ギンガ爆弾を失った男が「……そんな」と呟いたのとほとんど時を同じくして、男のすぐ後方にドクケイルが落下した。彼はなんとか飛び上がろうとしているものの、翅にほとんど力が入っていない。どうやらサイケ光線を乱発したせいで疲弊しきっているようだ。
粘り強く戦って相手を制したヨマワルが私の隣にすっと舞い戻って来る。「ありがとう、ヨマワル」と労いの声をかけると、彼は赤い瞳をちかりと明滅させた。それからゴルダックと顔を見合わせると、そのままふたりで男の方へ向き直る。

ヨマワルとゴルダックに睨み付けられたギンガ団。そんな彼に追い打ちをかけるように、遠くの方から警察のサイレンの音が聞こえてきた。
爆発を抑えた時の光に異常を感じたのか、それとも誰かから通報があったのか、それは分からなかったが、とにかく。サイレンの音はは210番道路の南――ズイタウンの方から、こちらに近付いてきている。

今までであれば。こういう状況に陥った時、ギンガ団の下っ端たちはなにか捨て台詞のようなものを残して逃げ去ってゆくのが常だったのだが、今回の彼らは違った。

「まあいい」

男は狼狽したような表情を浮かべつつ、しかし冷静さも残る声でそうこぼすと、ドクケイルをボールに収めてからこちらを向き直った。

「目的は達した。礼を言おう」
「……目的? お礼?」

あなたたちの目的はなに? お礼ってどういうこと? と問うより先に、男は森の中へ姿を消してしまった。その背中はすぐに闇に紛れて、私ではその姿を追えなくなる。
ゴーストたちと合流して追跡しようかとも思ったが……少し考えてそれはやめた。夜の森に迷い込むのは危険だし、なにより。

「……少し、疲れたね」

私は警戒すべき対象を見失っていつも通りの穏やかな眼差しに戻ったゴルダックの腕に指を滑らせながら呟いた。ギンガ団がいなくなって緊張の糸が切れたせいか、体の奥から疲労が染み出してくるようだった。おそらくそれは、必死で戦ってくれていたゴルダックたちも同じはず。
これ以上、無理はできない。私はため息をつきながらそう思った。無理を重ねた先でハンサムさんにお世話になった時のことは、まだ記憶に新しい。

間近に迫った慌ただしいサイレンの音を聞きながら私は思った――私が今すべきなのは、ギンガ団を追うことじゃない。彼らにここで起こった出来事を伝えることだ。
そうすれば、警察がギンガ団の行方を調べてくれる。今日のようなことが二度と起きないための対策も考えてくれるだろう。そうすれば、ここのコダックたちは安全だ。

懐中電灯で足元を照らしながら来た道を戻る。ゴーストたちと合流して少し待つと、すぐにジュンサーさんたちがやって来た。

ガーディを連れたジュンサーさんに事情を説明していると、おもむろにカフェの扉が開いた。中から寝間着姿の若い女性が顔を出す。
聞けば、警察を呼んでくれたのは他でもない彼女だったようだ。窓の向こうで騒がしい声とポケモンバトルの閃光が上がり、心配になってそっと様子を見てみれば、そこには近頃メディアでもよく取り上げられるギンガ団の姿があった。バトルをしているのは幼い子供に見えた。

「これはもう通報するしかないと思って……」

そう言って不安そうに眉尻を下げた女性に、ジュンサーさんは「ご協力、心から感謝します」と凛々しく礼を述べる。私もジュンサーさんに続いてカフェのお姉さんにお礼を言った。

「サイレンの音が聞こえてきたから、ギンガ団が逃げていったんだと思います。
本当に助かりました。ありがとうございます」

私たちからお礼を言われて、ようやく彼女の顔が少し柔らかくなった。安心したように口角を持ち上げて「それは、よかったです」と微笑む。
その笑顔に、見覚えがあった。少し考えて、彼女は私が初めてこのカフェに来たときに私とゴーストを見て「二名様ですね」と言ってくれたあの店員さんだったことを思い出す。

私がそのことを告げると、彼女は一瞬目を丸くして、それからすぐに「ああ!」と声を上げて破顔した。

「ジェントルマンのギャロップとバトルをしたトレーナーさん! ゴーストのことも、覚えてます」

私たちは思い出話もそこそこに、警察から事情聴取を受ける。ジュンサーさんにもう一度お礼を言われて解放された時には、普段であればもうすっかり夢の中にいるような時間になっていた。

二人で白い息を吐きながら警察車両の真っ赤なテールライトを見送っていると、おもむろにウエイトレスのお姉さん――アンナさんが口を開いた。

「ナマエちゃん、今夜の宿なんだけど……もしアテがないなら、泊まっていかない?」

願ってもない申し出に、私はふたつ返事で頷いた。
これから急いで野営地を探して、テントを張って……うまくことが運べばいいが、少しでも何かに手間取ればシンオウの極寒の夜が残り少ない私たちの体力を容赦なく奪ってしまうのは目に見えていた。ゴルダックたちを少しでも早く休ませてあげられるのは、とても嬉しい。

「いいんですか? それはとても助かります……!」
「ううん、これくらい当然よ。コダックたちを助けてくれたんだもの。それにね、」

そこで言葉を切ったアンナさんは、闇の中にしっかりと佇むログハウス調のカフェを見上げながら、なにかを懐かしむような口調でこう続けた。

「ここはもともと、ズイやカンナギ、トバリを行き来する人たちが安全に旅をするための避難小屋もかねた山小屋だったの。
でも持ち主のおじいさんが高齢になって、維持管理ができなくなって。そんな時に今のカフェのオーナーさんがここを買ったのよ」

210番道路にあった名もない山小屋は『カフェやまごや』として生まれ変わって、210番道路を行く人たちを、そして隣に集まるコダックたちを、今でも見守っている。そんな話を終えたアンナさんは、ブランケットの前を掻き合わせながら微笑んで、こう言った。

「だからね、私がぜひあなたに泊まってもらいたいの。姿は変わっても、ここはみんなの山小屋だから」

カフェの店員さんとして働いているであろう彼女が、この山小屋の歴史にとても詳しいのはどうしてなんだろう。彼女が浮かべていた郷愁めいた笑みと、なにか関係があるのだろうか。
そんな疑問が頭をよぎりかけたけれど、考えても答えの出ない問いは一旦横に置いておくことにした。代わりに、私はぺこりと頭を下げて、心からお礼を言った。親切なアンナさんと、それからここをずっと守っていた先代のおじいさんに。

「ありがとうございます。本当に助かります」
「どういたしまして。さ、どうぞ上がって」

案内されたのは、カフェの二階だった。大広間になっている一階と違って、そこはごく普通の民家と同じような構造になっている。
シャワーを借りて、居間で暖かいミルクをもらった。以前ここを訪れた時と変わらない、元気のでてくる素晴らしい味だった。ゴーストたちも暖かいミルクを飲んで、すっかりリラックスしてしまったらしい。ゴーストポケモンにしてはめずらしく、夜の只中でうとうととまどろんでいる。

私はアンナさんに重ねてお礼を述べて、居間のソファに横になった。厚手の毛布と布団をかぶると、ゴーストたちと同じように私もすぐに眠りについた。


[ 143/209]



ALICE+