ノモセ大湿原の一角を吹き飛ばしたものと同じあの爆弾は、私の目の前で炸裂してコダックの群れも、ギンガ団の下っ端たちも、そして私と私の大切なポケモン達も何もかもを閃光の中に消してしまう――はずだった。
まず首を傾げたのは、ギンガ団の男だった。もう一度、二度、とボタンを押してみるものの、しかし爆弾は起動しない。
その時だった。男の足元から、低いうめき声が聞こえたのは。
私ははっとしてそちらに視線を向ける。そこには、倒れたまま、しかしその右腕をしかと持ち上げて起爆装置の方へ向けているコダックの姿があった。
男がボタンを押すたびに、コダックの体と起爆装置が薄ぼんやりと青く光る。彼が念力で装置が発動しないように抑えてくれているのだと、すぐにわかった。
「コダック……!」
私の呼び声に反応するように、彼が少し頭を上げる。私には彼の後姿しか見えていないが、しかし、彼が起爆スイッチをしっかりと睨み据えているその眼差しが、はっきりと見えるような気がした。
私に遅れること数秒、自身の足元を見た男は、自分の指の動きとコダックの念力が強くなるタイミングが同期していることに気付いたらしい。
浮かべていたヒロイックな笑みが消えた。と思った次の瞬間、彼は右足を上げると、それをコダックの頭にめがけて振り下ろしたのだった。男はそのままコダックの頭を容赦なく踏みつける。「ポケモンの分際で人間に、ボスに逆らうな!」と口走るその顔は、怒りでひどく歪んでいる。
「やめて!!」
思わず、両手が割れるくらい強く壁を叩いてしまう。やっぱりこの音はコダックたちの頭痛を悪化させるのか、コダックたちが更に顔をしかめるのが視界の向こうに見えたが、私は手を止めることが出来なかった。
「コダック、しっかりして! 立って!!」
壁はどんなに叩いてもびくともしなかった。私の力じゃ割ることも、押してどかせることも出来そうにない。
私は奥歯をぎりっと噛みしめながら、ヨマワルの方に視線を向ける。彼もなんとかコダックのところに行こうとしているが、ドクケイルがサイケ光線を連射してそれを阻んでいる。あのペースではすぐに技が出せなくなることは目に見えているが……それはつまり、ドクケイルとこの男が短期決戦を望んでいることの証明に他ならない。
早くなんとかしないと! 焦りばかりが募っていく。コダックの手はだんだん下がっていき、男の顔は狂気じみた笑みに変わっていく。
「もういい、逃げて!」
もうそれ以外に口にできる言葉がなかった。思わず漏れた声が届いたはずのコダックは、しかし右腕を下ろさなかった。それどころか、どこにどんな力が残っていたのか今まで以上に全身に力を込めて、頭を踏みつけられながらもなんとか顎を上げてみせたのだった。
その瞳はギンガ団の男の持つ起爆装置に真っ直ぐ注がれている。それがなにより、彼の気持ちを饒舌に物語っている気がした。
……そうか。コダックは、私に言われたから頑張ってたわけじゃなかったんだね。あなたが、あなた自身が、仲間を守りたいと心から思っているんだね。
男が「とどめだ!」と叫び、ひときわ大きく持ち上げた足をコダックの頭めがけて振り下ろす。
私は今まででいちばん強く光の壁を叩き、声の限りに叫んだ。
「コダック、念力!!」
その時だった。体を寄せ合って痛みを分かち合っていたコダックたちの体が、薄青く輝いたのは。
一体ずつでは大した光量ではないかもしれないその光。しかし、寄り集まることで彼らの光は増幅され、真夜中の210番道路を明るく照らし上げた。
彼らが念力を使っているらしいことはすぐにわかった。では、その力はなにに注がれているのだろう?
