ヨスガシティ側の212番道路は、自然を残しつつも適度に人の手の加えられた、綺麗で歩きやすい道だった。ポケモンを探したり戦わせたりするトレーナーも多い。が、しかし。私は歩を進めるにつれて、ふとこの平和でのどかな雰囲気にそぐわない風景に気が付いた。
212番道路には、トレーナーに交じって、少なくない数の警官の姿があったのだ。彼らは道行く人ににこやかに挨拶しながら、しかし時折鋭い眼差しで周囲を警戒するように見渡している。
それを見た私は、マキシマム仮面さんが大湿原の入り口を警察と協力して警備していると言っていたのを思い出した。
……もしかしてこれも、ギンガ団を警戒してのことだろうか。
ノモセシティだけでなく、シンオウ地方のあちこちでこんなふうに警察が動き始めているのだろうか。
私が初めてギンガ団の存在を知ったのは、確かクロガネシティのポケモンセンターだった。スーツ姿のジェントルマンに「ギンガ団を知っているか」と尋ねられたのをよく覚えている。その時に流れていたテレビ番組もポケモンセンターにいた人たちも、それを気にしている様子はなかった。
それから私はソノオの花畑や谷間の発電所、ハクタイのギンガ団ビル、それからトバリの倉庫街で彼らと対峙したけれど、やっぱり世間では「新エネルギー開発を行うスタートアップ企業」という認識が強かった。彼らに対して懐疑的な人もいたにはいたが、それでも「多少グレーなことをしているかもしれない」という程度の認識で、真面目に取り合っているのは国際警察のハンサムさんくらいだったように思う。
それが、どうだ。彼らが爆発物を製造しているとわかった途端に警官の姿が目立つようになったのは、きっと偶然じゃない。
私は少しものものしい雰囲気の212番道路を、自分はやっぱりとんでもないことに首を突っ込もうとしているのだということを改めて胸に刻みながら歩いたのだった。
時々休憩しながら平坦な道を歩いて、ヨスガシティに着いたのは、夕日が少しずつテンガン山の向こうに隠れ始める頃だった。
私は真っ直ぐポケモンセンターに向かうと、昨日の雨で濡れてしまっていたテントや雨具を干してから、もう一度ヨスガの街に繰り出した。
夕闇の迫る街角に、丸型デザインの街灯が灯ってゆく。明かりが入ってはじめてわかったのだが、電球部分を覆う球形のカバーにはモンスターボールの模様が透かし込まれていたようで、薄闇の中にその見慣れた陰影がいくつも浮かび上がった。
トレーナーとポケモンを繋ぐモンスターボール。その明かりに見守られながら大通りを南に少し歩くと、すぐに目的の場所に辿り着いた。
さっき、ポケモンセンターへの道すがらに見付けたお店――ポフィン料理ハウス。グレーのスレートタイルと鮮やかな青に塗られた木の扉が印象的なお店。その看板には、「おいしいポフィンは笑顔のもと」と書かれている。
ポフィン、というのは確か、きのみから作られるポケモンのためのお菓子のことだ。
以前、ナギサでルクシオとテレビを見ていた時、ポフィンの特集をやっていて、私はそれでポフィンというものを知ったのだった。トバリデパートのような大きなお店で売っているという小さなお菓子には、びっくりするほどの値がついていた。ルクシオは興味なさげに欠伸をこぼしていたけれど、私は反対にテレビを凝視していたっけ。
もしもポフィンをあげたら、ルクシオは喜んでくれるだろうか。大きくなって、お金を稼げるようになったら、いつかトバリに行ってみたいな。そう思ったことを、よく覚えている。
……あの時すぐにデンジにお願いしてトバリに行っていれば。ルクシオのことを思い出してそんな後悔がお腹の奥でくすぶりかける。
私はすぐに小さく深呼吸をして、暗い気持ちを追い払った。そして、木の扉をそっと押し開ける。
もうすっかり晩御飯の時間になっていたが、お店の中は賑わっていた。見れば、仕事や学校帰りらしい、スーツや制服に身を包んだ人たちが、おしゃべりに興じながらお鍋をかき混ぜている。
私があたりをきょろきょろ見回していると、事務員風の若いお姉さんが私を気にかけて声をかけてくれた。
