ミカルゲと別れた私は、寂しさを紛らわせるために歩くことに集中した。言葉少なに、210番道路をひたすら北上していく。
以前みんなでモーモーミルクを飲んだログハウス調のカフェが見えてきたのは、とっぷりと日が暮れてしばらくたった頃だった。
普段であれば夜の冒険は控えるところなのだが、立ち止まってしまうと暗い思考に支配されてしまいそうだったし、なにより。
お店の隣で頭を抱えるコダックたちの姿を思い出すと、どうにも足を止めることができなかったのだ。
お店には明かりはなく、ログハウス調の建物はすっかり闇に同化してしまっている。
私はロトムに辺りを照らしてもらいながらカフェに近付き、確かコダックがいたのはこっちだったよなと記憶をたどりながらお店の角を左側に回り込んだ。
シロナさんにもらった秘伝の薬――すっとするような独特のにおいがする檜皮色の丸薬が、鞄の中で軽快な音をたてる。まるで自分がもうすぐ役目を果たすことを知っているみたいだ。
「……もうすぐだね」
ゴーストとそう言葉を交わしながら歩調を早め、お店の角を曲がった時だった。
ロトムの投げかける光の向こう、濃い闇の先から、低い話し声が聞こえてきたのは。
「どうやってもだめだな」
「頭を抱えたままね」
「どうする?」
「どうするもなにも、アレを使うしかないだろう」
数人の男女の声。頭を抱えたまま、という言葉から、彼らの話題がコダックの群れであることが容易に推察される。
私と同じく、カンナギタウンに行きたい旅人たちだろうか? それとも、コダックのことを心配する人たち?
どちらにしろ、だ。私は鞄のポケットから芥子色の巾着袋を取り出しながら思った。私はたぶん彼らの役に立つことができる。私たち旅人は、困ったときはお互い様。頭の隅の方でそんなことを考えながら、やや足早に歩みを進めてゆく。
そして、ロトムの投げかける明かりが彼らの足元を照らした瞬間、私はあることに気が付いた。彼らの足、その揃いの真っ白なブーツ。私はそれに見覚えがあったのだ。確か、数日前、ノモセの海岸を走った時、私の目の前を走っていたギンガ団の男が丁度あんなブーツを――
一瞬の後、私の脳が一気に回転し始めた。
ギンガ団。ノモセ。男の言った「アレを使うしかない」という言葉、――爆弾。
「ゴースト! ロトム!」
私は取り出しかけた秘伝の薬を乱雑に鞄に突っ込みながら、緊張を含んだ声で相棒たちに注意を促す。彼らは素早い身のこなしで私と人影の間にその体をねじ込んだ。
それとほぼ時を同じくして、自分たちに投げかけられている明かりに気が付いたらしいギンガ団の下っ端団員たちが、ぱっとこちらを振り返った。そして、その先に私の姿を認めて、こう声を荒げた。
「ゴーストを連れてる。例の子供だ!」
男たちが素早くボールを抜き出しこちらに投げるのを見ながら、私は彼らの放った言葉の意味を考える。例の子供、と言われたということは。私はたぶん、たびたび現れては首を突っ込んでくる厄介な子供としてギンガ団に顔を知られてしまっているようだ。言うまでもなく、彼らの敵として。
私の脳裏に、水色の髪の男が浮かぶ。ギンガ団と繋がりがあるであろうあの人も、私のことを敵と思っているのだろうか。
彼らのボールがポケモンを吐き出す閃光が、場違いに脳裏に浮かんだ物憂げな横顔を消してゆく。代わりに、ゴルバットとスカンプーの獰猛な鳴き声があたりに響き渡った。
下っ端たちはポケモンたちにゴーストとロトムを攻撃するよう指示を出してから、低い声で何やら相談を始めた。
「見られた、どうする」
「例のガキ、強いらしいぞ」
「だからなに? 任務は完遂するわよ」
「よし、お前らは子供をやれ、俺はこっちを引き受ける」
どうやら、彼らは二手に分かれることにしたようだ。
薄闇の向こうの人影は4人。そのうち3人が私に対峙するように立ちはだかり、残りの男は暗闇の向こうへ姿を消した。考えるまでもない、コダックたちの所に行ったのだ。
「ゴースト、あの男を追って!」
コダックたちになにかあっては大変だ。そう思った私は、とっさにゴーストにコダックたちのことを頼もうとしたのだが。
「ゴルバット、逃がさないで!」
ギンガ団の女の声を聞くが早いか、ゴルバットの黒い眼差しがゴーストとロトムを絡め取る。
