タイプ相性で最も有利なロトムをあっさり破ったフローゼルは、さっさと最後の相手を出せと言うように短く鳴いて、私のことを真っ直ぐに見つめてくる。
自信に満ち溢れた誇り高い眼差し。私はそれを見つめ返しながら、最後のボールを抜き出し、放った。

「最後はこの子です!」

フローゼルとマキシマム仮面さんに声高に宣言する。ボールの光を散らして現れたのは、コダックだった。ノモセのジムリーダーが水タイプの使い手だと知ったときから、大将の相手はコダックと決めていた。私の仲間の中で唯一の水ポケモン。彼こそ、トリを飾るにふさわしい。

私のその意図を察したのか、マキシマム仮面さんが露わになっている口元に鮮やかな笑みを形作る。彼と同期しているかのように、フローゼルの口元にもまた不敵な笑みが浮かんでいた。
コダックは彼らのむき出しの闘志を理解しているのかいないのか、なんとも言えない表情を浮かべたまま、暢気な声で鳴く。――それが、開戦の合図になった。

「フローゼル、水鉄砲!」
「コダック、水鉄砲!」

まずは小手調べをするかのように、私とマキシマム仮面さんの声が重なった。
ほとんど時を同じくして吐き出された水鉄砲は、二体の真ん中でぶつかり合って、勢いよく弾け飛ぶ。ジム内に、雨が降る。……どうやら、水鉄砲の威力は互角らしい。それならば。

「コダック、乱れひっかきよ!」

体が小さいぶん、コダックは小回りが利く。身のこなしも、スモモさんのおかげでとても軽い。乱れひっかきで相手を翻弄して、隙が出来たところで岩砕き。それは、私とコダックにとって定石ともいえる攻撃パターンだったし、たとえジムリーダーのフローゼル相手でも身のこなしで負けない自信があった。
コダックは、まっすぐフローゼルに向かってゆく。そして。

フローゼルはロトムの電撃波を受け止めたときのように浮袋を膨らませる。コダックの爪はその浮袋に当たったが、その弾力によって小さな体は弾き飛ばされてしまったのだった。
弾き飛ばされたコダック目がけて、フローゼルはアクアジェットを使った。水飛沫を上げて、コダックにみるみる近付いてくる。マキシマム仮面さんの得意げな笑い声が響いた。

「言っただろう! 俺様のポケモンは、全ての攻撃を受け止めて、その上で勝利する!!」

その時、マキシマム仮面さんの言っていた『ストロングスタイル』という言葉の意味が、ようやく分かった気がした。
ストロングスタイルでは、たぶん相手の攻撃をいたずらに避けたりしないのだ。まずは相手の攻撃を正面から受けて、その強さをしっかり認める。そして、強靭な体でもってその攻撃に耐え、強い相手を更なる力でもってねじ伏せるのだ。
おそらくマキシマム仮面さんたちにとって、相手の強さを認める、という部分が最も重要なのだろう。強いか弱いかわからない相手を倒すのでは、たぶん意味がないのだ。自分の体でもって強いと認めた相手を倒すことが、彼らにとっての強さなのだ。

「コダック!」

私は、辛うじて浮島に足をついたコダックに全身全霊で声をかけた。
目の前まで迫るフローゼル。間に合うかどうかは分からない。けれど、ここでフローゼルに勝つには、たぶんこれが必要なのだ。

「受け止めてっ!!」

私の声が聞こえたのか、コダックは片足を引いて攻撃を受け止める体勢を作る。体の芯で相手の攻撃を受け止められるように体幹を固くし、その衝撃を逃がせるように足の関節は柔らかく保つ。
フローゼルは、そんなコダックの体のど真ん中にアクアジェットの勢いでぶつかっていった。浮島が激しく揺れて、コダックの体が後ろに2メートルばかり押される。フローゼルの攻撃は強い。
――しかし、彼は耐えた。フローゼルを受け止めて、その自信に満ちた眼差しを飄々とした瞳でねめつける。

ジムに沈黙が満ちたのは一瞬だった。

「これからが盛り上がるところだ。フローゼル!!!」

自分の攻撃が受け止められたにもかかわらず、マキシマム仮面さんは今まででいちばん嬉々とした声でそう叫んだ。それに応えるように、フローゼルも感情の昂ぶった声で高く鳴く。

「コダック、ここからが本当の勝負よ!」

私もマキシマム仮面さんに負けじと声を張り上げた。フローゼルは、強い。だからこそ、絶対に負けたくなかった。フローゼルの強さを理解したコダックは、彼から目を離すことなく力強く頷いてみせる。

「フローゼル、潮水だ!」
「コダック、念力!」

ロトムを襲った大瀑布が再び目の前に現れる。しかし、コダックはその一部分を念力で吹き飛ばして、自分が通り抜けられるだけの穴を作ってみせた。彼はだっと駆け出してその穴をくぐると、フローゼルに向かって突進してゆく。

