ミオシティに行くには海を渡らなくてはならないし、
ソノオタウンに通じる洞窟は岩が道を塞いで通れないらしいし。

私は消去法からクロガネシティを目指すことにして、203番道路を歩いていた。
上り勾配の道を、息切れしないようにゆっくり進んでゆく。街を出た頃には生い茂っていた針葉樹や群生した草花は、道を進むにつれてだんだんと少なくなり、代わりに露出した岩肌が目立つようになっていった。その岩石の質は、海沿いの岩場を切り拓いて作られた故郷のそれよりも幾分か脆いようで、ポケモンバトルの最中に相手のビッパの体当たりが岩に当たってしまった際に少しだけ欠けて、濃い茶色の欠片がぽろぽろと零れた。

お昼は、小さな池のほとりで買っていたお弁当を広げた。
コイキングが寄ってきたので、パンの端っこをちぎってあげたら、嬉しそうに食べてくれた。お礼だよ、と言うように跳ねて水面から大きく飛び出してきたコイキングの鱗の赤さに、私は目を奪われる。美しい放物線を描いてぱしゃん、と飛沫を散らして水の中に帰って行ったコイキングの鱗の赤と池の青の鮮やかな対比に胸を打たれたのだ。

小学校でも、コイキングといえば弱くて役に立たないことの代名詞であった。ぼんやりしている子や、何かを失敗したりした子を、お前はコイキングみたいな奴だな、と言ってからかう男の子がいたっけ。
頭の隅の方に、彼の記憶が蘇ってくる。彼は10歳の誕生日にナギサを出てトレーナー修行の旅に出た。あれから、私が街を出たあの日まで約二年間、彼が街に戻ってきたという話は聞いていない。ジムを巡っているのであれば、デンジに挑戦するためにナギサに戻ってくるはずなのだけれど……彼は元気なのだろうか。
ぼんやりと反芻していた彼に関する思い出は、黄色い髭を揺らして池の深くに消えていったコイキングと一緒に再び記憶の水底に沈んでいった。




クロガネゲートに辿り着いたのは、日が傾き始めた頃だった。
クロガネゲートの麓で闘ったミニスカートのチカはクロガネゲートを越えてきたところで、これからコトブキシティに戻るらしい。私がクロガネシティを目指していることを告げると、彼女はうーん、と小さく唸ってからこう言った。

「戻るにしても進むにしても、街に着くのは夜中になると思うわよ」

クロガネシティでジムバッジをゲットしてきたという彼女の言葉に、私は迷った。今日はたくさんバトルをしながら進んだから遅くなってしまったのだ。今日のところは戻って、また準備を整えてから来た方が安全かもしれない。私が眉間に皺を寄せてそんなことを思案していると、私の不安を感じ取ったらしい彼女は、にこりと笑ってこう言ってくれた。

「でも、ナマエなら大丈夫だと思うわ、だって強いし」

バッジを持っているトレーナーを倒したことは、小さいけれど確かな自信に繋がった。

「ありがとう。私、進んでみる」
「そう、がんばってね! よかったら、これ。あげるわ」

彼女は肩にかけていた鞄から虫よけスプレーを取り出して、それを快く私にくれた。
なにかあったら使ってね! と言い残してコトブキシティの方へ消えていった背中を見送り、私はクロガネゲートの入り口を見上げる。だんだん暗くなってゆく東の空を背景にして、壮年の岩肌を残光で薄く照らされたトンネル。そのぽっかり空いた穴は、改めて見るとやはりどこか不気味であったが、私はミニスカートのチカさんの言葉を思い出して、自分を奮い立たせる。
大丈夫。小さく一度そう呟いて、クロガネゲートに足を踏み入れた。


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