グランドレイクのボーイさんは、私がお部屋をチェックアウトするまで至れり尽くせりのお世話をしてくれた。
昨日のジム戦からポケモンたちの体力を回復できていないことを告げると、いいきずぐすりを惜しみなく分けてくれたし、爆発から一夜明けたノモセの様子が気になると言えば、携帯通信端末をお部屋に持って来てポケモンセンター経由でマキシマム仮面さんと話をさせてくれた。

マキシマム仮面さん曰く、大湿原は爆発のあった一部エリアがしばらく閉鎖になるものの、サファリゲームをしていたお客さんに被害は一切なく、今日からまた平常通り開園するらしい。
彼はそのことを私に伝えるように頼みがてら、その先の街にあるトバリジムに挑戦するようジュンくんに勧めたのだというが……

「あいつ、俺の言葉を聞き終わる前にすっとんで行ったんだが……会わなかったのか?」

私はマキシマム仮面さんの言葉に小さく頷いた。たぶん、私がグランドレイクで気を失っている間に、すれ違ってしまったのだろう。まさか私が高級ホテルにいるなんて思いもしないだろうし、敬愛する師匠から直々にトバリジムに挑戦するよう言われたジュンくんはまたずいぶんと先を急いでいたことだろう。
会えなかったのは少し寂しいけれど、仕方がない。別にもう二度と会えないということでもないのだ。縁があれば、私たちは何度だってまた会えるはず。
私はマキシマム仮面さんに心配をかけたことに対する謝罪と気にかけてくれたお礼を述べて、電話を切った。




「この度は、ご利用まことにありがとうございました。どうぞまたお越しくださいませ」

最後まで穏やかな物腰で私に接してくれたボーイさんに何度もお礼を言って、私はホテルグランドレイクをチェックアウトした。

しかし。
私の足は、そこでぴたりと止まってしまった。

ギンガ団の男を追ってここまで来たはいいが、彼の足取りは今や私なんかよりも頼りがいのある国際警察が追っている。ハンサムさんは、手紙で私の今後の活躍に期待していると言ってくれたけれど……ちょっとしたことで疲れきって倒れてしまうようでは、彼らの捜査に首を突っ込んでも足を引っ張ってしまうに違いない。
立ち止まらないと決めたはいいが、ひた走るための道を、私はまた失ってしまったのだ。

黙り込んでいる私を、ゴーストが心配そうな眼差しで見つめている。
……きっと彼は、もうじき私をはげますように優しい声で鳴くだろう。私はその声に勇気をもらって、また歩き出せるようになるだろう。

それは、とても素敵なことだ。彼と私はパートナーだから。私たちはずっと支え合ってやってきたし、これからもそうして生きていくんだと思う。
でも、今は、今だけはそれに甘えてはいけない気がした。

私は口を開きかけたゴーストを、「ごめん、ちょっと待って」と制して、すうっと息を吸い込んだ。潮のかおりの混じる冷たい空気が肺に流れ込んできて、私の体の真ん中にあったもやもやした感情を落ち着けてくれる。

確かに、背中を押してくれたのは、彼だ。
でも、決めたのは私なのだ。この先なにがあっても立ち止まらないと、自分の意志で決めたのだ。
だから、私はここで彼にもう一度背中を押させてはいけない。それはどうしようもない甘えだし、なにより。あの時私の背中を押してくれた彼に、この上なく失礼だと思うから。

くよくよするのは、もう終わり。
私は進み続ける。自分の意志で、最後まで。

一瞬脳裏をよぎった『最後』という言葉について私が言いようのない感情を覚えたのは刹那。
次の瞬間、私はつま先から湧き上がってくる覚悟のまま、ゴーストの方を振り向いてこう言ったのだった。

「私、決めた。今日から毎日ランニングする!」

もしもまた同じことがあったら、今度は絶対にチャンスを逃さないためにも、私はもっと強くならなくちゃいけない。

「護身術だけじゃ充分じゃなかった。守りも大事だけど、やっぱり攻める気持ちがないとダメだね」

ポケモンバトルで、勝利を求める気持ちがないといけないのと同じだ。勝つための準備をするように、私は常に次のチャンスを掴むための準備をしていなければいけない。心の面でも、体の面でも。きっと、それが立ち止まらないということなんだと思う。

ナギサの街で静かに暮らしていたときの自分が今の私を見たら、どんなにびっくりするだろう。
そう考えると、なんだかおかしくて、自然と笑みがこぼれた。くすくすと笑う私を見てつられたのか、ゴーストも生来のにやけ顔に深い笑みを刻んで軽快な笑い声をこぼす。
ふたりで笑うと、よりいっそう力が湧いてくるようだった。私はもう進みたくて仕方ないつま先に力を込めて、「さあ、行こう」と相棒を促す。ゴーストは軽い身のこなしで私の隣に並ぶと、大きく大きく頷いてくれた。

たぶん私の変化を一番わかってくれているであろう彼に、胸の中で礼を述べてから(ありがとう、私の背中を押してくれて。それから、いつも私のことを信じてくれて)、大きく一歩を踏み出した。


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