「あなたの相手は私たちよ」
にやりと笑う女は、そのまま辻斬りを、スカンプーを出した男たちは嫌な音を指示した。
一撃で相手を倒そうという気迫が透けて見える、あまりに凶悪な技選びだった。私は微かに顔をしかめつつ(あの辻斬り、絶対に正面から受けてはダメだ)、ロトムにフラッシュを指示した。
激しい光の明滅が、相手のポケモンたちの視界を奪う。わずか、相手の動きが鈍る。
その一瞬の隙に、ゴーストたちは攻撃を躱す。相手がその素早い動きに気をとられているうちに、私はもうひとつのボールを開いた。そして、現れたコダックにこう言った。
「コダック、あなたの仲間を守って」
暗闇の向こう、彼の仲間がいるであろう方を指差すと、いつも暢気な表情を浮かべる彼の顔つきが、少し変わった。本能で、あそこにあるものを感じ取っているのかもしれない。
私は言葉を続けた、「あなたならできる。お願い!」
私の声を合図に、コダックがぺたぺたと走り出す。それに気付いたギンガ団の女がコダックに向かって黒い眼差しを指示したが、それよりも私が次のボールを抜き出す方が早かった。
暗闇に現れたフワライド。バトルに興奮するように大きく膨らんだその体の陰になり、コダックには攻撃が当たらなかった。ゴルバットのトレーナーが、小さく舌打ちをした。
「何度も同じ手はくらわない」
フワライドがふしゅーっと空気を抜いてもとの大きさに戻ると、そこにはもうコダックはいなかった。
私は彼の健闘を祈りつつ、ゴルバットのトレーナーの瞳をまっすぐ見つめる。
「ここで何をしてたんですか? アレってなんのこと?」
尋ねても、答えはなかった。彼女は「噂通りうるさいお子様ね」と吐き捨てるように言って、「ゴルバット、翼で打って!」と戦闘を再開しただけだった。
その瞬間、私は小さな疑問を覚えた。先ほどまでは、嫌な音と辻斬りというゴーストタイプにとって凶悪な技選びをしていた彼女が、どうして相性もさしてよくない翼で打つを選んだのだろう? という具合に。
しかし、私はすぐにバトルの方に思考を奪われてしまって、その意味するところを深く考えることができなかった。
彼らとのバトルは思った以上に長引いてしまったものの、フワライドの怪しい風と、それを見て自身も怪しい風を会得したロトムの活躍で幕を引いた。
ロトムとゴースト、フワライドの3体にそれぞれ睨まれて身動きのできないしたっぱたち。スカンプーのトレーナーである男2人が、たまらずこの場を逃げ出そうとした、その時。
「逃げるな!」
そう、高い声が響いた。その勢いに気圧されて、男たちの足がぴたりと止まる。
見れば、ゴーストの鋭い眼差しの先、紅一点のしたっぱが同僚の男たちを睨みつけていた。
「私たちの任務を忘れたの? 私たちがここにいれば、この子供はここを離れられない。或いは離れるにしても、私たちを見張るためのポケモンを置いて行かなきゃならない」
そう言いながら、彼女はアーボックのような眼差しで210番道路に建つログハウスを、それから少し視線をずらして南の方――ズイタウンの方を見て、不敵に笑った。私たちが自由になれば、なにをどうするかわかるだろう? そう言いたげな、挑発的な視線。
そうしてはじめて私は理解した。あれほどまでに攻撃的だった彼女の、不自然な戦術変更。あれは、私たちを即座に倒すのが難しいと判断して、バトルの目的を勝つことから負けないことに変更したからだったんだ。
結果、私はコダックのところに行くのが遅れてしまった。しかも、更に彼女の目論見の通り、私はここに彼女らを見張るためのポケモンを残していかなければならない。つまり、戦力が分散される。
私は一瞬どうするべきか戸惑いかけ――しかしすぐに意を決した。
たぶん、今は迷っても仕方がない。コダックたちと、ズイタウンの人たち。その両方を守ろうと思えば、どう考えても選択肢はひとつしかなかったからだ。
「ゴースト、ロトム、フワライド。絶対にこの人たちから目を離さないで。
コダックたちを助けて、すぐに戻ってくるから」
私はゴーストたちにそう言うが早いか鞄から懐中電灯を取り出し、踵を返して駆けだした。
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