カラナクシの見付けてくれた小さな丘の木陰にテントを張った。
まずはロトムにフラッシュをお願いして、辺りを照らしてもらう。それからいつもの手順でテントを準備して、最後の仕上げにはひと工夫を加えた。テントの屋根に雨がたまらないように、ヨマワルとコダックに手伝ってもらって屋根の張りをいつもより強めにしたのだ。雨で地面が緩んでテントを固定する杭が抜けないように、大きめの石を重しにする。石はゴーストとフワライドが探してきてくれた。

みんなに手伝ってもらって、なんとか夜になる前に夜営の準備が整った。木陰で懐中電灯の明かりを囲んで、みんなで夕食をとる。
暗闇に寂しく響く雨の音と対照的に、私の周りは賑やかだ。味気ない携帯食料は雨の湿気を吸ってお世辞にもおいしいとは言えない味になってしまっていたけれど、こうしてみんなで食卓を囲むとそれもあまり気にならなかった。

食事を終えたみんなにおやすみを言ってボールにしまう。ゴーストとテントの中に入って、懐中電灯を消した。
暗闇の中、降り続く雨音がぴんと張ったテントの屋根を叩く音が絶え間なく続いている。

「……ゴースト、いる?」

私が眠気交じりの声で尋ねると、闇の向こうのどこかから、静かな声が返ってきた。それから、寝袋から出ている私の額に、ひんやりとしたガスの手のひらが僅かに触れる。
いつもは私のことをからかったり困らせたりして楽しむゴーストだけど、こういう時は誰よりも私のことを気遣ってくれることを私は知っている。暗闇の中でわだかまっていた不安が彼の触れた額からそっとほどけていくのを感じながら、私はそっと目を閉じた。

私ひとりだと、テントはここまでしっかり張れなかったに違いない。食事だって雨の中ひとりでとってもつまらないし、きっとこんなふうに安心して眠ることもできなかっただろう。
私は雨の野宿を経て、みんなにいかに助けられているかを改めて実感しながら眠りについた。




目覚めると、雨の音は止んでいた。
寝袋から起き上がり、辺りを見渡すと、テントの隅でゴーストがそっと目を閉じているのに気が付いた。たぶん、なにか危険があった時のために、一晩中警戒してくれていたのだろう。疲れているに違いない彼に気付かれないように簡単に身支度を整えると、私はそっとテントを出た。

しっとりと湿った草地を少し歩いて、丘の端に立つ。そして木々の切れ間から212番道路を見渡して、私は小さく息を呑んだ。
昨日歩いてきた道や、その近くの木陰や茂みが、一面の水たまりに姿を変えていたのが、立ち上る薄もやの中でもはっきりわかったからだ。

もしも、あの時あの場所にカラナクシがいなかったら。私は今頃、水浸しになっていたかもしれない。本当に、あのカラナクシに感謝しなくちゃ。

きっと今頃、あの水たまりの中でにこにこ笑っているであろう彼に心の中で礼を述べて、私はテントに戻ることにした。

来た道を静かに戻り私がテントに入ると、その振動でゴーストは目を覚ましたらしい。きょろきょろと辺りを見回して、身支度を終えた私に気付き、状況を理解したように小さく二度鳴いた。

「おはよう、ゴースト。昨日はありがとうね」

私が笑ってそう言うと、彼は飄々とした笑みを浮かべてすいっと飛び上がる。そして、どういうわけかそのまま薄いテントをすり抜けて、朝靄の212番道路へ出て行ってしまった。
……うとうとしていたところを見られて、少しバツが悪かったのかもしれないな。私はテントの隅にまどろむ彼の姿を思い出しながら、ひとり寝袋に腰を下ろす。
思い返してみれば、ゴーストは私の前ではいつだってクールで飄々としていて頼れるパートナーでいてくれた。それは彼がもともとそういう性格だからなんだと思っていたけれど、それだけじゃなかったみたい。ゴーストは、私のためにそう振舞っていてくれたんだね。

姿の見えない相棒に、私はもう一度「ありがとう」と呟いた。外にいるかもしれない彼に聞こえてバツの悪い思いをさせてしまわないように、ごく小さな声で。




それから私たちは簡単な朝食を済ませて、テントを撤収し、212番道路をヨスガ目指して北上し始めた。
少し歩くと、湿地帯を形成していた色の濃い粘土質の土が消えて、代わりに馴染みの茶色い水はけのよい道に姿を変えていった。次第に雨のにおいも遠ざかり、代わりに乾いた土と草葉のにおいが鼻腔をくすぐる。すうっと息を吸い込むと、からりとした冬の空気が肺を満たした。どうやら、ヨスガが近いようだ。

左手にテンガン山を臨みながら、歩きやすい道をなおも進むと、ふと道の右手に広大な土地を囲む高い塀が現れた。
近くでポケモンを捕まえていた短パン姿の男の子に尋ねると、彼はここがウラヤマさんのポケモン屋敷と呼ばれていることを教えてくれた。ウラヤマさんはこの広大な土地の地主さんなのだという。彼のお屋敷の裏庭には珍しいポケモンが現れるそうで、お屋敷のお客さんに自慢の裏庭を案内するのが何よりの楽しみなのだそうだ。

「へえ! きっとすてきな裏庭なんだろうなあ」

私が塀の向こうを想像しながらため息を漏らすと、彼は周囲を見回してから「みんなにはナイショなんだけどさ、」と前置きして、裏庭の秘密を教えてくれた。
なんでも、ウラヤマさんは裏庭の自慢話が勢いに乗ってくると、ついついあることないことを話してしまうらしい。そして、本当はいないはずのポケモン自慢をお客さんにしてしまうと、さあ大変。ウラヤマさんの自慢を本当にするために、執事さんがそのポケモンを捕まえて裏庭にこっそり放しているのだという。

「たしかに珍しいポケモンもいるんだけどさ。執事のじいちゃんが必死になってポケモン探すのを見るのがなあ……」

そう言って、彼は少年らしからぬ老成した眼差しを屋敷の方に向ける。私は彼に倣って屋敷を――正確には、屋敷があるであろう方向の塀を見ながら、苦笑に近い笑みを漏らした。
珍しいポケモンは気になるけれど、執事のおじいさんのためにも、裏庭に行くのはやめておこう。

私は裏庭の秘密を教えてくれた男の子にお礼を言って、テンガン山と高い塀に囲まれた212番道路をヨスガ目指して再び歩き始めた。


[ 136/209]



ALICE+