マキシマム仮面さんは、負けたにもかかわらずなんとも愉快そうに笑いながらフローゼルをボールに戻す。一方、フローゼルは全く笑っていなかった。苦々しい表情を浮かべ、マキシマム仮面さんと目を合わせようともしなかった。
マキシマム仮面さんはそんな相棒を納めたボールを労ってから(「……悔しいな。でも、だからお前は、もっと強くなれる! お前はまだまだこれからだ!」)、私の方に向き直った。
そのままこちらに歩み寄ってくるので、私も同じくプールの端を回り込むようにマキシマム仮面さんの方へ歩いた。
近くで見るマキシマム仮面さんはとても大きかったが、恐い感じはしない。彼はバトルの最中の強気な笑みとはまた違う、どこか人好きのする笑みを浮かべてこう言った。
「まあ結果はこの通りだが、お前と戦えてものすごぉく楽しかった! なのでこれを渡そう!」
ジム付き審判を呼び寄せて、彼の手から銀色に涼しく輝くバッジを受け取り、それを私に手渡してくれた。
「フェンバッジだ!」
円形をしたこのバッジの綺麗な細工は、よく見るとマキシマム仮面さんの羽飾りのついた仮面のようにも見える。私がそのことを口にすると、彼は「そういえば、そうだなあ」ととぼけたように言った。
バッジと仮面のデザインの間にはなにか関係性があるのだろうか。という私の疑問を肯定するかのように、バッジの白い飾りがきらりと輝いた気がした。
私がバッジをケースにしまうのを待ってから、マキシマム仮面さんはさっきまでよりも少しだけ落ち着いた調子の声でこう言った。
「どんな戦い方でどんな風に勝つかは、トレーナーそれぞれだ!
今日の戦い方は、勝ち方は、お前にとってどうだった?」
私はマキシマム仮面さんとのバトルを振り返る。今日の戦い方は、反省点こそあるが、全体的には悪くなかったような気がする。でも、胸を張ってよかったと言えない辺り、私はまだ自分の戦い方というものを確立できていないのかもしれない。
私がそう言うと、彼は逞しい腕を組んで大きく一度頷いた。
「そうだな。俺は、勝った方も負けた方も楽しかったと言えるポケモン勝負がしたい。
だが、具体的にどうすればそれを実現できるのか、その方法はまだ見付けられていない。今日の勝負はかなり理想に近かったが、時には迷うこともある」
そこで言葉を一旦切ってから、彼は大きく息を吸い込んだ。
そして、色とりどりの照明を背負って現れたときのような建物を揺るがす大声で「だが!」と言葉を続けた。
「それでも立ち止まらないことだ! 迷いが生まれたら、また俺様のところに来い。喝をいれてやる!!!」
豪快にがはははと笑うマキシマム仮面さんに、私は深く頭を下げた。よいバトルが出来たことと、私の背中を押してくれたこと、そのふたつについて礼を述べると、彼は更に豪快に笑って「気にするな! なんと言っても俺様は、マキシマム仮面だからな!」と言ってくれた。
マキシマム仮面さんに別れを告げた私は、足早にジムの玄関を目指していた。バトルで傷付いたポケモンたちを少しでも早くポケモンセンターに連れて行って、回復してもらいたかったからだ。
正面玄関の扉を開けて外に飛び出した私は、突如目の前に現れた金髪の少年に驚いて慌てて足を止めた。ジュンくんだった。彼も飛び出してきた私に気付いて足を止めてくれたので、今度はぶつかることはなかった。
ジュンくんは右手を軽く持ち上げて「よ!」と軽く挨拶をしてから、軽快な口調でこう尋ねてきた。
「ナマエ、ジムバッジもらえたか?」
私は彼の言葉に、満面の笑みで頷く。
すると彼は「そっか!」と大きく笑ってから、自慢げにこう続けた。
「どうだ、オレの師匠すごいだろ!」
私は、またも彼の言葉に大きく頷いた。確かに、マキシマム仮面さんはかっこよかった。登場の演出に始まり、バトルのスタイルや、まとう雰囲気、私への言葉のかけ方など、こだわり抜いたかっこよさがあったと思う。
