでから、「さ、」と彼に声をかけた。

「グレッグルに会いに、サファリゾーンに行こう!」


[ 121/209]



ALICE+