懐中電灯の光で足元を照らしながら走る。もうすぐコダックたちが見えてくるだろう、と思った矢先。暗闇の向こうから、コダックのうめき声が聞こえてきた。
聞き違えるはずがない、私のコダックの声!
私は即座に、懐中電灯を声のした方に向ける。
そこには、不安そうな表情を浮かべながら頭を抱えるコダックの群れと、そんな彼らを背後に守りながらギンガ団の男と向かい合うコダックの姿があった。男の傍には、大きなドクケイル。対するコダックの体は、遠目にもわかるくらいに傷付いている。
私が悲鳴に近い声で「コダック!」と叫ぶのとほぼ同時に、男はドクケイルに「体当たり」と指示を出した。その声になんとも言えない愉快そうな響きを感じ取った私は、思わず下唇を強く噛みしめた。
その理由はふたつある。ひとつは、無抵抗な相手をいたぶるような技を選び、それを受けたコダックが呻き声を上げながら、それでも仲間を守ろうと立ち上がる姿を見て下卑た笑いをこぼす男に対して湧きあがった怒りを抑えるため。
もうひとつは、私の選択のせいでコダックがこんなに傷付いてしまったことに、胸が張り裂けそうになったからだ。
私のせいで。
怒りと悲しみがない交ぜになって、私の心をぐちゃぐちゃに掻き乱していく。とにかく、とにかく彼を早く助けなきゃ。そう思いながら私は、最後に残ったボールを投げた。
光と共に現れたヨマワルに、私はナイトヘッドを放つように言う。とにかく注意をこちらに向けて、ドクケイルをコダックたちから引きはがしたかった。
しかし。
「ドクケイル、光の壁だ!」
焦る私と対照的に、男は余裕だった。光の壁ですっかり勢いを殺されてしまったナイトヘッドは、ドクケイルの力強い羽ばたきで簡単に掻き消されてしまう。
そしてまた、彼はコダックに向かって体当たりを放つ。もう急所をかばう余力もないのだろう、立っているのもやっとだったコダックに、今度の体当たりは正面からぶつかった。黄色い体が宙を舞って、まばらに草の生えた地面に落ちる。そのまま、彼は立ち上がらなかった。
「ようやくくたばったか。例の子供も来たし、急がねえとな」
呆然としていた私は、男の言葉に弾かれるように駆け出した。とにかくコダックの傍に行きたかった。
しかしそれは叶わなかった。ギンガ団の男がドクケイルの光の壁を、210番道路の道幅いっぱいに張ったからだ。突如現れた透明な壁にぶつかるようにして歩みを止めた私に、男は不気味な笑みを浮かべてこう言った、「まあ、そこで見てな」
男が懐から何かを取り出す。そして倒れ伏したコダックの脇を通りぬけ、コダックの群れの正面にその何かを置くと、悠々とした足取りでこちらに戻って来た。わざとコダックの隣に立ち、私の視界に入りこむ。男の手には、小さなリモコンのようなものが握られていた。
「お前、ノモセの現場にもいたらしいな。なら……わかるだろ?」
自分がこれから犯す行為をどう捉えているのか、男はどこか熱に浮かされたような口調で私に語りかける。
「この任務はボスからの直々の命令なんだ。俺たちは選ばれたんだよ。
この距離じゃ俺たちも無事じゃないだろうなあ。でも、ボスに認められる。そうすりゃ俺たちは、新しい世界で永遠に英雄だ……そうだろう?」
どうして。私は光の壁に付けたままの両手を強く握りながら、考える。
どうして、こうなるんだろう。この人は、誰かの役に立ちたいと思っているだけだ。ギンガ団と関わりがあるであろう水色の髪の男は、世界から争いをなくしたいと言っていた。私とコダックは、あのコダックの群れを守りたかった。
みんな、みんな、誰かを助けたいと思っているだけなのに。どうして、こうも多くの人やポケモンが傷付かなければならないのだろう。これが、この世界で生きるということなのだろうか?
この疑問はあの水色の髪の男のことを知るうえで避けては通れないような気がした。私は、この疑問に今すぐにでも答えを見付けたいと強く思う。
……しかし、そういう時に限って時間が足りない。とにかく、今は爆弾を止めなければ。でないと私は、このことについて考える機会を永遠に失ってしまう。あの人に会うことも、永遠にできなくなる。――そんなの、いやだ。
「ヨマワル!」
私の声を受けて、ヨマワルが大きく飛び上がる。光の壁を飛び越えた彼の前に、ドクケイルが立ちはだかった。
「ドクケイル、邪魔させるな!」
ドクケイルの触角が怪しくきらめいて、サイケ光線を放つ。ヨマワルは鬼火を放って光線の軌道を変えながら、右に左に飛んでそれを避けた。
「そこで金縛り!」
ヨマワルの赤い瞳が強く発光して、ドクケイルの動きが止まる。相手は翅の付け根のあたりに力を込めて金縛りを解こうとしているようだが……すぐには自由になれそうにない。
私はしばし迷ってから、視線を男の方に流す。男もちょうど、視線をこちらに向け直したところだった。彼は「上はしばらく動きそうにない」と前置きしてから、朗々とした声でこう続けた。
「さあ、はじめよう。一瞬だからよく見ててくれよ」
「だめ……やめて!」
私はぎりっと握りしめた拳を、力いっぱい光の壁に叩きつける。くぐもった音が響いて、それが頭痛に障ったのかコダックの群れが顔をしかめた。
「ギンガ団よ、永遠に!」
リモコンのボタンにかけられた男の指が動くのが、嫌にゆっくりに見えた。その間、何度も壁を叩いて訴えたが、ヒロイックな笑みを浮かべる男に私の声はもう届いていないようだった。
そして、一瞬の後。ボタンはいともあっけなく押されてしまったのだった。
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