そんな疑問が脳裏をよぎった刹那。その光に呼応するように、私のコダックの体が一際明るく輝いた。それは、念力を使う時の青い光に似ているが、それよりも数倍鮮烈で、しかし同時にどこか柔らかい光だった。それは私とギンガ団、そして頭を抱えながら念力を放ち続けるコダックたちに明るい輝きを投げかける。
光にひるんだ男が、足を止めた。「な、なんだ?」と口走ったその声は、光の洪水に巻き込まれて消えてゆく。
両目を細めた私の視線の先で、光の源であるコダックの体がむくりと起き上がる。そして、その体の輪郭が、大きく変化し始めた。
私は、はっと息を呑む。進化だった。
閃光を散らして現れたのは、聡明そうな瞳をしたゴルダックだった。彼の周囲に舞う光の残滓が、その額の赤い水晶体を怪しくきらめかせている。
水色の四肢を動かしてすくっと立ち上がったその体は、ギンガ団の男とほとんど同じくらいの大きさだった。男は、ゴルダックの眼差しに気おされるように一歩後ずさりながら、ほとんど反射的に起爆装置のボタンに指をかける。
「進化がなんだ。ギンガ爆弾は、ギンガ団は最強だ!」
今度は、コダックが起爆装置を念力で抑え込んでいたさっきまでと違って、スイッチは深々と押し込まれてしまった。……しかし、やはり爆発は起こらない。
狼狽したような表情を浮かべる男と、それを冷静な眼差しで見つめるゴルダック。彼はその額を怪しく、しかし鮮明に輝かせながらコダックの群れの方を――より正確には、その手前に無造作に置かれていたギンガ爆弾を見遣った。
背の低い草の中に置かれた爆弾は、静かな青い光に包まれながら、その輪郭を小刻みに震わせていた。起爆の信号を受けて今にも炸裂しそうな爆弾を、ゴルダックが念力で抑え込んでいるんだとすぐにわかった。
彼はそのまま左手を持ち上げて私の方に向ける。そして次の瞬間、儚く高い音をたてて光の壁が粉々に砕けた。男が、力なくもう一歩後ずさった。
「ゴルダック!」
私は彼のもとに駆け寄ると、こちらに向かって突き出されていた左手を両手でぎゅっと握りしめた。コダックの時より鋭くなった爪。大きくなった水かき。背も私より高くなったし、超能力も強くなったみたい。もうなんにも心配いらないのかもしれないけど、でも。
「……無事でよかった」
私がそう呟くと、彼は右手で私の手を包み込むように握ってくれた。しっとりとした手触りが場違いに心地よかった。
見上げた先の瞳は、コダックの頃と違って透き通ったべにタマのようで美しい。けれど、いまいち感情をはかりきれないその表情は、コダックの頃と変わらないなと思った。こんな状況だけど、どこか暢気さを感じさせる優しい眼差しだった。
彼は小さく鳴いてから、私の手をそっと離す。そして、コダックたちに向き直ると、甲高い声をあげた。そして、その真っ赤な眼差しで淡く輝く爆弾を真っ直ぐに見つめる。
彼の額が、眩しいくらいに赤く輝く。それに呼応するように、頭を抱えたコダックたちが鳴き声をあげ始めた。ひとつ、またひとつと声が加わるにつれて、彼らを包む青い光がその輝きを増してゆく。
そして、その声と光がいっとう高くなった瞬間、爆弾を抑え込んでいた淡い光が激しくまたたいた。一瞬腫れあがるように大きく膨張した光の球。しかしそれは、その後すうっと小さくなって、揺曳する光もすぐに捉えられなくなって。
最後に残ったのは、ほんのひと握りの灰だった。それは210番道路の奥から吹いてくる冷たい風にさらわれて、そのまま闇の中へと消えてゆく。
やや遅れて、私はゴルダックとコダックたちの念力が爆発のエネルギーを押し込めて、消し去ってしまったのだということに気が付いた。
コダックは、頭痛がひどくなると強い念力を使うことが出来る。
そして、念力を使い切ってしまえば、頭痛はおさまる……。
念力を使い果たしたらしいコダックたちは、さっきまで寄り集まって頭を抱えていたのが嘘のような晴れやかな声で鳴き交わし、そしてその足でばらばらと森の奥へ帰ってゆく。
それを見送るゴルダックが、嘴を薄く開けてなにやら小さく呟いた。それは、体を張って守った仲間の無事を喜んでいるようでもあり、同時に、もう戻れないコダックだった頃の自分に別れを告げるようなどこか寂しげな声でもあった。
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