マキシマム仮面さんとジュンくんは矢の様に駆けてゆく。
彼らほど運動神経のよくない私が展望台ゲートに辿り着いた時、ふたりは入口付近でなにやら言葉を交わしていた。
「怪しい奴はここにいたのか?」
「うん! 爆弾が届いたから使うって言って、湿原に入って行ったぜ!」
マキシマム仮面さんが眉間に深い皺を刻んで「なんだと!?」と絶句した、その時だった。
大湿原へ通じるゲートの向こうで、白い閃光が弾けた。
ほとんど反射的に私たちがそちらを振り向いた瞬間、大地を揺るがすような轟音が大湿原中に響き渡った。耳を塞ぐ間もなかった。マキシマム仮面さんが何かを叫んで、私とジュンくんのことをかばうように抱きかかえながらしゃがみこむ。轟音は10秒ほど続き、それから大湿原の木々に反射するように尾を引きながら、少しずつ小さくなっていった。
私は何も考えることができないまま、ただマキシマム仮面さんの腕の中で小さくなっていた。
轟音が鳴り止んで、一瞬の後、展望台ゲートからひとりの人影が飛び出してきた。逃げ出してきた人だろうか、と思い視線をやった先にいたのは、奇抜な髪型と服装に身を包んだギンガ団の男だった。
彼はゲートを出たところで「ふぅ」と息をつく。それは、まるでなにか一仕事終えて少し休憩をするような、そんな何気ない仕草だった。
私の視線を追って男に気付いたようで、ジュンくんが「あっ!」とかたい声をあげる。
ジュンくんのその声色から何かを察したらしいマキシマム仮面さんは、私たちを自分の体の影に押しやって男から隠した。そして、「貴様! なにをした!!」と吠えるように尋ねる。
ギンガ団の男は怒りを露わにしたマキシマム仮面さんに怪訝そうな眼差しを投げかけながら、ごく落ち着いた調子で「俺は別になにもしてないぞ」と言った。
「ボタンを押せって言われたから押しただけだ。……そうだ、早く実験結果を報告しないと。失礼するよ、マスクの人」
男は丁寧にも会釈をして、足早にその場を去ってゆく。
大湿原でなにがあったのか、情報は断片的だが、想像に難くない。おそらく、あの男が湿原で爆弾を使ったのだ。
爆弾を爆発させるなんて、普通じゃ考えられない、常軌を逸した行動だ。でも、それを実行した男の挙動には全くおかしいところがない。それが、逆に不気味だった。
男が去ったのと時を同じくして、街のあちこちから人が集まってきた。口々に疑問と不安を述べる彼らは、事の真実を求めてゲートの方へ殺到してくる。
ジュンくんも「なんだってんだよ!」と焦りの滲んだ声をあげて、大湿原に駆けこもうとしたのだが、それは叶わなかった。「大切な大湿原を……」と唸るように口にしたマキシマム仮面さんが、走り出そうとしたジュンくんの腕を掴まえたからだ。
「お前たち、来るなよ! で、誰も入れるな!」
爆弾が残っていることを危惧しているらしいマキシマム仮面さんは、そう言い残してひとりで大湿原に駆けてゆく。
私が半ば呆然とその背中を見送っていると、すぐ隣で「ナマエ!」と私を呼ぶ声がした。ジュンくんだった。彼は使命感と焦燥感の燃える瞳でこう言った。
「あの男を追いかけてくれよ!
オレ、師匠に言われた通り誰も入れないようにする。でもギンガ団もほっとけないだろ!?」
確かに、ジュンくんの言うことは正しい。ここで私がギンガ団の男を追いかけないと、きっとこの事件の真相は分からなくなってしまう。
けれど私は、迷っていた。男を追いかけたくなかったわけではない。ただ、追いかけた先で、そこにある真実を知るのが怖かったのだ。
――ギンガ団の幹部の言葉と、水色の髪の男の言葉は、重なっている。だから私は、あの人の面影を求めてギンガ団を追っていた。
だが、今回の爆弾の事件で、私は気付いてしまったのだ。もしも本当にあの人とギンガ団が繋がっているのだとしたら。それは、とても、恐ろしいことだ。爆弾を使う、人のポケモンを盗む、発電所を占領して電気を奪う。そんなことをしている人たちと、あの人が繋がっているという事実を、私はきっと受け止められない。
だから、目を背けてしまいたかった。
あの人は争いのない世界を創ろうとしているんだという耳障りのよい言葉だけを拾って、私の理想のあの人を追いかけていたかった。
「ナマエ!」
ジュンくんが焦れたように私を呼ぶ。
分かってる。私だって、今すぐギンガ団の男を追いかけたい! でも、その先の真実を受け止められる自信がないの。
そんな私の右手を、ゴーストがそっと握った。
ひやりとした温度が、ぐちゃぐちゃになっていた私の思考を落ち着けるように右手から全身へそっと染み渡ってくる。
彼は、私の不安に揺れる眼差しを真っ直ぐに見つめながら低く優しい声で一度鳴いた。
こういう時、私はずるい。彼の言葉が理解できないのをいいことに、私は今かけられたい言葉を、彼の囁きに重ねてしまう。「ナマエなら大丈夫だ」、私はそう言って欲しかった。だから、彼の声がそう聞こえた。
ゴーストがもう一度鳴く。さっきよりもやや短かった今度の囁きは、「さあ行こう」と聞こえた。
ゴーストが、私の手を引いてゆっくりと空を滑る。ガスで出来たはずの彼の手は、しかし私の手を残してゆくことはなかった。
彼の手に置いて行かれないように、私は重い足を一歩踏み出す。もう一歩。更にもう一歩。
そこから先は簡単だった。短く「走れ!」と言ったゴーストの声に弾かれるまま、私は駆け出した。
……これから先、私が知らなければならない真実を全て受け止められる自信は、正直、ない。
でも私は、立ち止まってはいけないのだ。
私は走りながら、瞼をぎゅっと瞑って、覚悟を決めた。暗闇は一瞬。私はすぐに目を開けて、あとはもう前を向いて走ることだけに専念する。
「頼んだぞ!!」
ジュンくんの声を振り切って、集まってくる人の波を掻き分けて、私はがむしゃらに走った。息が上がって、心臓が痛いほど激しく鳴って、脚が鉛のように重くなって、それでも私は足を止めなかった。
確かに、これから先の事実を知って、それを全て受け止められるかどうかは、わからない。
でも、まずはその事実に辿り着かないことには、なにもはじまらない。そう思うと、足を止めることができなかったのだ。
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