「そのまま岩砕き!」
「氷のキバで迎え撃て!」

コダックは右手を振りかぶって、それをフローゼルの鼻先目がけて勢いよく振り抜いた。一方のフローゼルは、その鋭利な牙に冷気を集めてコダックに噛みつこうと顎をばっと開く。
牙がコダックのくちばしをかすめた瞬間、彼の黄色い右手がその横面にヒットした。コダックが右腕を最後まで振り抜くと、フローゼルはそのまま弾き飛ばされてプールの中へ落下した。

刹那、そこから水の波動がわき上がった。水中で放たれたそれは、水の勢いを利用して威力を増しているようだ。コダック目かげて波動が向かってくる。相殺しなければ。そう思った私は彼に水鉄砲を指示したのだが、彼はくちばしを開かなかった。代わりに、両手を胸の前で合わせて、何やら全身に力を込める。
まさか、と思った、次の瞬間。彼の手の中には涼しげな水の波動を湛えたエネルギー体があった。コダックはそれを、一気に前に押し出す。怒涛の様に流れ出した波動同士がぶつかって、プールに荒い波を立てた。

「フローゼル、そのまま水の波動を連発しろ!」

荒れる水面から、次々と水の波動がわき上がる。このままでは押し切られてしまう。そう思った私は、コダックにも水の中に飛び込むように言った。同じ水の中なら、水の波動の威力は互角なはず。
信じているよ。そう眼差しで語りかけると、コダックは飄々と一度鳴いて、水に飛び込んだ。
すぐさまあちこちで派手な水柱が上がり始めた。おそらく、水中で水の波動を打ちあっているのだろう。弾けた飛沫が、私とマキシマム仮面さんをためらいなく濡らしていく。

「フローゼル、相手は小回りがきく! しっかり引き付けてから攻撃だ!」
「相手の水の波動は強力よ! 相殺した直後が攻撃のチャンスだからね!」

水の中を高速で泳ぎ回るポケモンたちに声が届いているのかはわからない。ただ、それでも私たちは声を張り上げ続けた。
そして、一際大きな水飛沫が上がったと同時に、そこからコダックが飛び出してきた。爆発の中心に体を向けて、背中から飛び出してきたということは。相手の水の波動に弾き飛ばされたに違いない。私の顔が、僅かに苦く歪む。
続いて、同じ場所から今度はフローゼルが飛び出してきた。泳ぎの勢いを利用して、彼はコダック目がけて突っ込んでくる。

「よし、そのまま行けーー!!」

それは、どう考えても不利な状況に思えた。
しかし、私は諦め悪く光明を探し、コダックの右手に小さな、しかしまだエネルギーを持っている水の波動を認めて、すぐに次の作戦を考えた。相手に向かって放ってもさしたるダメージは与えられないであろうそれ――しかし、今の私とコダックにとっては、それで充分だった。

「水の波動を後ろへ!!」

コダックは私の声に従って、それを自身の背中側に放った。彼の背後で波動が弾け、後ろに向かって飛んでいたコダックの体がその勢いを受けて空中で静止する。
動くコダックの速度を勘定に入れて攻撃の軌道を思い描いていたのだろう、フローゼルの勢いが、一瞬弱まる。一方、背後の水の波動の勢いを得たコダックは、空中で進む方向を変えることに成功した。フローゼルに向かって勢いよく突っ込んでゆく。

「そのまま頭突き!」
「迷うな! 迎え撃て!」

マキシマム仮面さんの声を受けて、フローゼルはもう一度体勢を整えようとする。しかし、それよりもコダックが水の波動と重力の力を味方につけて加速する方が僅かに早かった。フローゼルとコダックが正面から衝突する。
二体の持っていたエネルギーがぶつかり合って衝撃波になり、ジムを駆けた。

マキシマム仮面さんはフローゼルを、私はコダックを、それぞれ呼んで、各々の思いを伝えようとする。
おそらく、私もマキシマム仮面さんも考えていることは同じだろう。相手の力を正面から迎え撃って、それでもなお自分の力を貫き通せた方が、この試合の勝者であることにもはや疑いはない。逃げるな。信じろ、自分の力を!

一陣の風が止んで、水面の揺れがぴたりとおさまる。それぞれ別々の浮島に降り立った二体は、なんとか自分の足で立とうと踏ん張り――一呼吸の間の後、フローゼルが膝をついた。

勝敗を分けたのは、おそらくあの一瞬だろうという確信が、私とマキシマム仮面さんの間にあった。あの、コダックの軌道が変わってフローゼルがわずかに迷いを見せた、あの一瞬。
あそこで集中と気迫を失わなかったコダックが、この勝負、わずかに競り勝ったのだ。

ジム内に張りつめていた緊張を解くように、マキシマム仮面さんは大きく息を吐く。そして。

「終わっちまったか! なんだかもっと戦いたかった。そんな気分だな」

そう明瞭な声で言って、仮面の下で晴れやかに破顔したのだった。


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