翌日、私はノモセ大湿原爆破事件以来日課にしていた朝のランニングを済ませてからシャワーを浴び、なるべく手早く身支度を整えて、朝早くにポケモンセンターを出発した。
それからすぐにフワライドをボールから出して、こうお願いする。
「空を飛ぶで、ロストタワーに行きたいの」
出発前、ポケモンセンターのロビーで見た天気予報では、今日は209番道路からズイを抜けて210番道路まで南よりのやや強い風が吹くと言っていた。その風に乗れれば、フワライドの空を飛ぶを使ってロストタワーまで一気に行けないかな、と思ったのだ。
ハンサムさんから貰った空を飛ぶの秘伝マシンを使って空を飛ぶを覚えていたフワライドは、私のお願いにぷわりと答えて、その体を大きく膨らませてゆく。軽い空気を吸い込むにつれて、彼の体が上昇を始める。
昨夜調べたところによると、フワライドの乗り方には主に二通りあるらしい。
ひとつめは、頭の上に乗る方法。人を乗せて空を飛ぶために軽い空気をたくさん吸ったフワライドの頭は、人が乗れるくらい大きくなるそうだ。
もうひとつは、フワライドの手を使ってブランコよろしく腰かける方法。フワライドの手の力はとても強く、専用のカゴさえあればそれに何人もの人を乗せ、4本の腕でがっちりホールドしてどこまででも運んでいけるらしい。
ゆっくり空を行く長旅なら、頭の上でリラックスするのがいいかもしれない。
でも今日の風はやや強いと、天気予報は言っていた。それなら、彼の手にしっかり支えてもらった方が、ブランコのように捕まるところもあって安心できそうな気がする。
私が彼の体の下に入り、二本の腕を掴むと、フワライドは私の意図を察して私のお尻の下あたりで腕をしっかり組み合わせて座れるようにしてくれた。
私がそれに腰かけると、足がふわりと浮く。そのままぐんぐん上昇して、ヨスガの街がどんどん眼下に小さくなってゆく。
ある程度の高度までは私の隣で浮かんでいたゴーストも、だんだん自分で飛ぶのがつらくなってきたのか、すっと上の方に行ってしまった。声をかけると、返事がある。どうやらフワライドの頭の上にその体を落ち着けたらしかった。
どんどん空高く昇っていくにつれて、風が強く感じられるようになってきた。軽い空気をいっぱいに吸い込んでいるフワライドは、その気流に乗って流されるように空を飛び始めた。
右手に朝日を見ながら飛んでいるということは、無事に北に向かえているようで、私はひとまずほっと胸を撫で下ろす。
今日は南からの風が吹いていることもあり、寒さも覚悟していたほどは厳しくない。よかった。この調子なら、フワライドとの初めての空の旅は無事にいきそうだ。
「この調子でよろしくね」
私がそう言うと、フワライドは少し体を揺らしてぷわぷわと鳴いた。どうやら「任せて」と言いたいらしい。
ポケモンは人間よりも感覚が敏感で、一度行った街の場所はだいたい覚えているのだという(物の本によると、地磁気というのが関係しているらしい。詳しいことはさっぱりだが)。私は彼のその本能に全てを委ねて「うん、お願い」と返し、空の旅を楽しむことにした。
もともと冬のシンオウは空気が澄んでいるのだけど、空の高いところにいるおかげか空気はこれ以上ないくらいに澄みきっていて、胸をすくような鮮やかな空の青がどこまでも果てしなく続いている。
そんな朝の空を、西から東へ、朝日に向かって飛んでいくポケモンの群れが前方に見えた。
なんだろう、と思い、目を凝らす。フワライドが風に流されるまま進むうちに、そのポケモンの輪郭と、鮮やかな羽の模様が確認できた。
それは、アゲハントの群れだった。
数えきれないほどのアゲハントが、その色鮮やかな羽を優雅にはばたかせて東へ飛んでゆく。はばたきに合わせて舞う鱗粉が朝の陽ざしを受けてきらきらと輝いていて、私はその幻想的な風景に見とれてしまった。
「……きれい」
私の唇からもれた月並みな感想に応えるように、フワライドとゴーストがかすかに鳴いた。
アゲハントたちは、きっと今日南からのあたたかい風が吹くことを知っていて、こうして集団で飛び立ったのだと思う。彼らはエサを探しているのだろうか。それとも、このままどこか遠くへ旅に出るのだろうか。
私は太陽の方角へ少しずつ遠ざかっていく群れを見ながら、彼らの旅の無事を祈った。行き先は分からないけれど、どうかみんなで目的地にたどり着けますように。
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