「こんばんは。もしかして旅人さん? ポフィン料理ハウスは初めて?」
私が自己紹介をしてその問いに頷くと、彼女はポフィン料理ハウスの説明をしてくれた。
ここでは、トレーナーやコーディネーターがきのみを持ち寄ってポフィンを作ることができるようだ。今の時間は仕事や学校帰りのトレーナーたちが多いが、彼らは夜のひと時をポケモンたちと楽しく過ごすべく、ポフィンを作ってから帰路につくらしい。
確かに、自分だけが美味しいものを食べるんじゃなくポケモンとそれを共有できた方が、ずっと楽しい時間が過ごせるだろう。
「って、私がしゃべってばかりじゃだめね。
ナマエさん、今日はどんな味のポフィンを作りたいの?」
以前、208番道路できのみ畑のおじいさんからいろんな味のきのみをごちそうになった時にわかったのだが、私のポケモンたちは好き嫌いがあまりないようだった。しいて言えばロトムが甘い味が好きなようなので、今日はそれを作ることにしようと思う。
お姉さんに持っているきのみを確認してもらうと、丁度甘い味のきのみ――キーの実が5つあったようで、それを使うことにした。
まずはきのみの皮を剥いて、適度な大きさに切る。それから、甘いポフィンを作ろうとしていた人たちに交じって、いっしょに鍋にきのみを入れてかき混ぜてゆく。
始めのうちは慣れてなくて加減が分からず苦戦したが、同じ鍋を混ぜていたみんながコツを教えてくれて、なんとかそれらしく料理することができた。
出来上がったタネを型に入れて、固まるのを待つ。ポフィンのことやポケモンのことを話しているうちにあっという間に時間は過ぎて、ポフィンが完成した。
「はい、これがナマエちゃんのぶんね」
一緒に料理をしたスーツ姿のお姉さんは慣れた手つきで全員分のポフィンを分けると、ぱりっとした印象のセロファンの袋に入れて封をし、それを手渡してくれた。
「もしまたヨスガに寄ることがあったら、ぜひ来てね。また一緒にポフィンを作りましょ」
「はい、ぜひ! 今日は丁寧にいろいろ、ありがとうございました」
「ううん。私も初めてここに来たとき、同じように親切な人に教えてもらったから。だから、このくらい当然よ」
そう言って明るく笑う彼女に私は重ねてお礼を言って、料理ハウスを後にした。
ポケモンセンターに戻って少し遅い夕食をとり、食後にみんなをボールから出してポフィンをあげた。
封を切った途端、デザートに相応しい甘い香りがあたりに広がる。小さなポフィンはあっという間にみんなの口の中に消えていって、代わりにみんなの嬉しそうな声がそこから漏れ出てきた。
みんなが喜んでくれてよかった。私がそう思いながら笑顔のロトムたちを見ていると、不意に隣から私を呼ぶゴーストの声が聞こえてきた。振り向けば、そこには半分になったポフィンをこちらに差し出す大きな手。私はポフィンと彼の顔を交互に見て、「もしかして、おいしくなかった?」と恐る恐る尋ねる。
すると彼は首を左右に振ってそれを否定してから、短く一声鳴いた。落ち着いた調子の声。もしかして。
「半分くれるの?」
すると彼は生来のにやけ顔を更に深くして大きく首肯した。
もしかしたら彼は、私と同じことを思ったのかもしれない。自分だけがおいしいものを食べるよりも、分かち合った方が何倍もおいしいはずだ、と。
「……ありがとう」
受け取ったポフィンは本当に少しだったけれど、口に含むと優しい甘みがじわりと広がった。
まばたきの刹那、私の瞼の裏にルクシオの笑顔が蘇る。あなたとポフィンを食べることはできなかったけれど。でも、あなたがきっかけをくれて、私は旅に出て、こうして新しい仲間と素敵な思い出を作ることができたよ。
「ありがとう。おいしいね」
もう一度お礼を言うと、ゴーストは本当に嬉しそうに破顔した。私は胸がいっぱいになるのを確かに感じながら、彼につられるように笑った。
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