私が拙い口調でそう告げると、ジュンくんはまるで自分がそう言われたかのように満足げに笑って、師匠がいかにかっこいいのかを熱弁し始めた。
聞けば、彼もつい先日このジムに挑戦したのだという。その時にマキシマム仮面さんの魅力に触れ、その場で弟子入りをしたのだそうだ。
彼が師匠とのバトルがいかに素晴らしかったかを滔々と語っていると、不意に、ジムの扉が開いた。ふたりでそちらを振り返る。そこにいたのは、マキシマム仮面さんその人だった。
「師匠!!!」
マキシマム仮面さんを見たジュンくんの目がきらりと輝く。彼はつむじ風の様にマキシマム仮面さんのもとへ馳せ参じると、ジムバトル以降に自分で自分に課した修行のことや、それによって自分もポケモンたちも強くなったこと、だから自分も師匠のようなテーマソングが欲しいのだということを、身振り手振りも交えてほとんどまくし立てるように伝えた。
マキシマム仮面さんは、彼にしてみればずいぶん低い位置からかしましく話しかけてくる少年に自分は弟子をとる気はないのだということを切々と語る。そして最後に、「第一、お前なら弟子入りなんかしなくても自分で強くなれるだろ」と真剣な瞳で語りかけたのだが。
ジュンくんはそれを「いーんだよ! オレが勝手に弟子入りするんだからさ!」の一言で華麗に躱してしまった。
「それに師匠、バトルの時に言ってくれたじゃん! 迷うなって。一度覚悟を決めたなら、それを貫き通せって。
だから、オレは師匠の弟子になる! もう決めたんだ!」
決意に満ち溢れた彼の声。マキシマム仮面さんはそれにたまらず口ごもり、それからため息をついた。それは、大きな体に相応しい大きく深いため息だった。
ジュンくんはマキシマム仮面さんの気苦労を知ってか知らずか、白い歯を見せて無邪気に笑う。それから、ふと思い出したように「あ、そうだ! それよりもさ!」と言ってから、彼の師匠にこう訴えかけた。
「師匠、大変なんだよー!
オレ、さっきまでサファリゲームやってたんだけど、展望台ゲートの前にさ、ギンガ団がいてさ、『爆弾を使う!!』とか言ってたぜ」
ギンガ団と聞いた私がはっと息をのむより早く、マキシマム仮面さんが地を揺るがすような声で怒りを露わにした。
「なんだと! ノモセの大湿原を荒らす奴は、この俺様が許さんッ!!!」
天に向かってそう言うが早いか、彼は地面を蹴って駆け出す。ジュンくんは「あっ、師匠、待ってくれよー!」と言って彼の後を追った。
私はジュンくんの背中を追って走り出しながら、ふと、思った。どうしてこんな静かな街にギンガ団がいるのだろう、と。
これまでギンガ団がいた所には、それぞれ彼らがそこにいる意味があったように思う。
ソノオの発電所では、電気を奪うという目的があったようだし、ハクタイではシンオウ神話を調べていると言っていた。トバリのビルでは、街の人々を勧誘していたようだが、それはトバリのように人の沢山いる大きな街でこそ意味のある行為だと思う。
では、このノモセにギンガ団は、どんな目的でやって来たのだろうか? 発電所もない、神話ゆかりの地でもない、ギンガ団に加わるような人が大勢いるわけでもない。ここは湿原に囲まれた平和な街だ。そこで爆弾を使ってするようなことを、私は思いつけない。
走る私の背を、汗が伝った。走って体が熱くなったのではない。これは、冷や汗だった。
……なんだか、嫌な予感がする。
どうか、この予感が杞憂でありますように。
私はそう思いながら、ふたりの背中を追ってとにかく北へ駆けた。
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