先に動いたのは、ヌオーだった。
「水の波動!」というマキシマム仮面さんの声に合わせて、ヌオーは両手を構えて気を集める。そして一呼吸の後、その手に形成された涼しげなエネルギー体が弾け、水の波動となって周囲を駆け巡った。
「波動をよく見て!」
ロトムは自分に向かってくる波動を引き付けながら、それをつぶさに観察する。攻撃が広がるにつれて長くなっていく水の波長。ロトムは呼吸を整えると、鋭い電撃を一点に集中させて放った。すると、水の波動は電気にその波長を乱されてしまい、その一点から崩れていく。
その不意をついてロトムはヌオーに接近した。体を覆うプラズマの膜に電気を迸らせて、攻撃の準備は万端だ。私は彼に指示を出そうとして――そうしてはじめて、ロトムの主力技がすべて電気タイプだということに気付いた。
私は慌てて「お、驚かす攻撃!」とヌオーにも効果のある攻撃技を指示したが、そもそも真正面からこれだけ距離を詰めていては、驚かすもなにもあったものではない。攻撃は不発に終わり、ヌオーはその隙に水中へと姿を消してしまった。
粘膜に覆われたヌオーの体は、水上から見るとたゆたう水に溶け込んでしまっているようで、ロトムはヌオーがどこにいるのか見つけられない。一方、ヌオーからは自分を探すロトムの姿がよく見えるのだろう。マキシマム仮面さんの「マッドショットだ!」という声に合わせて的確に攻撃が飛んできた。
ロトムは持ち前の瞬発力で攻撃を避けることに成功したが、状況は明らかに私たちにとって不利だった。ヌオーは、私たちがなにか光明を見付けない限り何度でも、安全な場所から攻撃が出来るのだ。いずれ避けきれずに攻撃が当たることは想像に難くない。
「さっきの威勢はどうした? それとも、降参するか!?」
そうこうしているうちに、二度目のマッドショットが飛んできた。ロトムは泥の塊の勢いを少しでも弱めようと電撃波をそれにぶつけてみたが、電撃は地面タイプの攻撃に吸収されてしまって全く意味をなさなかった。泥の塊がロトムの右頬をかすめる。……このままでは、本当に時間の問題だ。
そう思った私の脳裏に、ひとつのひらめきが走った。
いや、ひらめきと言うほど確固たるものではなかった。とにかく、さっきの電撃がマッドショットに完全に吸収されてしまったのを見て、もしかしたら、と思ったのだ。
「ロトム! 最大パワーの電撃波をプールに打ち込んで!」
バトルの行く末を見守っていたジムトレーナーたちの間から、無駄なことを、と言いたげな失笑が漏れた。けれど、マキシマム仮面さんだけは私の奇策を無駄だと一蹴することはしなかった。
「ほう? それで、どうするつもりだ!?」
私が何を企んでるかわかっていないにも関わらずどこか楽しげな声でそう言って、彼はことの成り行きを見守る。
ロトムは、私の指示をしっかり守ってくれた。できる限り力を溜めて、最大パワーの電撃波をプールに向かって打ち出す。水は電気を通すから、電撃は水面を伝って一気にプール全体に広がってゆく。迸る電撃が、広いプールの表面でエネルギーを発散させるように光り輝く。
――その中に、ただ一点、電光の輝きのない穴がぽっかりとあいている箇所があった。マキシマム仮面さんが、「なるほどな」と言って冷や汗の浮かんだ顔を引きつらせるようにして笑う。
マッドショットが電撃を吸収したのを見て、もしかしてと思ったのだ。
ヌオーが電撃を無効化してしまうのなら、彼のいる所だけ電撃が消えてしまうことはないだろうか。それは確証のない賭けみたいなものだったが、とにかく、私たちは賭けに勝ったのだ。
突如として電撃がまたたいたせいで、ヌオーからこちらは眩しくて何も見えていないに違いない。
私はロトムに影分身をしてから穴にめがけて突っ込むよう、ほとんど叫ぶようにして伝える。すぐに例の穴を中心にいくつもの水柱が上がった。目の前に突然沢山の敵が現れて、ヌオーがどう思ったかは想像に難くない。
「ヌオー! 上がれ! 早くッ!」
「今度こそ、驚かす攻撃!」
沢山の分身が一斉に激しく明滅する。その光はプールの水の中で何度も何度も乱反射して極限まで増幅された。ジムの天井を突き破るのではないかというほどの光が引いたプールには、あまりの閃光に目を回したヌオーがぷかりと浮いていた。
マキシマム仮面さんはヌオーをボールに戻すと、彼のことを力強く労ってから私とロトムに向かってこう言った。
「今の、いい攻撃だったな!
力を力で抑え込む。俺が目指すストロングスタイルの闘い方だ」
ストロングスタイル、という言葉の意味を掴み損ねた私がそれを小さく反復すると、マキシマム仮面さんは愉快そうに笑った。
「言葉の意味なんかわからなくてもいい。そもそも、格闘技の精神を理屈で説明することほど無粋なこともないからな」
事も無げにそう言った彼は、「せっかくの機会だ!」と声を張り上げて最後のボールを取り出した。
「ストロングスタイルのなんたるか、俺様が教えてやろう!!」
ボールから現れたのは、フローゼルだった。マキシマム仮面さんによく似た、自信に満ちた不敵な笑みを浮かべた彼。その口元から、鋭利な牙が覗いている。
私はそれにひるむことなく、ロトムに電撃波を指示した。素早い電光がフローゼルに迫る。
私は、フローゼルはその素早い身のこなしを活かして電撃を躱すものだとばかり思っていた。しかし、フローゼルはそうしなかった。その場を動かずに、電撃を正面から受け止めてみせたのだ。どうやらフローゼルは腹から胸、そして背中にかけて広がる浮袋を大きく膨らませて、電撃のショックを和らげたようだ。多少のダメージはあるものの、足取りはひどく安定している。
ロトムはもう一度、渾身の電撃波を放ったが、これもフローゼルに受け切られてしまった。電撃の切れ目をついて、フローゼルは一気に距離を詰めてきた。あれは、おそらくアクアジェットだろう。勢いのままロトムを弾き飛ばし、着地した先で今度は潮水を使った。
私はたまらずロトムをボールに収める。次の瞬間、ロトムがいた場所にプールの水が、大瀑布のように降り注いだ。
水が叩きつける轟音の中に、マキシマム仮面さんの太い声が響き渡る。
「さあ! まだまだ本番はこれからだ!!!」
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